“新しい手法が生む新しい映像体験”を標榜し、 過去に2本の短編映画がカンヌ国際映画祭から正式招待を受けた監督集団「5月(ごがつ)」。名優・香川照之を主演に迎えた初の長編映画で、 9月に行われた第70回サンセバスチャン国際映画祭のワールドプレミアが高評価を得た 『宮松と山下』が現在公開中です。

数多くの名作CMや教育番組「ピタゴラスイッチ」を手掛けてきた 東京藝術大学名誉教授・佐藤雅彦、NHKでドラマ演出を行ってきた関友太郎、 多岐にわたりメディアデザインを手掛ける平瀬謙太朗の3人からなる「5月」。皆さんに本作へのこだわりや、目指す作品作りについてお話を伺いました。

――本作楽しく拝見させていただきました。まずは「5月」での映画作りについて伺いたいのですが、3人どの様な役割分担をされているのでしょうか?

佐藤:なかなか理解が難しいかもしれないのですが、我々には特別な役割分担が無いんです。アイデア出し、プロット、脚本、編集も全て3人で行なっています。3人バラバラの個性が集まっているのではなく「3人で1つの個性」という。

関:スペインの映画祭で、現地の記者さんに言われたんですよね。

佐藤:やっぱり監督が3人ということをみんな珍しいなと思うんですよね。一般的には映画の制作では個性の強い監督が多くのスタッフを引っ張っていくと思うのですが、私たちは3人で1つの個性。出身が同じ研究室ということもあって、ずっと一緒に色々なことを話し合って十数年経っていますので、「これが良いか悪いか」ということは、会話が無くてもお互いに分かります。

ひとつだけ、撮影現場では、それぞれの役割ということはあって、関が俳優さんとの関わり、私と平瀬はモニターを見ている。私はその時の撮影の様子を見ているというよりは、「これを撮ったからには、この先これを撮った方がいいな」とか、そういう風に頭がむいていますね。

――すごく面白いですね。

佐藤:我々は特殊という意識は無かったりするんですけどね。でも海外に行くと「役割分担」についての質問がたくさん来ますから、それであらためて、「自分達って変なのかな?」って(笑)。

平瀬:下手したら、映画本編の内容についてと同じくらい3人での映画の作り方についての質問を頂きます。

関:こうした取材でも「意見が違ったり、喧嘩をすることはありませんか?」という質問を受けるのですが、そういったことは本当に無くて。むしろ、誰か一人がアイデアを出すと「それ面白い!」ってなる瞬間があるんですね。その瞬間が、3人でやっていて一番印象深いというか、尊いことだなと思っています。

佐藤:「5月」のような複数監督が成立するなと思った瞬間があって、それは研究室で、最初にカンヌ映画祭に応募しようとなった時です。その時は関と平瀬の他にも2名の同級生がいたのですが。大きな机を囲んで、2、3ヶ月の間ずっと色々なアイデアを出し合うんですね。そう言う時、周りに「面白くない」と言われる前に、自分がアイデアを出した瞬間に「これ面白くない」と分かるんですよ。研究会を行っている5人ーーこれが、そのアイデアにとっては、はじめての“社会”なわけです。最小単位とも言える社会ですが、そこにアイデアを晒した途端、皆から意見をもらう前に、自覚できるんですね、良し悪しが。

ある時、関が「披露宴での記念撮影の瞬間を同じ画角で撮る」というアイデアを出した瞬間、全員が「面白い!」となって、議論する前に、それを作ることが決まった感じでした。その時、私はこの人たちと一緒だったら、複数人でも1つの作品が作れるんだと気付いた。しかもそれが1人よりも良い。1人だと、そのアイデアが面白いかどうかずっと悩んでしまう。下手したら10年以上悩んでしまうこともある。でも、この2人にまず提示すれば、返事をもらわなくても、「面白い/面白くない」が分かる。それが一番です。本当に、出す瞬間にそれが分かるので。

平瀬:あの瞬間、不思議ですよねえ。

関:頭の中にあるアイデアを実際に出してみると全然違うんですよね。

平瀬:一人一人はもちろん全然違う人格で、3人で1つの個性といっても、誰か1人に強く寄っているわけではないんです。3人の中の誰でもない、新しい人格が生まれていると思います。そして、その分、1人では到底辿り着けないところまで、発想や思考が及ぶことも多いです。

関:もちろん3人が「これだ!」と一致するアイデアが出ることは稀で、とても大変なんですけどね。

佐藤:採用されるのは出されたアイデアの1/1000と言ったら大袈裟かもしれませんけど、それに近いくらいの確率ではあると思います。

――その中で本作の着想はどの様なことから得たのですか?

佐藤:関が大学院を卒業して、NHKに入局したタイミングで、エキストラにまつわる話をしました。それを聞いた時にクラクラっとなるくらい衝撃を受けたんですね。同じ映像体験を観客の方にもしていただきたいと思って、映画にしようと考えました。

関:入局して最初のドラマが京都での時代劇の撮影でした。助監督として毎日エキストラの方々と関わっているうちに、「朝は町人だったのに、昼は着替えて侍としてロケバスに乗る」など、一日の中で色々な役をこなしていくエキストラの生活って、よく考えたら面白いなと思いました。また、『宮松と山下』でも描いているのですが、大勢の侍が戦っているように見せたいのだけど、現場のエキストラが少ない場合、一度斬られた侍がもう一度立ち上がって別の侍として再び斬られにいく、という撮影を行っていました。そういう現場での工夫を面白く感じて、その部分を映画にしたら独特なものになるのではないかと思ったんです。さらに、映画にするらば、エキストラの撮影シーンと普段の生活を全く同じトーンで撮ることで「どちらが地の生活なのか分からない」というサスペンスが生まれるのではないかと考えたのが企画のはじまりです。

