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今回スポットを当てるのは、1968年から69年にかけて放送された『ドカチン』だ。原始の時代からやってきた家族が繰り広げる痛快ギャグコメディである。『ドカチン』も他のタツノコ作品と同様、いくつもの苦労と事件を乗り越えて完成した。その様子は『ドカチン』本編も顔負けだったようだ。そんな本作の制作時のとっておきのエピソードを、ささやきレポーターが披露してくれる。
ドッカーン・ドカチーンと、突如現れる原始時代の一家。
「おらぁグズラだど」の次に放送されたのは、とんでもない主人公達が暴れ回る、強烈ギャグアニメ「ドカチン」だった。
タイムワープで街の真ん中に、火山の大爆発ともに現れたのは原始時代のジャングル。そこには、なんでもかんでも石斧で破壊する原始一家が住みついていた。ルール無用のドカチン一家と、硬いルールを守ろうとする現代人の衝突は、ギャグのオンパレードとなった。
本来なら、カラー放送になる予定で制作されたが、予算の関係でモノクロ放送になったとか。オープニングや本編も一部、既にカラーで制作されていて、それが放送されなかったのは残念だったとS監督は悔やむ。
しかも、オープニングの巻頭で火山が爆発するシーンは、実写で撮影した。ジャングルの真ん中にそびえる火山とそれを囲む樹木も、美術部のNさんがミニチュアで作ってくれたもの。火山の頂上から火柱が噴き出す仕掛けもNさんの名案で,本番では花火が噴火になって吹き上がった。緊張の数秒間、火山が見事、大爆発!
撮影の日は真夏日で、特に気温が高い日だったために、生フィルムが溶けそうだとカメラマンは汗を拭き拭きイッパツ勝負に賭けたのだ。失敗すれば、セットされた火山もジャングルも火事場の跡だ。時間がかかればフィルムも溶けてしまって努力は水の泡と化す。実写の怖さを身に染みて感じた撮影日だった。
しかし、撮影は成功して迫力ある原始時代の情景が見事に完成した。スタッフ一同の歓喜の声と拍手が止まなかった。
「視聴者にも、カラー放送で観てもらいたかったなー」
S監督の残念そうなつぶやきは、今でも聞こえる。
ささやきレポーターの聞き耳レポートでした。
タツノコプロの第4作目となったテレビアニメシリーズ『ドカチン』は、いまから50年前の1968年10月に番組をスタートした。翌69年3月まで放送。各回2話、全52話で構成する。主人公は原始時代の少年ドカチン。タイムワープの実験中に起きた大爆発で、原始時代から家族と共に文明社会(といっても1960年代)にやってきた。
タツノコプロは、それまでの3作品で「SFアニメ」「カーアクション」「ギャグアニメ」と作るたびテーマを大胆に変えていた。しかし『ドカチン』は、『おらぁグズラだど』に続くギャクアニメになった。
放送時間帯も『おらぁグズラだど』の後を引き継いでいたので、前作の人気の高さから再びギャグアニメにといった道筋も見える。それに奇想天外なアイディアで応じたのが『ドカチン』だ。
『ドカチン』には、キャラクターの声でも大きなポイントがあった。また前回に紹介した『グズラ』の大平透と同様、『ドカチン』でも新たな才能を声優に起用している。主人公・ドカチン役を子役スター出身の中村メイコが演じた。中村メイコは、ドカチンだけでなく、ドカチンの母親カカカ、ドカチンのライバル・キザオを担当するなどマルチなタレントぶりをいかんなく発揮する。
主人公のドカチンは、怪力と俊足。そしていつでも石斧を手離すことなく、何かあるとそれでモノを破壊する。ユーモラスでルール無用。一方で純情で素直なキャラクターとして描かれている。そんなドカチンと現代人のケイ子やキザオが交流するなかでドラマが生まれる。
原始時代と現代のふたつの文化がクロスするのは、当時の社会状況も影響していたかもしれない。時代は日本経済が飛躍的に拡大した高度成長期。1964年には東京オリンピックが行われ、1970年には大阪万博の開催が控えていた。生活も街も急速の近代化する一方で、公害問題が深刻化し始めるなど、現代社会と本当に豊かなありかたの摸索も生まれはじめた頃だ。
そこに「原始人が現代にやってきた」という設定。自然やおおらかな生き方を描いた。それはギャグアニメであるだけでなく、「社会に対するアンチテーゼ」も示していたのかもしれない。作品が当時、人気を博した理由のひとつにそんなこともあっただろう。
『ドカチン』の制作はテレビがモノクロ放送からカラー放送に移る時代にあたった。当初は「カラーで!」との野望もあり、オープニング、そして本編の一部もカラーで制作を試みた。結果的にはモノクロ作品となったのは、ささやきレポーターの報告どおりだ。
しかし『ドカチン』は、これ以外でも野心的な映像を目指していた。そのひとつがオープニングとエンディングにアニメ番組にも関わらず実写をたっぷりと盛り込んだことだ。
そしてこちらも中村メイコが「オモッチョロイ・ドカチン」を歌うエンディング。レリーフで表現されたキャラクターたちを映し出していく、当時としてはアバンギャルドな演出だ。
実写とアニメの融合は、同じ時期に他の番組にもある。虫プロはアニメを合成したテレビドラマ『バンパイヤ』を作り、ピー・プロの『ヤダモン』でも実写シーンを採用したエピソードがある。何よりも実写・アニメ合成の傑作ディズニーの『メリーポピンズ』が1965年に日本公開されている。
世の中では特撮「ウルトラ」シリーズがスタート、『仮面の忍者 赤影』や『コメットさん』も放送され子どもたちの人気を集めた。漫画映画と呼ばれていたアニメと特撮番組は子どものための番組としてあまり区別されてなかったことも理由かもしれない。
それでもすでに手慣れていたアニメを使えばもっと簡単に出来たはずなのに、敢えて新しいことに挑戦する。面白い映像表現ならなんでも取り入れる当時のタツノコプロの心意気が伝わってくる。
『おらぁグズラだど』や『ハクション大魔王』に較べると、その後の展開が少なかった『ドカチン』は、タツノコプロの歴史のなかではやや地味な作品かもしれない。しかし後に大きく華を開くタツノコギャクアニメの源流となった60年代の3大ギャクアニメとして、欠かすことの出来ない存在だ。
次回第7回でも、タツノコプロの傑作・名作の隠れたエピソードを報告予定!お楽しみに。