『インサイダーズ/ない武者たち』や『KCIA 南山の部長たち』といった重厚な社会派の作品で知られるウ・ミンホ監督の新作『ハルビン』。舞台は1900年代初頭の韓国。大韓義軍を率いる独立運動家・アン・ジュングンが大韓帝国の独立を阻む伊藤博文を殺害するためにハルビン駅に向かう道のりを描いている。アン・ジュングンを演じたのは『愛の不時着』をはじめ、『コンフィデンシャル/共助』や『極限境界線 救出までの18日間』などで知られ、韓国を代表する俳優・ヒョンビン。伊藤博文を演じたのは『万引き家族』や『東京タワー オカンとボクと、時々、オカン』など多くの作品に出演し、韓国映画初出演となるリリー・フランキーだ。

2023年韓国NO.1大ヒット作である『ソウルの春』を制作したハイブメディアコープとウ・ミンホ監督がタッグを組み、撮影監督は『ベイビー・ブローカー』『パラサイト 半地下の家族』のホン・ギョンピョ。確かな実力と多くのヒット作を生み出してきたスタッフ&キャストが集結し、壮大なスケールで歴史的な事件の裏側を描いた。来日したウ・ミンホ監督に聞いた。

――『ハルビン』の公開を記念し、来日することに対してどんな想いをお持ちでしょうか?

とても光栄に思います。昨日行われた舞台挨拶で日本の観客の皆さんに『ハルビン』を御覧いただきましたが、皆さんとても集中して見てくださり、心から歓迎してくれました。本作を映画として、文化として楽しんでくださっていると感じ感動しました。

――壮大なエンターテイメント映画ではありますが、アン・ジュングンの葛藤や信念を中心とした人間ドラマとしてもとても見どころのある作品です。本作を制作する上で一番大事にしたことは何でしたか?

アン・ジュングンをはじめ、母国の独立のために戦った大韓義軍の人たちの気持ちをどう伝えたらいいか、どう伝えられるかということを重視しました。誇張されても歪曲されてもいけません。とても難しいことではあったんですが、結果的にカメラと被写体の距離を一定に保って撮影をしました。近すぎると彼らの想いが誇張されてしまう、あるいは蒸発してしまう危惧がありました。一定の距離を維持して撮ることで時代背景も含めて、当時の空気感を彼らの想いと共に自然と届けられるのではないかと思いました。想いを見せるのではなく感じさせることを意識しました。

――主人公であるアン・ジュングン役にヒョンビンさんを起用した理由は何でしたか?

アン・ジュングンはとても信念の強い人です。仲間想いである一方で、人間的な苦しみを持っていることを描きたかったんですが、ヒョンビンさんは信念の強い俳優で、人への接し方にも心がこもっている方です。アン・ジュングンを演じるに相応しい俳優だと思いました。現場に入ってからもヒョンビンさんは、とても過酷な撮影において誠心誠意自分の体を使いながら、アクションの代役を使わずにアン・ジュングンを演じ切りました。目標に向かって力強く歩いていく姿がアン・ジュングンに通じるなと感じました。

――大人数の戦闘シーンや氷上シーンといったシーンは撮影が大変だったと思います。特に大変だったのはどのシーンでしたか?

シナ山での戦闘シーンです。台本上は雪の背景ではなかったんですが、撮影時期に大雪が降り、50~60センチの積雪がありました。「これは天が私たちにもたらした機会だ」と感じたので、その大雪の背景を逃すまいとベストを尽くして撮影をしました。戦闘シーンですので、華やかさや豪快さや痛快さは出したくなかったんです。敵味方関係なく、人と人が殺し合いをし、人が死んでいく戦いそのものが悲劇です。彼らはなぜ戦っているのかという理由もわからず戦っているのですから。あの美しい自然の中で、むごたらしく悲しいシーンにしなければいけないと思いました。キャストもスタッフも肉体的にも精神的にも大変なシーンだったと思います。

