幸運艦と呼ばれた駆逐艦はなぜ激戦地から帰還したのか 「雪風 YUKIKAZE」
雪風は太平洋戦争の主力駆逐艦38隻の中で唯一終戦まで生き残った。機動力から先陣、護衛、上陸支援など、何でも屋の駆逐艦は消耗が激しい。激戦をくぐって帰還を重ねた雪風は「幸運艦」と呼ばれたという。
「雪風 YUKIKAZE」(8月15日公開)は、史実をもとにこの地味な戦艦を巡る秘話を描いている。
ミッドウェー、ガダルカナル…日本が劣勢に追い込まれる中で沈没した僚艦の乗員を最後の1人まで救出し続け、必ず帰還したのが雪風だった。
艦橋から的確な指示を飛ばす艦長(竹野内豊)の操艦技術と、下士官と兵員の間に立って乗員を束ねる先任伍長(玉木宏)の人間力が随所ににじむ。雪風はなぜ生き残ったのか。幸運だけではないその一因が伝わってくる。
ごう音の中で、かじ取りを伝える艦長のボディランゲージや、乱れ飛ぶ敵弾の中を海上からはい上がる仲間に手を差し伸べる伍長のすすだらけの腕…「空母いぶき」「山本五十六」の助監督から今回初メガホンの山田敏久監督の艦上描写に説得力がある。
大和の半分以下の全長、約4分の1の全幅。逃げ場のない海上で敵の圧倒的な航空戦力から降り注がれる銃弾の恐怖が、駆逐艦ならではの狭さで増幅する。
久しぶりに見た僚機ゼロ戦の雄姿に手を振る若い兵たちを横目に艦長の表情は苦い。不自然に爆弾を抱えた姿に艦長は「特攻だ」とつぶやく。敗色増す様子を伝えるエピソードが時間とともに織り込まれる。
一方で、ぽっかりと時間が止まったような食堂室での休憩時間には、映画談義に花が咲く。「『駅馬車』が好きだ、あんなすごい映画を作った国と戦っているんだ」。敵国のジョン・フォード監督作品をたたえる兵士を誰もとがめない。意外でもあり、雪風内の空気はさもありなんとも思わせる。
敵兵の救命ボートを見逃す理由を艦長は「武器を持たない者は撃たない」。その腹に「武士道」があることをいくつかの描写が裏打ちする。
終戦後も雪風は同じ艦長のもと「復員輸送船」として活動した。雪風によって復員がかなった1人に水木しげる氏もいたという。
幸運艦の物語は、戦時中にも貫かれた知られざる救命の思いを伝えてくれる。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)