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■昔からあった!? うんちの治療法
四世紀の中国、伝統医学の師であった葛洪は、『肘後備急方』という救急処置の治療の手引き書にこう記しています。
食中毒やひどい下痢を起こした患者には、健康人の糞便を飲料にして与えれば奇跡的に回復する
同じ治療法は、1200年後の中医学手引書にも書かれています。意外ですが、うんちを利用した治療は、かなり昔からあったのですね。
それは人間に限ったものではなく、ウサギやサルなど、食糞する動物は意外といます。理由は様々ですが、コアラが食糞する理由は、お母さんコアラの糞に含まれている微生物をもらうため。コアラはこの微生物を利用することで、ユーカリの毒を分解することができるようになるのです。
■見直されてきている腸内細菌
菌というと、毛嫌いする人も多いとは思いますが、実は人間の皮膚や腸などには、かなり多くの菌が存在しています。私たちは、ある意味、菌と共存しているとも言えるのです。腸の中の細菌、つまり腸内細菌の数は100兆個とも言われています。そして、腸内細菌と病気との関係が、近年かなり注目されてきています。
例えば、帝王切開と自然分娩では、ある種の病気の発症率に違いがあることが分かっています。免疫は離乳期までに成立するため、それまでの環境が子どもの腸内細菌の成立に大きく影響すると考えられているのです。
自然分娩では、産道を通ることにより母親の細菌叢(さいきんそう)を浴び、母乳を飲むことによって、人体に良い影響を与える微生物(プロバイオティクス)を取り入れます。その他、母親との毎日の生活を通しても、母親の持つ細菌叢の影響を受け続けます。
こうしたことから、帝王切開で生まれた場合や人工乳栄養、抗生物質を授乳期に使用した場合には、子どもの腸内細菌のバランスが崩れ、炎症性腸疾患の発症率が高くなる可能性があると言われています。
急性腸炎で腸内細菌のバランスが崩れた場合、その後、過敏性腸症候群を発症する割合が比較的高くなることも明らかになっています。こうしたことから、過敏性腸症候群の病因としても、腸内細菌が注目されてきています。
■便を移植する糞便治療とは
2013年、「New England Journal of Medicine」という医学誌で、オランダのグループが「糞便移植」(他人の糞便を腸内に注入する移植治療)を行い、クロストリジウム・ディフィシル腸炎を根治したということを発表しました。
クロストリジウム・ディフィシル腸炎とは、抗生物質を使用することにより起こることが多い腸炎です。下痢・腹痛・発熱などの症状を認め、悪化した場合は敗血症など重篤な合併症を引き起こすこともあり、また院内感染の原因としても問題視されています。クロストリジウム・ディフィシル菌自体は、健常成人の約5~10%が保有している菌です。
抗生物質は悪い菌を殺す力がありますが、腸内の善玉菌にもダメージを及ぼします。抗生物質により腸内細菌のバランスが崩れると、腸内のクロストリジウム・ディフィシル菌が勢力を伸ばします(菌交代現象)。そして増えすぎたこの菌が産生する毒素により、腸炎が引き起こされます。
理論的には、腸内細菌のバランスが戻ればこの菌の勢力が弱まり腸炎が治ることになります。つまり抗生物質で失われた腸内細菌を、糞便移植などで新たに取り入れて勢力を抑え込めばいいのです。
糞便移植がクロストリジウム・ディフィシル腸炎に有効であったという結果は多数報告されており、欧米では重症化するこの腸炎に対して標準治療になるともいわれています。また炎症性腸疾患など、その他の腸内細菌バランスが原因とされる疾患に対しても糞便移植の効果が期待され、研究が行われています。
ちなみに、糞便移植の多くは、内視鏡を用いて菌を大腸に散布するものです。カプセル剤として内服する方法もありますが、便そのものを口から取り入れるわけではありません。