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寂聴さんが生きていたら、今週5月15日に満100歳を迎えるはずだった。念願の映画完成に瀬尾は「このように中村さんが試写会をするとなったら、瀬戸内は100歳でも『私は東京に行って裕さんの隣で何でも喋る!』と言ったはず」と明かし「瀬戸内が直接映画を見られなかったのは残念なことではあるけれど、たくさんの方々に瀬戸内の元気な姿を見ていただけるのはありがたいこと」と感慨を口にしていた。
テレビドキュメンタリー『情熱大陸』の撮影をきっかけに17年もの間、寂聴さんに密着してカメラを回し続けた中村監督。寂聴さんの突然の逝去に「亡くなった後はやる気が失せた」と本作完成へのモチベーションを無くしていたというも「最後のインタビューの素材を見たら『計画的にちゃんとやりなさい!』と僕をしかりつける姿があって…。これはやらないとご供養にならないぞと思った。生前の先生の『死んだとしてもどこからでも見ている』という言葉を信じて、皆さんと一緒に作品を見たいです」と心境を明かした。
寂聴さんの死の直後、その事実が信じられずに寂聴さんの映像すら見られなかったという瀬尾。しかし「本作を見たときに懐かしい気持ちがしたり、瀬戸内のざっくばらんな姿は普段のまま。まるで再会できたかのような気持になりました」としみじみ。その言葉に中村監督は喜びつつも「瀬尾さんがご覧になると思うと内心ビクビク。絶対に叱られる」と恐縮していた。
その瀬尾は「17年前の姿など、私が見たことのない瀬戸内の姿を見られるのは新鮮で嬉しかった。この映画を瀬戸内が見たとしたら『仕方がないよね、私が何でも撮っていいと言ったから』と怒りつつも『裕さんがこれで儲けたら奢ってもらおう!』と言うはずです」と寂聴さんの思いを代弁していた。
一方、寂聴さんのモノマネを持ちネタとする清水は「今日は清水ミチコさんのお体をお借りして精神的に入っているわけです。今まで散々モノマネをされたので、今日はこうして利用しております」と寂聴さんの声色を再現して成りきり挨拶。寂聴さんには会ったことがないという清水だが、寂聴さんのモノマネを始めた20年ほど前に直筆のハガキを受け取ったそうで「わたくしのようなものをよくぞ描いてくれたと書いてあって、なんて懐の広い人なのかと益々ファンになりました」と人柄をしのんでいた。
ちなみにモノマネレパートリーのうちの一人、小池百合子都知事からの葉書は届いていないようで「そうですね、今のところ耳に入っておりません。イヤーにまだストップしております」と小池都知事のモノマネで状況を明かしていた。
瀬尾は5月15日に生誕100年を迎えるはずだった瀬戸内さんについて「生前に100歳になったらみんなを招いて誕生日は盛大にやろうと話していたので、それを楽しみにしていました。それに今回の映画の試写会もあったので、張り切って『私は100歳です!』と話していたはずです」と残念そう。寂聴さんの長寿の秘訣については「よく食べ、よく寝て、よく書いて。ストレスをためずに好きなことを誰に遠慮することなくやること」と分析した。これに清水も「好きなことをしてノンストレスでいると、自分の中の心の明るさが周りを幸せにする。私も煩悩の数108歳まで肉を食べながら長生きしたい!」と長寿に意気込んでいた。