第1回シンビオシスフォーラム


元厚生労働省事務次官・村木厚子氏


元宮城県知事・浅野史郎氏


元広島県立御調高校教頭・長岡貴宣氏

日本全国に重度訪問介護サービスを展開する株式会社土屋(本社:岡山県井原市)の土屋総研が、5月8日(土)にオンラインによる第1回シンビオシス(共生)フォーラムを開催しました。
テーマは<重度障害者の『活きる』を考える>

参加者は500人を超え、障害福祉の現状や、未来への指針について先進的な意見が交わされました。
今回は、大盛況となった本フォーラムの模様を一部抜粋してお届けします。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/258677/LL_img_258677_1.jpeg
第1回シンビオシスフォーラム


■参加メンバー(敬称略)
村木厚子(元厚生労働省事務次官)
浅野史郎(元宮城県知事・元厚生労働省障害福祉課長・土屋総研特別研究員)
長岡貴宣(ALS患者・元広島県立御調高校教頭)
吉田政弘(土屋総研代表・株式会社土屋専務取締役兼最高財務責任者)
高浜敏之(株式会社土屋代表取締役)
司会:原えり(株式会社土屋最高法務責任者)


■重度訪問介護とは何か?
重度訪問介護とは、アテンダント(介護者)がクライアント(利用者)の居宅で一対一で生活支援や医療的ケア(喀痰吸引や経管栄養)を行い、障害を持つ方が住み慣れた地域や自宅で自分らしく暮らしていくためのサポートをするものです。

高齢者向けの短時間の訪問介護とは異なり、重度訪問介護は障害者総合支援法で規定されている障害福祉サービスの一つで、一般的な支援時間は1回あたり10時間前後、夜間の見守りもサービスの一つとして定義されています。

当社は、この重度訪問介護を主事業として、北海道から沖縄まで全国に事業所を展開しており、5月現在でクライアント数は590名、そのうち医療的ケアを必要とする方は219名となっています。


■重度訪問介護の歴史
重度訪問介護制度は、障害当事者運動により1972年に東京都でその原型ができました。障害者自立支援法が施行された2006年に同制度が本格的に始まり、2013年に現在の障害者総合支援法に、そして2014年に介護対象者が「身体」に加え、「知的」・「精神」・「難病」にも拡大されました。なお、同年、日本は国連の障害者権利条約を批准、ノーマライゼーションの世界的な潮流に足並みをそろえました。

ただ、重度訪問介護制度はいまだ発展途上であり、多くの課題が残されています。また、地方ではこの制度を知らない方も多く、今回のフォーラムは「気づき」の一環としての意義も含めて開催されました。


■各パネリストが語る重度訪問介護制度
●<村木厚子氏>
厚労省の社会援護局・障害保健福祉部企画課長時代に村木厚子氏が策定に関わった障害者自立支援法は、利用者本位のサービスを目指し、一進一退を繰り返しながら、現在の障害者総合支援法のグランドデザイン的な存在となりました。

~障害者自立支援法ができるまで~
障害者自立支援法の前にあった障害者支援費制度は、行政がサービスや事業者を指定するのではなく、利用者自身が直接、事業者と契約をして、自分に合ったサービスを得られるもので、「措置から利用契約へ」という福祉の中では大きな変化でした。
ただ、その改革は不十分で、使いやすさゆえに利用者が増え過ぎて全く予算が足りなくなり、利用できない人が出る事態に陥りました。

そんな中、特に重い障害を持つ人たちは、命をつなぐサービスが受けられなくなると憤り、厚労省を車椅子で取り囲み、抗議するということが起こりました。当時は、福祉と関わりのない部署にいたので、職場の窓から下を眺めて、一体これは何が起きているんだろうと、すごくびっくりしたのを覚えています。

そこから役所内で自主的に勉強会が始まり、見学に行った先の現場で初めて、重訪のサービスを使いながら、障害を持つ人がどのように暮らしているのかを知りました。そんな中、ある日突然、障害福祉に携わることになりましたが、驚いたのが、支援費制度の財政破綻で当事者との信頼関係がなくなっていたこと。そして、障害の種類も人の数もサービスの内容も量も、どうなっているのか、データが何もなかったことです。

