来年3月に創業130年を迎える、ゆかた製造卸業の老舗「三勝」が、東京・人形町の本社ビルに構える「三勝ゆかた博物館」をリニューアル。12月7日のプレオープンに先立って内覧会が開催された。

“ゆかた文化の発信地” 人形町の博物館がリニューアル

歌舞伎役者の楽屋着や相撲力士の普段着、あるいは庶民の社交着として江戸の昔から重宝されてきた、ゆかた。特に江戸歌舞伎発祥の地である東京・人形町は、江戸きってのゆかた文化の発信地だった。その人形町で1894年に創業した三勝は、江戸時代に始まった「長板中形」や大正時代以降に主流になった「注染」の染色技法をはじめ、古き良き手仕事によるゆかた作りを守り続けてきた。一方で、昨今は、アメリカ・ニューヨークで今月開催された「Fashion Week Brooklyn」のランウェイショーに参加するなど、ゆかた文化を次代へつなげる取り組みも積極的に行っている。

その三勝が、自社の歴史とゆかた文化の継承を目的に、2012年に開業したのが「三勝ゆかた博物館」だ。来年の創業130年に向けて行われた今回のリニューアルでは、京都の辻村久信デザイン事務所に空間デザインを依頼。新たに地下1階にも展示スペースを開設し、展示内容の充実も図った。

内覧会の冒頭では、同社代表で4代目天野半七こと天野美香子氏が「来年で創業130年という節目を迎える中、コロナ禍の影響による職人の離職や廃業は今だに続いています。ゆかた業界における、そうした厳しい現実も含めて、この素敵なものづくりを日本のみならず世界の方にも知っていただきたい」と挨拶。リニューアルにかける思いを語った。

200種類以上の反物と貴重な伊勢型紙を間近で

真新しい館内に入って最初に飛び込んでくるのは、壁面の棚にずらりと並べられたカラフルな反物だ。その数はなんと200種類以上。和物や懐古趣味的なものが好きな人ならば、この段階で感動を覚えることだろう。

どれもこれも素敵な柄ばかりで目移りしてしまうが、その中でも三勝ゆかたの特徴を色濃く表しているのが、明治時代や大正時代の柄を復刻した反物。「ゆかたは着物に比べて、作られた時代の世相や出来事を反映した柄が多くら例えば、大正時代に『主婦の友』が創刊された際、当時まだ珍しかった通販で売り始めたゆかたの柄を復刻した反物は、当時の流行を映し出していて面白いですよ」と天野氏は言う。

そして、この博物館の目玉展示といえるのが、同社が保存してきた約1万点もの「伊勢型紙」だ。

三勝ゆかたの繊細な柄を生み出す伊勢型紙は、三重県鈴鹿市の限られた職人の手で作られる伝統工芸品。図案を彫った型紙はゆかた作りに欠かせない道具であり、昔の柄を起こす際は、これらの型紙を三重の工房に戻し、新しい型紙を作り直すこともあるという。和紙が原料の型紙は、一枚一枚がとてもデリケートなもの。そういう重要な品をこれだけまとめて見られるのは、非常に貴重な機会といえる。

なお、コロナ禍によって、ゆかた産業も大きく打撃を受けた中、「道具だと考えていた型紙が自社の重要な財産であることに改めて気付かされた」と語る天野氏。そうした思いから、同社では現在、これらの型紙をデジタルデータ化する取り組みを進め、将来的にはインテリアなどの意匠に活用する可能性も模索していくという。

ゆかた文化の歴史を辿る豊富な展示

ゆかたの生地は、主に「型紙・図案」「織り」「染め」の工程を経て作られる。それぞれは分業制で別の職人が担当。三勝では型紙・図案は三重、織りは静岡、愛知、大阪、染めは東京や栃木などの職人が担い、各地の工房がバトンを渡すような形で一枚の反物を完成させている。館内では、そうして各工程の説明や三勝の130年にわたる歴史、そして、ゆかた文化の変遷を時代別に振り返る展示を見ることができる。

その中でも特に注目すべきは、三勝が代々継承してきた2つの染色技法、「注染」と「長板中形」に関するコーナーだ。

現在、三勝ゆかたの主流になっている「注染」は、型紙の上から特殊な糊を塗って防染した布を何枚も重ね合わせ、ジョウロで染料を注いで色付けする技法。6種の染料の組み合わせで多彩な色を表現する。関東地方で行われる「東京本染注染」は今年10月に国の伝統的工芸品に指定され、まさに今、その価値が再注目されている。館内の展示では「型作り」や「染め」の工程を見本とともにわかりやすく紹介している。

もう一方の「長板中形」は、長板の上に置いた白生地の両面に型紙を合わせ、藍一色で染め上げる技法。三勝の専属職人だった人間国宝・清水幸太郎氏が得意とした伝統技法で、歩く際に裏地に見え隠れする柄は「江戸の粋」を感じさせる。館内では昭和33年(1958)に作られた『斜め小格子入市松文様ゆかた地』を観賞できる。

そのほか、型紙の種類を紹介する展示では、長坂中型に使われる「追い掛型」「糸掛け型」「細張り型」という4種の型紙を実例とともに解説。「Fashion Week Brooklyn」やSDGsをテーマにしたコーナーなど、“ゆかたの未来”を感じる展示も。多彩な展示で伝統とこだわりを知れば、きっと浴衣を見る目が変わるはず。

この日は1階フロアのみの公開だったが、12月7日のプレオープン時には地下1階にも展示スペースを開設し、明治時代の古い型紙や戦火を逃れた反物などを展示していくとのこと。グランドオープンは来年春を予定している。

ゆかたの歴史が学べる「三勝ゆかた博物館」。近くには「江戸屋所蔵刷毛ブラシ展示館」や「つづら学習館」など、同じく和の伝統に関する展示スポットがあるので、1日コースで出かけてみるのもいいだろう。

【三勝ゆかた博物館】
http://sankatsu-zome.com/museum/

情報提供元: 舌肥