◇以下は、FISCO監修の投資情報誌『FISCO 株・企業報 Vol.9 新型コロナウイルスとデジタル人民元の野望 ~中国・衝撃の戦略~』(4月21日発売)の特集「船橋洋一氏インタビュー」の一部である。全4回に分けて配信する。
文:清水 友樹/写真:大塚 成一


日本における独立系のグローバル・シンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブの船橋洋一理事長は、このほど最新刊『地経学とは何か』(文春新書)を上梓した。日本政府はこの4月から国家安全保障局の中に経済安全保障ユニットを創設し、地経学を外交政策の主要テーマとした。世界は地経学の時代に突入している。船橋氏に、日本の地経学的課題、なかでも「デジタル人民元」が世界に及ぼす影響、そして日本の今後などについて聞いた。

■ドルの時代は終わっていない 依然、アメリカの強みは通貨ドルにある

深センではファーウェイやテンセントが生まれた。「中国は知財を盗んでここまで来た。真の独創性はない」という意見もあるが、私はそうは思わない。一党独裁の政治体制は最後のところ個人のイマジネーションを干からびさせるとは思うが、少なくとも今後10年、中国の技術革新は止まらないだろう。

技術革新は、マーケットと結合し、多数のカスタマーに使われて初めてイノベーションをもたらすが、中国は技術革新によるディスラプティブな影響を甘受する巨大なカストマー、つまり中国共産党がいる。彼らは、政治体制を維持するため、そして、アメリカとの競争に勝つため、死に物狂いでこの技術革新を進めていくだろう。

資本主義的な発想では、需要があって初めて社会実装が生まれるが、中国は需要をつくってから社会実装しようとする。自分たちの体制をより強くするために新しいテクノロジーを積極的に活用しようとする中国共産党が需要の創出を担保してくれるのだから、マーケットの参入者は「中国共産党が買ってくれる」と安心できる。だから、巨大な市場が一気に生まれる。

こうした背景を持つ中国だからこそ、早晩、デジタル人民元はリリースされるはずだ。はじめから一気にクロスボーダー、つまり海外で取引させるのではなく、まず国内で実験するところから始めるだろう。デジタル人民元の最大の狙いは、ドルの通貨覇権、つまり基軸通貨としてのドルに対抗することだ。

もともと、中国は人民元そのものを準備通貨にすることを考えていた。2009年のリーマン・ショック直後に当時の中国人民銀行総裁・周小川は「米ドルだけが準備通貨の時代が終わった」と言った。リーマン・ショックでアメリカが衰退し、ドル時代が終わると見たわけだ。その後、SDR(特別引き出し権)の構成通貨に人民元が入ったことで、立派な国際通貨になったわけだが、依然として多くの国が外貨準備として人民元を保有することはない。全世界の外貨準備に占めるシェアは、日本円ですら3〜4%あるのに、人民元は1%程度しかない。

そうなった理由が二つある。ひとつは変動相場制をとっておらず、自由に売買ができない点にある。もうひとつは2015年〜16年に株価が大暴落した際に、資本流出に対して、利上げで防衛せずに資本流出規制を敷いたことだ。いざとなると資本規制されるような通貨では、決済通貨として使えても、価値の保存手段としては怖くて持つことができない。人民元は通貨覇権のパワーゲームでオウンゴールで敗退したとみてよい。

アメリカは石油の純輸出国になったし、シリコンバレーや世界最高の大学、シンクタンク、などで依然として多くの強みを持つが、なんといっても世界の基軸通貨であるドルが最大の強みだ。

たとえば、イランの核開発に対して、アメリカは制裁措置をとっているが、そのなかのひとつが、イラン金融機関の国際的取引からの締め出しだ。

国際金融の決済システム「SWIFT(国際銀行間通信協会)」は、アメリカにとって最強で最後の砦といえるかもしれない。2016年時点で200以上の国・地域、約1万1000の金融機関がドル取引にこの決済システムを使うが、すべての送金データをニューヨークで把握することができる。もしSWIFTから除外されれば、国際取引ができなくなるため、除外された銀行はあっという間につぶれてしまう。

北朝鮮の金王朝やオサマ・ビンラディンが秘かに資金を動かしたことは、このドル決済システムを監視できたからこそ突き止めることができた。

もしSWIFTから除外されれば、国際取引ができなくなるため、除外された銀行はあっという間につぶれてしまう。

(つづく~「船橋洋一氏インタビュー 地経学、デジタル人民元 そして日本のこと vol.4【フィスコ 株・企業報】」~)

【船橋 洋一 Profile】
1944年、北京生まれ。ジャーナリスト、法学博士。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。英国際戦略研究所(IISS)評議員。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。

●船橋 洋一著 『地経学とは何か』 本体価格900円+税 文春新書
地理的条件、歴史、民族、宗教、資源、人口などをベースに国際情勢を分析する「地政学』では、地政学的課題を解決できなくなっている。アメリカや中国といった超大国は経済を武器として使う—それこそが「地経学」。地政学に経済という要素を加えた視点なくして、現代の世界を俯瞰できない。新たな視点を与えてくれる一冊だ。




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情報提供元: FISCO
記事名:「 船橋洋一氏インタビュー 地経学、デジタル人民元 そして日本のこと vol.3【フィスコ 株・企業報】