企業のIT導入を成功させる3大要素(ASIS・TOBE・HOW)。導入時にはこれらを明確化する一方で、状況に応じて目標(TOBE)を柔軟に変えることが大切です。では、ASIS・TOBE・HOWを具体的にどう定め、どのように活用することでIT導入を成功させられるのか。エンタープライズIT協会 代表理事で株式会社AnityA代表の中野仁氏がIT導入の秘訣として、「TOBE・ASIS・HOW」を何度も見直す「反復横跳び」の活用法を解説します。【第4回:IT企画推進担当者に求められるキホン】

理想と現実のギャップは起こって当たり前

ITシステムを導入する際、多くの企業がスケジュールなどの予定を立て、計画通りに進んでいるのかの進捗を把握できるようにしています。しかし、その過程でさまざまな問題が発生するのが常。当初の計画はあくまで机上の空論で、計画と実際にはギャップがあるのが当然です。

多くの企業が計画を立てる際、「TOBE(目標)を設定し、ASIS(現状)を把握し、HOW(解決策)を考える」というプロセスを描いているに違いありません。しかし実際は、この通りに進まないのです。取り組む過程で新たな気付きがあったり、想定と異なる状況に直面したりすることがあります。むしろ、こうした想定外に見舞われることは日常茶飯事といってよいでしょう。

登山に例えると、事前に計画したルート(HOW)が、実際に登ってみると予想以上に険しかったというケースです。天候の変化で別ルートからのアプローチを余儀なくされるケースもあるでしょう。「今日は8合目までにしよう」と目標自体を調整することもあるでしょう。

多くのプロジェクトリーダーやマネージャーは、このような「想定外」に苦労しています。計画通りに進まないことに不安や焦りさえ感じているでしょう。しかし、無理な調整や妥協を重ねれば、当初の目標と乖離したゴールに着地してしまうことさえ起りえます。もちろん理想だけ追い求めることも、プロジェクトの失敗につながります。

こうした状況に対し、IT導入を企画・推進する担当者は何を考えるべきか。どんな行動を起こせばよいのか。このとき考える対処法の1つが「反復横跳び」です。

「反復横跳び」を徹底活用する

理想と現実のギャップの中でIT導入を成功させるには、「TOBE・ASIS・HOW」の間を行き来する「反復横跳び」を実践することが大切です。この反復横跳びをプロセスとして受け入れ、管理することに目を向けます。

「反復横跳び」とは、目標(TOBE)、現状(ASIS)、解決策(HOW)の間を行ったり来たりしながら理解を深め、計画を調整するプロセスを意味します。問題が起こったから行き来するのではなく、初めから行き来することを前提としたプロセスを検討するようにします。

プロジェクトの当初はすべての情報が揃っているわけではなく、進行する中で徐々に理解が深まり、新たな情報が明らかになるのは自然なことです。完全な計画を立ててから一直線に進むよりも、新しい発見を取り入れながら柔軟に調整していく方が、結果的により良い成果につながることが多いのです。一見すると非効率に見える「行ったり来たり」も、実は必要な学習プロセスであり、反復を通じて理解が深まり、より適切な解決策が見つかるという側面があります。重要なのは、この反復プロセスを無秩序なものではなく、構造化された形で管理することです。

反復横跳びが起こる理由は多岐にわたります。主な理由は次の通りです。
情報の非対称性:初期段階では全ての情報が揃っていない
認識のずれ:関係者によって現状認識や目標のイメージが異なる
環境変化:プロジェクト進行中にビジネス環境や技術環境が変化する
学習効果:実行過程で新たな気づきや学びが生まれる

こんなケースで重要なのは、この往復運動を構造化された形で管理することです。具体的には以下の方法が効果的です。
短いサイクルで区切り、振り返りをする…2〜4週間ごとのサイクルを設定する、各サイクルの終わりに振り返りと調整の時間を確保する
発見と調整を記録し、共有する…「こんなことがわかった」「だからこう変えよう」を記録する、KPTやディスカッションなどの内容を文字でログとして残しておく
目標は安定させつつ、細部は柔軟に変更する…大きな方向性(TOBE)は簡単に変えない、解決策(HOW)の詳細は状況に応じて調整する

「反復横跳び」を実践する

反復横跳びを効果的に管理するための具体的な実践手法を見ていきましょう。

1.実践的な管理ツール

反復横跳びのプロセスを可視化し管理するためのツールとして、以下のようなものが有効です。
【発見ログ】
・今日わかったこと」を日付つきで記録
・予想と違ったことや新たな発見を特に丁寧に記録
・デジタルツールやプロジェクト管理ソフトの「発見事項」セクションを活用
【調整リスト】
・「これからどう変えるか」を記録
・変更の理由と影響範囲も書いておく
・「変更点」「変更理由」「影響範囲」「対応策」の4列で管理
【振り返りタイム】
・1~2週間に一度、30分程度の振り返り時間を設ける
・「計画通りに進んでいること」「予想外だったこと」「次にすべきこと」を話し合う
・オンライン会議ツールの録画機能を活用し、議論の内容を残す

