合田道人氏の新著「童謡・愛唱歌の謎」。倍賞千恵子さんが推薦している

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

歌手、司会、作詞作曲家、音楽プロデューサーなど多才に活躍する合田道人(63)が、作家として最新著書「あの唄も、この曲も実は戦争の歌だった 童謡・愛唱歌の謎」(笠間書院)を発表した。

今年は戦後80年。そのタイミングで、戦中、戦後にヒットし、愛唱された曲の背景に、「戦争」があったことをひもといていく。戦争と結び付く直接的な言葉がない歌でも、その裏側に潜む歴史や真実を浮かび上がらせる。「えっ、この歌も?」と驚かされる。

同書は第1章「本当は戦争の歌だった」から、終章「戦争を知らない子供たち」と4章に分けられている。それぞれの章のテーマに合った曲の、誕生秘話や隠された意味を解説する。

例えば、「我は海の子」は今も老若男女が知る唱歌である。「我は海の子 白波の…」と軽快に歌う。戦前、戦後も教科書に載った。戦後は3番までの掲載だが、戦前には7番まであった。GHQ(連合国軍最高司令部)の指示で、削除された。その消えた歌詞の一部は「いで軍艦に 乗組みて 我は護(まも)らん 海の国」だった。大日本帝国海軍の立派な兵士になるための教育歌だった。

童謡「ないしょ話」は、第2次世界大戦が勃発した1939年(昭14)に発表された。早熟の童謡詩人と言われた結城よしを氏が、19歳の時に書いた。戦争の時代に、「ないしょ ないしょ ないしょの話は あのねのね」と、母の耳元でささやく童謡である。言論統制が厳しくなる中での詩人の意図と、その後の運命が胸を打つ。

このほか「汽車ポッポ」「ウミ」「里の秋」「蛍の光」「桃太郎」「めだかの学校」など、誰もが知る数多くの童謡・愛唱歌の背景を紹介。終戦直後に発表された「リンゴの唄」の大ヒットの要因や、秀作「さとうきび畑」の「ざわわ ざわわ…」の真実にも迫る。

合田氏と公私に親しい女優で歌手の倍賞千恵子が「戦後80年!平和ボケしていませんか?この本は戦争の悲惨さを歌を通して教えてくれます」と、推薦文を寄せている。

今年は「昭和100年」で、NHKがラジオ放送を開始してから「放送100年」にもあたる。合田氏は今年初めに著書「歌は世につれ♪流行歌で振り返る 昭和100年」(笠間書院)も発表。100年を、それぞれの年の流行歌に絡めて分析している。

合田氏は新書で「日本における『戦争を知らない子供たち』の最高齢が80歳ということになる。これから生まれてくる子どもたちも含め、いつまでもみなが『戦争を知らない子供たち』であってほしい。いや、そうでなければならない」と記している。

戦後80年をきっかけに、ぜひ手に取ってほしい1冊である。【笹森文彦】

◆合田道人(ごうだ・みちと)1961年(昭36)12月13日、北海道釧路市生まれ。79年に「釧路にて」でシンガー・ソングライターとしてデビュー。新宿音楽祭などで新人賞受賞。著書「童謡の謎」シリーズは累計70万部を超える。作詞した「こしの都」(五木ひろし)が、第57回日本作詩大賞(24年)で審査員特別賞受賞。一般社団法人日本歌手協会(田辺靖雄会長)の理事長。血液型B。

情報提供元: 日刊スポーツ_芸能
記事名:「 合田道人が著書発表「えっ、この歌も?」戦後80年愛唱されたヒット曲の背景に「戦争」があった