2021年1月4日、AFPは「イラン革命防衛隊が中東の湾岸海域で韓国の化学物質運搬船「韓国ケミ号」(1万7,426トン)を拿捕した」と報じた。1月10日、韓国外交部は「チェ・ジョンゴン第1次官をイランに派遣し、船員と船舶の解放に向けた交渉に出発させた」と公表した。出発に際して、チェ次官は「イランに抑留されている韓国船員と船舶の早期の解放を目指し、韓国内の凍結資産に関するイランの要求について、韓国ができること、できないこと、また米国と協議すべきことは何なのか明確にしたい」と述べた。

イランは、2010年にイラン中央銀行の口座を韓国に開設し、それを通じてウォン建てで韓国と貿易決済を行ってきたが、2019年にトランプ政権がイラン革命防衛隊を特別指定国際テロ組織に指定したため、両国の貿易が中断され、イランの原油輸出代金(約70億ドル)が韓国で凍結されている。

イラン当局は「韓国船の拿捕は、海洋汚染に関する技術的問題だ」として、韓国内の凍結資産活用問題との関連を否定しているが、疑念はなかなか拭えないようだ。今回のイランによる船舶拿捕事件は、韓国に対して、凍結されている石油輸出代金によるワクチン代金への充当や米国への根回しなどの協力を要請するとともに、協力が得られない場合には強硬手段も辞さないという意思の表れなのかもしれない。

イランは「韓国内で凍結している資産のうち約10億ドル分を薬品と医療機器等の購入に使用したい」と韓国に要請している。ジョンズ・ホプキンズ大学によると、イランの新型コロナウイルス感染者数は128万6,406人、死者5万6,171人にのぼり、ワクチンの購入が喫緊の課題となっている(2021年1月11日時点)。イラン政府は、COVAXファシリティ(新型コロナウイルス感染症のワクチンを、複数国で共同購入し、公平に分配するための国際的な枠組み)を通じてワクチンを入手したい意向だ。イラン政府は、人道上の観点から米財務省の特別承認を受け、韓国にある凍結資産からワクチン代金を支払おうと計画した。しかし、送金過程でワクチン代金がドルに変換され、一時的に米国の銀行にこの代金が流れる際に米国政府が何等かの措置をするかもしれないという疑念から、最終決断を下せない状況だ。

イランを巡る情勢は不安定で不透明になってきている。イランは、トランプ政権の経済制裁の影響による経済の低迷および新型コロナウイルス感染拡大に苦しむ一方、ちょうど1年前のイラン革命防衛隊クスド軍司令官ガセム・ソレイマニ司令官の暗殺、2020年11月27日のイランの核科学者モフセン・ファクリザデ氏の殺害などに対し、イラン国内で「報復」を主張する強硬な世論が盛り上がっている。さらに、1月4日、イラン政府のアリ・ラビエ報道官は「イラン国内フォルドの濃縮施設で20%濃度のウラン濃縮を再開した」と発表した。1月20日に発足するバイデン次期政権は「イランとの核合意に復帰する」と明言しているが、この地域の核抑止や緊張緩和に対してどの様な舵取りをしていくのか、目が離せない状況だ。


サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。

<RS>
情報提供元: FISCO
記事名:「 韓国船舶の拿捕事件とイランの思惑【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】