2.具体的な実践例

以下に、反復横跳びを効果的に管理した事例を紹介します。

【金融機関のデジタルバンキングプロジェクト】

初期TOBE(ピン留め): 「個人顧客がいつでもどこでも、すべての銀行取引をシームレスにデジタルで完結できる環境になっている」
・第1サイクル
  発見: 認証システムが複雑で連携が難しい
  調整: 認証システムの再設計をロードマップに追加
・第2サイクル
  発見: 法規制上、一部取引はデジタル完結が不可能
  TOBE調整(v1.1): 「法規制の範囲内で、個人顧客がいつでもどこでも、銀行取引をシームレスにデジタルで完結できる環境になっている」
・第3サイクル
  発見: モバイルユーザーの比率が予想より20%高い
  HOW調整: モバイルアプリ開発の優先度を上げ、デスクトップ版の一部機能を後回しにする

【製造業の在庫管理システム最適化プロジェクト】

初期TOBE: 「全工場の在庫状況がリアルタイムで把握でき、自動発注システムにより在庫過多・在庫切れのリスクがゼロになっている」
・第1サイクル
  発見: 工場ごとに在庫管理の業務フローが大きく異なる
  HOW調整: 標準業務フロー設計を先行させ、システム開発を後ろ倒し
・第2サイクル
  発見: リアルタイム処理の実現コストが予算を大幅に超過
  TOBE調整: 「全工場の在庫状況が1日1回更新され、自動発注システムにより在庫過多・在庫切れのリスクが最小化されている」
・第3サイクル
  発見: 自動発注の精度向上には過去3年分のデータが必要
  HOW追加: データ移行・クレンジングの工程を追加

3.反復横跳びの成功要因

反復横跳びを効果的に活用するための重要な成功要因には以下のようなものがあります。
【透明性の確保】
・発見事項や変更内容を隠さず共有する文化
・「想定外」を責めるのではなく、学びとして活かす姿勢
【柔軟性と一貫性のバランス】
・大きな方向性(TOBE)は維持しつつ、実現方法(HOW)は柔軟に調整
・変更の影響範囲を見極め、適切なレベルで調整を行う
【関係者の巻き込み】
・発見や変更を一部のメンバーだけでなく、関係者全員で共有
・経営層には変更の本質と影響を簡潔に伝え、理解と支持を得る

「反復横跳び」を組織文化として醸成させる

反復横跳びは一時的な対応ではなく、組織文化として定着させることが大切です。そのためのアプローチを考えてみましょう。

反復横跳びを効果的に活用するためには、組織全体の理解と協力が不可欠です。 プロジェクトの進捗は直線的ではなく、螺旋状に進むものであるという認識を共有し、「行ったり来たり」するプロセスを否定的に捉えるのではなく、学習の機会として認識することが重要です。私達は神様ではないので答えを最初から知ることはできません。

この文化を育むための具体的なアプローチとして、以下のような方法があります。
【教育と啓発】
・反復横跳びの価値と効果について、経営層からプロジェクトメンバーまで教育
・成功事例の共有と学習
【適切な評価基準の設定】
・「計画通りに進んだか」よりも「目標達成に向けて適切に調整できたか」を評価
・発見や学びを積極的に共有した行動を評価する仕組み
【安全な実験環境の提供】
・小さな失敗から学ぶことを奨励する文化
・仮説検証型のアプローチを推奨

組織としての反復横跳びの実践例をいくつか見てみましょう。
【IT部門の年間計画策定】
・年間計画を四半期ごとに区切り、各四半期末に「学びと調整」のセッションを実施
・次の四半期の計画は、前四半期の学びを反映して柔軟に調整
・年間の大目標(TOBE)は維持しつつ、達成手段は柔軟に見直し
【全社デジタル戦略の推進】
・「デジタルファースト企業への変革」という大目標(TOBE)を設定
・3ヶ月サイクルの「発見・実験・学習・調整」プロセスを確立
・各部門の発見や学びを全社で共有するデジタル変革レビュー会議を定期開催
【新規事業開発プロセス】
・事業目標(TOBE)を明確にした上で、仮説検証型の開発アプローチを採用
・顧客の反応や市場の変化に応じて、製品・サービス内容を柔軟に調整
・学びのサイクルを早く回すことで、市場にフィットした製品をより早く開発

反復横跳びのアプローチは、IT企画推進だけでなく、組織全体の変革や成長に活用できる普遍的な方法論です。変化の激しい現代ビジネス環境において、計画と実行を柔軟に調整しながら目標に向かって進む能力は、組織の競争力の源泉となります。このシリーズを通じて解説してきた「山登りモデル」と「反復横跳び」の考え方を組み合わせることで、目標に向かって着実に前進しながらも、環境変化や新たな発見に柔軟に対応できるIT企画推進が実現できます。

目標(TOBE)を明確に設定し、それをピン留めして安定させつつも、現状(ASIS)の理解を深め、実現方法(HOW)を柔軟に調整する。そして、このプロセスを短いサイクルで反復しながら、学びと調整を積み重ねていく。

IT企画推進の成功は、理想と現実のバランスを取りながら、学びと調整のサイクルを回し続けることにあります。 山頂を目指しながらも、天候や体力に応じてルートを調整する登山者のように、目標を見失わずに柔軟に前進していくことが、複雑な現代のビジネス環境では避けては通れません。

情報提供元: アーバンライフメトロ
記事名:「 仕事の目標達成に欠かせない「反復横跳び」、行ったり来たりの繰り返しがゴールを手繰り寄せる!