――伊藤博文役のリリー・フランキーさんの出演が決まった経緯を教えてください。

『そして父になる』も『万引き家族』もリリーさんが出ている是枝裕和監督作品はすべて見ていますし、大ファンで尊敬しています。声も素晴らしい俳優ですよね。伊藤博文の役は日本の俳優でなければいけないと思っていました。また、これまでの韓国の作品での伊藤博文の描き方は卑劣な人物として描かれることが多かったんですが、私はそれに対してとても不満がありました。伊藤博文は日本の初代内閣総理大臣なので、品格のあるカリスマとして描きたかった。リリー・フランキーさんでないとダメだと感じていました。

――リリーさんに何かリクエストはしたんですか?

座っているだけでカリスマ性のある人物であることが伝わるように演じてほしいとお願いしました。名画というのは見ているだけで品や力、カリスマ性が感じられるので、そのようなイメージをお伝えしました。実際にリリーさんが演じている伊藤博文を見ている時、私は演出する立場というより、敬意を持って鑑賞している立場でした(笑)。私がリクエストした通り、そこに座っているだけでカリスマ性が放たれていたのです。どの瞬間も素晴らしかった。メイクをして髭をたくわえて衣装を着て現れた瞬間に「伊藤博文だ」と思いました。そのくらい役に入り込んでくださいました。特に座ってセリフを言う時の声が素晴らしくて、信頼感が増しましたね。声はそこまでトーンが高くはありませんがとても柔らかい力が感じられたんです。圧倒されました。

――本作は韓国で大ヒットしていますが、どんなところが支持されていると受け止めていますか?

ひとつ目のポイントとして、最近は動画配信サービスの普及によって携帯電話や家やテレビで気軽に映画が楽しめますが、今作は映画館だからこそ楽しめるような作品です。もっと言うと映画館で見ることで成り立つ作品だと思います。もう一つは、韓国では昨年12月に戒厳令が宣布されるという国を揺るがす大事件が起こりました。たくさんの人々の犠牲と献身の上で民主主義が守られてきたのに、それが一夜にして崩れそうになりましたが、多くの国民が身を挺して民主主義を守りました。今の民主主義を守ろうとする人々の姿とアン・ジョングンと大韓義軍の姿が重なったところもあるのではないかと思っています。

――『ハルビン』をはじめ、監督の作品は史実をもとにした社会的な作品という印象が強いですが、そういった作品に惹かれるのはなぜだと思いますか?

韓国は激動の歴史を持った国です。長く安定したことがなく、3度もクーデターが起こり、その度に国民は苦難を乗り越えてきました。なぜそういうことが起こるのか、その裏には何があるのかということを知りたい、明らかにしたいと思っているのでそういった作品を多く作るのだと思います。今年ディズニープラスで配信予定のされる『メイド・イン・コリア』という作品は1970年代という激動の時代を舞台にした歪んだ欲望を持って突き進む人間の物語です。また、『ハルビン』を一緒に作ったハイブメディアコープが制作し、2023年に大ヒットした『ソウルの春』を見てクーデターがいかにして民主主義を揺るがすのかということを知った若者も多かったと思います。昨年の12月の戒厳令宣布の際は、特に20代から30代の若者が身を挺して国を守りました。映画を見て、人々が歴史や政治を知ることができるということも私がそういった作品に惹かれる理由のひとつです。

――映画を作っていて一番興奮する瞬間はいつですか?

キャストもスタッフも一丸となって、同じ目的に向かって進んでいるということが感じられる瞬間です。もちろん大変さはありながらも、純粋な気持ちで目標に向かって進んでいるということが実感できるととても興奮しますね。

【インタビュー・執筆】小松香里
編集者。音楽・映画・アート等。ご連絡はDMまたは komkaori@gmail~ まで
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情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 歴史的な事件の裏側を描く、極限サスペンス『ハルビン』ウ・ミンホ監督インタビュー「想いを見せるのではなく感じさせることを意識しました」