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1987年に発売したBe-1、1989年に発売したPAO(パオ)およびS-Cargo(エスカルゴ)というパイクカー・シリーズをヒット作に昇華させた日産自動車は、市場の要望に即して4作目となる新パイクカーを鋭意企画していく。商品テーマは“満足の新しいカタチ”の創出。既存の枠にとらわれない車両デザインを心がけながら、これからのライフスタイルにふさわしいクルマの具現化を目指した。
■パイクカー・シリーズの4作目はクーペボディで企画
使用するプラットフォームはBe-1やPAOと同じくK10型マーチをベースとする。ただし、そのスタイリングは従来と路線を大きく変えた。基本フォルムは2ドアクーペデザインで構成し、そのうえでルーフとリアウィンドウが一体で開いて後部の格納トランクに収納されるユニークなオープントップ機構を組み込む。オープン時に残るのはサイド部分やフロントのウィンドシールドのみで、横方向からのプライバシーを守りながら気軽にオープン走行が楽しめるようにアレンジした。また、リアウィンドウには視認性と耐久性を考慮して熱線入りガラスを採用。さらに、リアセクション下部にはトランクルームも用意する。ルックス自体はレトロ調を基本としながら都会の風景にお洒落になじむ造形に仕立て、同時にフロントエプロンやフェンダーの部材に熱可塑性樹脂パネルを、外板にスーパーファインコーティング(フッ素樹脂塗装)を導入した。
内包するインテリアは、前席重視(乗車定員は4名)のパーソナルな空間にふさわしい心地よいデザインと装備・素材で構成する。インパネは穏やかな曲線を基調として優美さを表現。丸形のメーターや上品な装飾を加えたステアリング、随所に配したメッキパーツ、専用の本革シートなどもアクセサリーを付けたときのようなテイストを醸し出した。また、内装色には明るいカラーリングを採用。インパネやピラートリム類には柔らかい質感のソフトフィール塗装材を施した。
搭載エンジンにはパイクカー初の過給器付きユニット、MA10ET型987cc直列4気筒OHCターボ(76ps/10.8kg・m)を採用する。組み合わせるトランスミッションは3速ATのみの設定で、駆動方式はFF。懸架機構には専用セッティングの前マクファーソンストラット/後4リンクを導入し、シューズには165/70R12タイヤ+専用デザインホイールを、制動機構には前ベンチレーテッドディスク/後リーディングトレーリングを装備した。
■限定2万台、3回に分けた抽選で販売
4作目のパイクカーは、まず1989年開催の第28回東京モーターショーに参考出品され、1991年2月に市販に移される。車名はモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』に登場する、機知に富んだ主人公の名前にちなんで「FIGARO(フィガロ)」と名乗った。型式はFK10で、ボディサイズは全長3740×全幅1630×全高1365mm/ホイールベース2300mmに設定。車体色はすべてツートンカラーで仕立て、上部をホワイト、下部をエメラルド/ペールアクア/ラピスグレイ/トパーズミストという4タイプで彩った。車両価格は187万円とし、生産台数は限定2万台。同年8月末まで3回に分けて抽選するという販売方法をとったため、Be-1のような大きな混乱は起こらなかった。また、製造については従来に引き続き高田工業が専用ラインで行った。
“東京ヌーベルバーグ”のキャッチを冠して発売されたフィガロは、従来とはちょっと異なる宣伝手法を展開した。同キャッチをコンセプトに据えながらフィガロをフィーチャーした3部作の短編映画『フィガロストーリー』を製作し、1991年4月から全国主要都市の映画館で上映したのだ。監督・脚本を務めたのは、アレハンドロ・アグレスティ、林海象、クレール・ドニという気鋭の人物のたち。バブル景気の最終盤ならではの、豪華なプロモーション活動だった。
■歴代パイクカーの中で最速の呼び声高し!?
市場に放たれたフィガロは、その個性的なスタイリングのほかに歴代パイクカーのなかで唯一、走りでも注目を集める。ターボエンジンによる俊足ぶりが、Be-1やパオとは一線を画していたのだ。また、2車に比べてやや固めの足回りや低い車高なども、印象が異なる要因となった。これでMTモデルの設定があれば、小型スポーティクーペの仲間入りを果たしたかも――とは当時のクルマ好きの評である。
2年近い歳月をかけて当初予定の生産台数をクリアしたフィガロは、Be-1やパオと同様、中古車市場でも高い人気を維持し続ける。一部は英国などにも流出し、オーナーズクラブができるほどの熱い支持を獲得した。また、人気TVドラマの『相棒』のシーズン11以降では水谷豊さん演じる杉下右京の愛車として、ボディカラーを黒く塗り替えたフィガロが登場。ネットなどではデビュー当時を知らない視聴者から「あのクルマの名前は?」という質問が、知っている人からは「いい意味で変人の右京っぽいクルマ選びだなぁ」といった感想が書かれる。発売から20年以上が経過しても人々の琴線に触れ、話題を提供するクルマ――それがフィガロ、延いてはパイクカーの身上なのだ。