そこで私たちは、まず必要なもの、足りないものなど、状況をつかむためのデータ集めから始めました。そして、当事者の意見をできるだけ聞いて、信頼の回復を目指しました。重い障害があっても地域で暮らせることを最終目標に、障害種別による差や地域差がない姿を目指していこうと、1年近くをかけてグランドデザインを作りました。

絶対に外せないと思ったのが、介護保険と同じように、サービスを受ける資格がある人が必ず受けられて、国の予算も付く、という点です。当時省内では、それは絶対に無理だ、諦めろと何度も言われましたが、集めたデータを使いながら財務省を説得し、必要なサービスを使ったときには、きちんと財政負担をするという、義務的経費を獲得しました。そうしてできたのが、不十分なものではありましたが、自立支援法です。

●<浅野史郎氏>
~重度訪問介護制度のすばらしさ~
まず、この重度訪問介護事業というのはすばらしい制度だと、世界に冠たるものだと思っています。
私は脱施設派ですが、これは施設よりも地域に住むほうがいいという場所の問題ではありません。自分で決められない生活という施設の管理性の問題です。
宮城県知事時代には「みやぎ知的障害者施設解体宣言」というのを出しましたが、それも施設の中での生活は、人権が奪われていると考えたからです。そうはいっても、支援なしでは地域の中では生きられません。そのため、施設から出たときの受け皿として知的障害者のためのグループホームを作りました。

一方、重度障害者は支援がなければ一日たりとも生きられないので、簡単に施設や病院から出るというわけにはいきません。この問題を解決するためにできた制度が重度訪問介護です。
この制度によって、24時間365日の介護が保障され、地域や自宅での暮らしを実現できたのです。これはものすごく大きいことです。まさに世界に冠たる事業です。

●<長岡貴宣氏>
~今後の地方福祉の在り方を見据えて~
私は2016年3月にALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定診断を受けました。当時、広島県立御調高校に教頭として勤めていましたが、次第に体が動かなくなり、1年9か月後の2017年12月に休職。その後、早期退職となりました。2019年9月に気管切開をして人工呼吸器を装着し、同年、重度訪問介護サービスを申請しました。以後、自宅での療法生活を続けながら、御調高校の生徒たちやオリィ研究所の支援を受けてALSの啓発活動を行ったり、重度訪問介護制度の理解と拡充を図る活動を行っています。
本日は分身ロボット、「オリヒメ」の視線入力による合成音声より、地方の実情についてお話しします。

私の住んでいる広島県三次市は人口5万人の少子高齢化が進む地方都市です。重度訪問介護を申請した当初、家族は働いていたため、1日24時間1か月744時間近くを希望しましたが、それまでの三次市の実績値は、利用者1名、1ヶ月の利用時間は32時間。行政による地域格差や前例踏襲という課題は聞いていたので、今後の市との交渉は大変になるのかなと思っていました。ところが市の対応はとても熱心で、特に若手の職員はよく私の話を聞いてくれ、結果的に市の担当者、ケアマネ、相談支援専門員、病院関係者が熱心に連携してくれ、前例にない、1か月490時間の支給が決定しました。行政との交渉のトラブルはよく聞きますが、当事者としての準備や、一緒に考えていきましょうという仲間意識、対話意識が大切なのかなと思っています。

とはいえ、すんなり在宅生活に入っていけたわけではありません。支給時間は490時間に決定したものの、市内の重度訪問介護事業所からの受け入れは2か所、時間はなんと1か月25時間。喀痰吸引ができるヘルパーはおらず、高齢化が進む市内の重訪介護事業所では医療的ケアを望むのは不可能でした。地域に重訪の事業所はあるものの、利用者の需要を満たせないという問題を抱える自治体は少なくないと思います。私の場合は、ダメもとでお願いした株式会社土屋の支援を受けておりますが、ヘルパーさんの多くは営業所のある広島市内から車で2時間弱かけて通勤してくれています。

ヘルパーさんたちにとっては大きな負担となっていると思いますし、地域の事業所不足、ヘルパー不足が解消されたわけでもありません。解決するには、自分で重訪の事業所を開設したり、自薦ヘルパー制度を利用することが考えられますが、誰でもできることではありません。地元地域の事業所で地元地域のヘルパー雇用の実現が必要だと考えています。

