タラ号海洋プロジェクトの調査の様子(C)Vincent Hilaire


巨大ウイルスの遺伝子機能の分布


巨大ウイルスと真核微生物の寒冷域特有の遺伝子の割合

海洋研究や海洋保全に取り組むTara Ocean財団(フランス・パリ、以下 タラ オセアン)が2009年から2013年まで行った「タラ号海洋プロジェクト」で得た、大規模な海洋メタゲノムデータから、国際研究チームは巨大ウイルスが進化の過程で遺伝子組成を変化させることにより、環境に適応してきた可能性を明らかにしました。また本研究結果が、国際的に有名な科学ジャーナル「Nature Communications」においてオンライン公開されました。

この国際共同研究には、日本から京都大学化学研究所 特定研究員の孟 令杰氏と、タラ オセアンの日本支部である、タラ オセアン ジャパン理事の緒方 博之 同教授が参加しています。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/372039/LL_img_372039_1.jpg
タラ号海洋プロジェクトの調査の様子(C)Vincent Hilaire

■ウイルスの適応と研究背景
特殊な環境に生息する生物は、特有の遺伝子を保持し、環境に適応することがあります。例えば、寒冷域の魚類は、不凍タンパク質の遺伝子を保持することで、凍結から身を守ります。一方ウイルスの場合は、その増殖サイクルは宿主に依存しています。そんなウイルスが新たな環境に進出する際、どのような変化が起こるのでしょうか。
例えば、宿主とウイルスが共に必要とする元素としてリンがあります。リンの供給が少ない環境にいるウイルスは、リンを環境から獲得するための遺伝子を保持しています。従って、ウイルスが生息環境を変えるとき、新たな環境における宿主に適応すると同時に、その環境変化によりもたらされる宿主細胞の生理学的・生物学的な条件(「微環境」)にも適応しなくてはならないことが考えられます。
そこで、遺伝子を多数保持し、真核微生物に感染する海洋巨大ウイルスが寒冷域である極域に適応するためには、遺伝子の種類を変える必要があるのかを調査しました。


■研究成果
まず、極域(寒冷域)と非極域(温暖域)に生息するウイルスと宿主の群集組成が大きく異なることを確認しました。
次に、進化の道筋を描く進化系統樹を作成し、寒冷域に頻出するウイルスと温暖域に頻出するウイルスがどのように分布しているかを調べました。すると、巨大ウイルスの複数の系統で、寒冷域型と温暖域型が混在していることが分かりました。このことから、進化の過程でウイルスの生息域が寒冷域と温暖域の間を幾度も変化してきたことが予想されます。

これをもとに、研究チームは、京都大学が開発するKEGGデータベースを利用し、ウイルス遺伝子の機能を予測しました。そして、それぞれの種類の遺伝子がどのような温度域・緯度域に分布しているかを示しました。
すると、合計1,591種類の遺伝子機能のうち、314種類(19.7%)の機能が寒冷域かつ高緯度域に分布していることが明らかになりました。これは極域特有のウイルス遺伝子機能といえます。

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巨大ウイルスの遺伝子機能の分布

また、同様の解析を真核微生物でも行った結果、真核微生物のゲノムにコードされる11,988種類の遺伝子のうち523種類(4.4%)の遺伝子が低温域(極域)に特有の遺伝子でした。これは、ウイルスにおける極域関連遺伝子の割合(19.7%)よりも小さな値で、ウイルスゲノムの遺伝子組成の方が、真核微生物に比べて温度変化に対して進化的に敏感に応答する可能性が考えられます。

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巨大ウイルスと真核微生物の寒冷域特有の遺伝子の割合

以上の結果から、巨大ウイルスは新たな遺伝子機能を獲得することにより特殊な環境やそこに生息する宿主に適応してきたと研究チームは提唱しています。


■今後の展望
巨大ウイルスがなぜ多くの遺伝子を保持しているのか?それは依然不明です。本研究結果から、巨大ウイルスの保持する遺伝子の一部は、環境適応に関わっている可能性が示唆されましたが、こうした環境適応が極域以外の環境、例えば深海や土壌でも起こりえるのか、また、環境適応に遺伝子がどのように作用しているのかを明らかする必要があると考えます。
今回の研究から、機能未知の遺伝子の中にも極域に特有な遺伝子が多数発見されました。こうした遺伝子の生物学的な意義はまだ不明ですが、今後の研究により、こうした遺伝子の中から有用な機能が発見されることが期待されます。



■巨大ウイルスとは
核細胞質ウイルス門(Nucleocytoviricota門)とミルスウイルス門(Mirusviricota門)のいずれかに属するウイルス。遺伝子を数百から千個以上保持している。


■タラ オセアン ジャパン 理事 緒方 博之氏
今回の海洋ウイルスの新たな知見の獲得にもつながったタラ号海洋プロジェクトで、科学探査船タラ号にも乗船した。緒方氏のウイルスの研究に関しては、NHKの番組、コズミックフロント「ウイルスプラネット」でも取り上げられ、2022年7月21日に放送された。現在、NHKオンデマンドで2024年6月27日まで視聴可能。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2022121521SA000/


■タラ号海洋プロジェクト
海洋プランクトンの多様性を地球規模で綿密に調査することを目的としたプロジェクトで、2009年から2013年まで12万5,000kmを航海した。この調査で、10万種の単細胞植物プランクトンを発見、1億5千万種類以上の遺伝子の解明につながった。
https://jp.fondationtaraocean.org/expedition/tara-oceans/


■タラ オセアン ジャパン
2003年にフランスのアパレルブランド「アニエスベー」創設者のアニエス・トゥルブレとその息子、エチエンヌ・ブルゴワが立ち上げた海に特化した公益財団法人、タラ オセアン財団の日本支部。タラ オセアンでは、世界中の海を「科学探査船 タラ号」で科学者とアーティストと航海し、地球温暖化やマイクロプラスチックをはじめとする、さまざまな環境的脅威が海洋に与える影響の研究を進めている。
タラ オセアン ジャパンでは、このタラ オセアン財団の理念と実践を踏襲し、科学探査船タラ号の活動を紹介するとともに、日本独自のプロジェクトを推進。
科学×アート×教育の力で、見えない海の世界を理解し可視化し、海を守ることの重要性を発信している。

タラ オセアン ジャパンの活動: https://linktr.ee/tarajapan/

※Tara Oceanの正式表記は「Ocean」の“e”の上にアクサン・テギュ


<論文タイトルと著者>
記事を作成する際は、下記を引用下さい。
タイトル : Genomic adaptation of giant viruses in polar oceans
著者 : Lingjie Meng, Tom O. Delmont, Morgan Gaia, Eric Pelletier, Antonio Fernandez-Guerra, Samuel Chaffron, Russell Y. Neches, Junyi Wu, Hiroto Kaneko, Hisashi Endo, Hiroyuki Ogata
掲載誌 : Nature Communications DOI: 10.1038/s41467-023-41910-6
論文へのリンク: https://www.nature.com/articles/s41467-023-41910-6
情報提供元: @Press