シートベルトは命綱。たしかにそう言えるかもしれない。人間の体は予想以上に軟らかく、高速で金属やコンクリートに直接衝突したら、助かる可能性はごくわずか。車体を頑丈にして衝撃吸収構造にしたうえで、ドライバーを含めた乗員はシートに体を固定していたほうが安全性が高いという研究結果が出た。航空機もそうなので、離着陸時にはシートベルトの装着が義務付けられている。



 



こうした流れの中で、日本でも2008年から、高速道路だけでなく一般道路でも後席を含めた全席でシートベルトの装着が義務付けられるようになった。しかしこのルールに当てはまらないクルマがある。路線バスだ。シートベルトが用意されていないばかりか、立って乗っている人さえいる。これは交通違反ではないのだろうかと考えた人がいるかもしれないが、結論から先に言えば、違反ではない。



 



 



■路線バスと鉄道のルーツは似ていた



 



バスを発明したのは、「人間は考える葦である」などの名言を残したフランスの哲学者、ブレーズ・パスカルだ。もちろんガソリンエンジンが発明されるはるか前、馬車の時代の話である。それまでの馬車は、富裕層の自家用車がメインだった。しかしパスカルは不特定多数の人間が安い料金で乗れるシステムを考案し、1662年にパリで開業した。「5ソルの馬車(ソルは当時の通貨単位)」と呼ばれたこのシステム、決められたルートを、決められた時刻表に沿って走っていた。すでに今日のバスの原型はこの時代に確立していたのだ。



 



一度は消えたパスカルの馬車だったが、19世紀になると乗合馬車として復活する。このときに呼び名として使われたのがオムニバスだ。まもなくルートにレールを敷くことで安定性や高速性を高めた馬車軌道が登場。これが鉄道に発展し、従来のスタイルはレールがないことから、オムニバスを短縮したバスという名称が一般的になった。いまでは明らかに異なる交通として認識されているバスと鉄道だが、ルーツは似ていたのである。そしてバスは、シートベルトはもちろん、ガソリン自動車が発明される前から実用化されていた。だから鉄道と同じように、シートベルトを装着せず、立ち乗りも認可するスタイルが今も通用しているのではないだろうか。



 



ただしこれ、高速道路を走らない路線バスに限ったことだ。たとえば首都圏では、東急バスが第三京浜道路を通る路線バスを走らせているけれど、車両は全席にシートベルトが装備され、立ち乗りは許されない。高速バスと同じようなルールが導入されているのだ。逆に言えば、路線バスは鉄道に近いルーツを持ち、自動車が発明される前から運行されていたうえに、高速道路を走らず、専門運転士がステアリングを握っていることを理由に、シートベルト装着を免除されているのではないかという気がする。ちなみに道路交通法には、「最高速度20km未満の自動車」という項目があり、保安基準が大幅に緩和される。プロ野球選手の優勝記念パレードで、選手たちがオープンカーなどにシートベルトを閉めないで乗ってファンたちに手を振りながらパレードできるのは、この法律のおかげが大きいと思っている。



 



東京都を走る都営バスの平均速度は、オフィシャルサイトによれば11.1km/hだという。高速道路を走らず、バレード用の車両とさほどスピードが変わらないのであれば、歴史的経緯も含めて、シートベルト着用を免除している現行制度は理解できる。筆者はパリでも路線バスに乗ったことがあるけれど、やはりシートベルトはなかったし。それでも危険だと思う人は、路線バスに乗らなければいい。ただし鉄道にシートベルトがないことを非難するのは間違いだ。鉄道とバスを含めた自動車とでは、安全性に対する考え方が大きく違うからである。



 



鉄道はレールの上を走っていることだけが特徴ではなく、高度な安全システムで守られた中で運行していることも特徴だ。逆にクルマは、道路上の安全が管理しきれないので、シートベルトを装着するなど乗る人にも一定のルールを義務づけている。そのあたりの違いは認識しておくべきだろう。



 



※情報は2016年11月25日時点のものです


情報提供元: citrus
記事名:「 なぜ路線バスではシートベルトをしなくていいのか?