●<高浜敏之>
~これからの障害福祉について~
各パネリストのお話を受け、長時間の通勤時間などアテンダントの努力に対し、あらためて労働保障として、賃金ならびに社会的地位を高めることに務めなければと再認識しました。
ただ、特に人口の少ない都市ほど事業者が少なく、アテンダントの採用も困難です。当社は介護難民問題を解決することを一義においているので、採用の際に、通勤時間が最長で2時間にもなることを伝え、それが難しい場合は採用を見送ることもあります。こういった問題を解決するためには、当社や事業の認知度を高めたり、かつ介護というお仕事を多くの人たちにやりたいと思ってもらえることが必要です。


■パネルディスカッション
後半のパネルディスカッションでは、各パネリストが現在の重度訪問介護制度について意見を交換しました。

<浅野史郎氏>
重度訪問介護制度の意義は、世の中の障害者観を変え、社会を変えていくことにあります。

重い障害を持った人が地域の中で生活することで、世間の人が、障害者が実際にどのように暮らしているかを知ることができる。障害者も尊厳を保ちながら生きていることを認識することで、内なる差別、内なる優生思想を打破し、「社会を変える」ことにつながると思います。

また、行政とのコラボレーションも必要です。
行政と我々事業者が、障害者のニーズを知り、それを共に実現していくことで、制度がさらに改善されるでしょう。そのために行政は、予算を握っている財政担当と闘わなければいけませんが、すばらしい制度を管轄することに誇りをもって闘ってほしいですし、アテンダントにもこの仕事に誇りをもってもらいたいです。

<村木厚子氏>
「共感」が大事だと思います。例えば、長岡先生を支えるサービスや「オリヒメ」はすばらしいと。そういう共感があると、自分たちも何かできることがあると思えますし、「社会を変える」ことにもつながっていくと思います。

また、大きな企業には研修に力を入れてほしい。研修体系の作成や、技術ノウハウの蓄積は多くの事例をもっている事業者だからこそできますし、データベースも作れます。それらを提供して、地域の小さな事業者と共同でサービスを行えば、とてもいい仕組みができると大きな可能性を感じています。

<高浜敏之>
重度訪問介護制度は、未完のプロジェクトという感があります。首都圏や関西、一部自治体を除くと、当社の事業所以外はほぼ稼働していないと思われますし、当社もまだ37都道府県でしかサービスを提供できていません。
まずはサービス提供ができていない地域に事業所を構えて、支援できる環境を作っていき、その上で、地域の小さな事業所と協力して、障害者の在宅生活を支える仕組みを作っていきたいと思います。

<吉田政弘>
介護業界の実情として、ヘルパー不足がある一方、圧倒的なニーズがあります。その中で、事業者が陥りやすいのが、多大なお金がかかる研修を省くことと、何とか人をかき集めることで、それがヘルパーの質の低下につながります。

重度訪問介護も、とりあえず生きているという保証をするだけの制度ではなく、いきいきと生きることを考えるフェーズに入ったと感じています。
そのためにも企業としての体力を付けて研修に力を入れ、時代のニーズの移り変わりに応えていきたいです。

<長岡貴宣氏>
障害者や難病患者をめぐる法律や制度は近年、大きく整備されてきましたが、いまなお多くの課題が残されています。
一つは利用者の就労問題です。働きながら重訪のサービスを使うことは基本的にできず、働きたくても働けない現状にあります。私自身、休職してからもずっと職場に復帰すること、働くことを考えてきましたが、実現するためには多くの人の協力を得ながら、当事者として解決していかなければならないこともあります。

私は、「意志あるところに人は集う」と思っています。意志とは意味のある志、意味のあることには人が集まり、受け継いでいくということです。これからもこの考えを忘れず、現状をしっかりと見据えて、当事者として活動していきたいと思います。


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■会社概要
会社名 :株式会社土屋
所在地 :岡山県井原市井原町192-2 久安セントラルビル2F
代表取締役:高浜 敏之
設立 :2020年8月
事業内容 :障害福祉サービス事業及び地域生活支援事業、
介護保険法に基づく居宅サービス事業、
講演会及び講習会等の企画・開催及び運営事業、研修事業、
訪問看護事業
情報提供元: @Press