神奈川歯科大学大学院環境病理学分野の槻木 恵一教授らの研究グループは、新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体を非感染者(感染既往なし)の唾液中に発見しました。唾液IgA抗体は、口腔へ侵入する病原体や異物を中和あるいは凝集反応で処理し、粘膜からの感染防止をはかります。本研究において新型コロナウイルスに対して口腔での免疫反応として唾液IgA抗体の重要性が示唆されました。この成果は、medRxiv[Detection of cross-reactive IgA against SARS-CoV-2 spike 1 subunit in saliva, doi: https://doi.org/10.1101/2021.03.29.21253174 ]で公開されています。また、NHK World Japan Medical Frontiersで取り上げられました。 https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/2050098/


■研究の背景
研究チームでは、口腔粘膜上皮は、新型コロナウイルスが結合するレセプターACE2と感染促進を行うTEMPRSS2の発現を認めることを昨年8月20日にInternational Journal of Molecular Science[Existence of SARS-CoV-2 Entry Molecules in the Oral Cavity. Int J Mol Sci. 2020 Aug 20;21(17):6000. https://www.mdpi.com/1422-0067/21/17/6000 ]にいち早く報告し、口腔は新型コロナウイルスの感染部位となることを示してきました。
一方で、口腔には独自の感染防御システムが認められ、特に口腔の粘膜免疫の実行抗体である唾液IgA抗体は、生体内に病原体を侵入させないよう未然に働く予防効果があります。特にこれまで研究チームでは、発酵食品や食物繊維の摂取が、唾液IgA抗体の増加を示す腸-唾液腺相関を報告してきました。
感染症は、病原体の感染力と感染防止システムのバランスが不均衡になると発症します。しかし、口腔における新型コロナウイルスの感染防止に関与する生体側因子の研究は、非常に遅れていました。


■研究成果
神奈川歯科大学附属病院に勤務する歯科医師および医師の方に、新型コロナウイルスに対する唾液を用いたPCR検査と血液を用いたIgGおよびIgM検査を行いこれらの検査に陰性の方が研究に参加しました。
この研究対象者(24-65歳、男性:101名、女性:36名)の方たちの唾液を採取し、ELISA法を構築し新型コロナウイルスに対する唾液中の交叉IgA抗体を調べました。特に、新型コロナウイルスの感染に重要なS蛋白のS1サブユニットに対する交叉抗体を調べることで、新型コロナウイルスの生体への結合を阻止する抗体を検討するため構築されています。
その結果、新型コロナウイルスに対する唾液中の交叉IgA抗体は、64人46.7%に認められました。さらに、年齢と抗体量の関連を統計解析すると年齢と抗体量が逆相関を示しました(r = -0.218, p = 0.01)。また、24-49歳と50-65歳の2群に分けて解析すると有意差(p = 0.008)があり、唾液中の交叉IgA抗体は若い世代に多く高齢者に少ないことが明らかとなりました(下図)。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/264305/LL_img_264305_1.jpg


また、予備的な試験で、この新型コロナウイルスに対する唾液中の交叉IgA抗体は、部分的に新型コロナウイルスS蛋白とACE2の結合を抑制することも明らかになりました。
以上の結果は、新型コロナウイルスの感染既往が無くても新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体が唾液中に存在することから、口腔からの感染予防における粘膜免疫の重要性を発見しました。


■今後の展望
ワクチンの接種が進み、今後多くの方が抗体を保持することが見込まれています。しかし、直ちにマスク生活や感染対策を緩めることはできないことを指摘されており、自らの抵抗力の向上も欠かせません。
本発見は、口腔の粘膜免疫の実行を担う唾液IgA抗体を増加することは、新型コロナウイルスからの感染対策の一つになる可能性を示しています。特にIgAは、ウイルスを無害化する作用がIgGより強いとする報告も認めます。
唾液IgA抗体は、発酵食品や食物繊維の摂取で比較的簡単に増加することができる抗体です。特に、唾液IgA抗体は体外で作用するので、生体内で示す悪玉抗体が行うような為害作用はないと考えられます。
ニューノーマル時代において、ワクチン接種とともに、IgAに注目した自らの抵抗力向上を目指した生活習慣の改善が求められています。


<解説>
*1 ACE2:Angiotensin-converting enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素II)は、新型コロナウイルスの機能的受容体であることが示されています。新型コロナウイルスは受容体の結合だけでは生体内に侵入できなく、TEMPRSSなどのプロテアーゼが必要です。
*2 TEMPRSS2:Transmembrane protease, serine 2は、II型膜貫通型セリンプロテアーゼの一種で、SARS-CoV-2粒子の宿主細胞への侵入を促進します。ACE2も同時に発現する細胞は、新型コロナウイルスの感染のリスクの高い細胞であることが示されています。
*3 交叉抗体:過去の一般的な風邪を引き起こすコロナウイルスの感染により、これまで感染したことが無いコロナウイルスでも、類似の部分を認識し抗原抗体反応を起こす抗体。


■槻木 恵一教授の紹介
1967年12月東京生まれ。歯科医師。2007年4月より神奈川歯科大学教授。同大学副学長、大学院研究科長を歴任。専門は環境病理学、唾液腺健康医学、災害歯科医学、近代歯科医学史。テレビなどで口腔ケアの重要性と唾液の働きを唾液力と命名しわかりやすい解説が好評を得ている。日本医事新報「識者の眼」で連載している。


■神奈川歯科大学の紹介
明治43年に設立の東京女子歯科医学講習所が前身の医療系大学です。現在は横須賀市にキャンパスがあります。6年制の歯学部、4年生の大学院を設置する単科大学です。短期大学部・専門学校も併設しています。
情報提供元: @Press