米国は12月17日、会計年度の2020年度(FY2020: 2019.10-2020.9)分の国防授権法を上院で可決した。FY2020の国防費はFY2019よりも約3%増の約80兆円である。トランプ政権になり3回目の予算であるが、国防予算は毎年増加してきている。これは当然のことながら軍事拡張をし続けている中国やロシアに対応するためである。

米軍関係者の中には、米軍の装備品の老朽化を心配する方々が多くなってきていた。軍の強さとは絶対的なものではなく、あくまでも相対的なものである。米軍はこれまで、どの時点が相対的に一番強かったのであろうか?これは何を評価要素にするかで変化するものであろう。ある人は、第2次世界大戦の終了直後だろうと言う。またある人は、冷戦が終了した時点、所謂ソ連が崩壊した時であろうと主張する。私は、どちらにも納得できる。確かにこの2つの時点では、米国は他国に比較し圧倒的軍事力を保有していた。特に、冷戦後の米国の圧倒的強さはほぼ21世紀初頭まで続いた。しかし、その後ロシアは天然ガスや石油を輸出し、徐々に経済が復活、軍への投資も開始され、軍のコンパクト化とともに軍の近代化に努め、少しずつ活動を拡大してきた。そして2007年には「常時警戒飛行」の再開を宣言した。他方、中国は1990年代初頭から急即な経済成長を成し遂げ、この経済力をもとに軍の近代化、そして軍の活動を活発化させてきた。軍事費は各国によって計上の仕方が異なるので、なかなか単純な比較ができないものの、中国政府が公表してきている軍事費を見ても1990年代後半以降、対前年度十数%増のペースで増加している。ここ数年は対前年度比10%増まで至っていないものの、現在では公表ベースで我が国の防衛費の3.5倍になっている。中国の軍事費が我が国の防衛費を超えたのが2007-8年頃だったことを考えると極めて急速な増加である。

一方、米国は冷戦後のダントツの強さが十数年続いたものの、新しい装備品の単価増もあり、老朽品の交換が遅滞してきていたことは事実であり、相対的強さが徐々に徐々に低下している。オバマ大統領時代の「国家安全保障戦略(NSS)」には、中・露が国際舞台に出てくることを寧ろ歓迎していた。これは、国際舞台に彼らが出てくれば、彼らも国際規範や国際的な慣例に従うようになるだろうという考え方による。オバマ大統領は米国を訪問した習近平に対し、「米国は、最早世界の警察官ではない。」、また「米国のみが大国ではない。」と述べ、「これからは二大国が世界をリードしていく。」と述べていた。

中国は、このような米国の態度の中、南シナ海で埋め立てを行い、基地化していたのである。2015年になり、漸く南シナ海での中国の行動に強い口調で警告するも、「時すでに遅し」である。

最近の米国の国防予算の増額は、このような国際軍事環境の変化に対応するためのものであり、当然のことであろう。

FY2020の国防授権法の中には、(1)中国に関しては、米軍による中国製無人機の購入禁止、中国製鉄道・バス購入禁止が、(2)ロシアに関しては、欧州用のLNGについての制裁が、(3)北朝鮮に関しては、Mx発射の非難と在韓米軍を28,500以下にしないこと等が盛り込まれている。

そして、今回の国防予算の最も注目すべきことは、第6軍としての「宇宙軍」の創設である。これは陸海空軍に海兵隊が加わり、次に沿岸警備隊が加わって以降、最も大きな組織上の変化である。また、私が個人的に嬉しいことは、この宇宙軍司令官がJay Raymond大将であることだ。Raymond大将は横田基地で第5空軍副司令官として勤務した経歴を持ち、東日本大震災の際には日本支援の為に立ち上げられたJSF(Joint Task Force)司令部の中心的役割をしてくれた方である。彼は大の日本ファンであり、我が国周辺の状況を理解している数少ない米軍人である。

我が国の安全保障環境は楽観できない状況である。米国も世界の安定の為に最大限の努力をしている。我が国も中期防に従って地道な努力を、いやそれ以上の努力が求められているのかもしれない。(2019.12.20)

岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。



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情報提供元: FISCO
記事名:「 米国FY2020国防予算、元統合幕僚長の岩崎氏「国防予算の増額は国際軍事環境の変化に対応するためで当然のこと」