――映画作りで苦労されたこと、大変だったことを教えてください。

平瀬:編集は最後まで本当に悩みました。私たちは普段から何十パターンも編集を作るんですね。本作も同じで、何回も何回も試写して、色々な方の意見を聞いて。一度は完成したと思っても、少しでも違和感を感じたらまた議論をして、崩しては作って。

――何十パターンも作れるのは贅沢なのかなと感じたのですが、いかがでしょうか。

平瀬:もし、編集スタッフが他にいると、その方の時間と手間を私たちの納得いくまで奪い続けることになるので、体制としては贅沢なのかもしれません。でも、私たちは編集も3人でやっているので、贅沢というよりは泥臭いです。2日に1回、3日に1回は集まり、作っては話し合い、壊す、作っては話し合い、壊す、の繰り返しで。何十パターンも作ることの実態は、とても地道な作業の連続でしかありません

佐藤:今、「贅沢」という言葉を聞いて驚いたんですよね。商業映画を作ったことが本作ではじめてなので、あまり意識がなかったのですが、映画の世界だと何十回も編集に時間をかけるのは贅沢なのかもしれませんが。でも、大学の研究室にいた我々にとっては当たり前なんですよね。追求していくのが当然となってくる。「どういうモンタージュをすれば我々が目指しているものが出来るのだろう」と。研究室で行なっている感じのまま、商業映画を作ってみようというチャレンジで、だからあまり自分達では贅沢だと思わないんですよね。

関:映像の表現で緊張感や没入感を生み出したいと思っているので、特に編集作業にはこだわっています。観てもらう方の一番手前で行われる作業は、脚本でも撮影でもなく、編集です。鑑賞者に一番近いところで元々の企画が最も面白く見えるタイミングを見つけたいんです。

平瀬:一般的な映画の作り方は、物語を考えてそれをどう映像で表現するかという順番が主流なのですが、私たちはやりたい映像表現が最初にあって、それを表現するために物語を作っていきます。なので「物語が伝われば良い」ではなくて、最初に3人の中で思い描いた映像表現に到達出来ているかがゴールです。

――まさに皆さんが掲げている「新しい手法が生む新しい映像体験」ですね。音楽の使い方も印象的でした。

佐藤:音楽を手がけているのは、実は2人と同期の豊田真之という人です。先ほど話した5人のうちの1人です。豊田も最初は監督をやっていたのですが、途中から音楽に専念したいということで、今は音楽監督として参加してくれてます。

――もっと映画がこうなったら良いのにな、と思うことはありますか?今後どの様な作品作りをしていきたいかも合わせてお聞きしたいです。

佐藤:多くの映画が、言葉が主体でそこに映像をくっつけている感じがします。そうじゃなくて、映像だけでしか伝えられないことってあると思うので、そういった作品を作りたいです。言葉はもちろん人間にとってとても大切なものですが、映像の表現のひとつである映画を言葉重視で作らなくても良いんじゃないかな、と。もっと映像体験を届けたい、我々は「映像言語」と呼んでいるのですが、映像による伝達をやっていきたいなと思っています。昔の日本映画は、黒澤明でも橋本忍という脚本家でも、映像体験にすごく力を入れていました。『生きる』(1952)でも、映像でしかやれない語り方を取っています。映像でしか語れないことというのは、「5月」の目指していることです。

関:最近、(アッバス・)キアロスタミの映画を見直して、改めて思ったのですが、キアロスタミはカメラワークなどによる映像表現、音の使い方、セリフではない役者の表情や動きで、ちゃんと映画的な表現を生み出していて、物語だけで映画を作っていない。「ここは画の強さで」「このシーンは音で伝えている」など、シーンごとに核となる表現の方法を変えていて。とても豊かな鑑賞体験だと感動しました。物語はもちろん映画表現の重要な要素の一つですが、物語以外の手段でも、十分に表現できるものが映画にはあるんだなと。それが今、一番考えていることです。

平瀬:3人ともスタンリー・キューブリックの作品が好きなのですが、特に『シャイニング』は映像の力で新しい表象、具体的には「恐怖」を与えているのですごいなと思います。例えば、『2001年宇宙の旅』にしても、物語を説明するためではなく、ある表象を与えるためのカットやシーンに溢れていて、恐れ多いですけれども私たち「5月」が目指していることと通じる部分があると思います。

新しい映画を生み出すために、新しいアプローチで映画を作っていて、それは今後も続けていくつもりです。私たちは映画学校の出身では無いので、自分達にしか出来ない映画を追求していきたいです。良い意味で、映画のことが何も分かっていないのだと思います。

――気の早い話かもしれませんが、次回作もとても楽しみにしております。

佐藤:次回も、皆さんに、かつて味わったことのない映像体験を提示したいと思っています。ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです。

――今日は素敵なお話をどうもありがとうございました!

『宮松と山下』絶賛公開中

香川照之
津田寛治 尾美としのり
野波麻帆 大鶴義丹 尾上寛之 諏訪太郎 黒田大輔
中越典子

監督・脚本・編集:関友太郎 平瀬謙太朗 佐藤雅彦
企画:5月 制作プロダクション:ギークサイト 協賛:DNP大日本印刷 配給:ビターズ・エンド 製作幹事:電通
製作:『宮松と山下』製作委員会(電通/TBSテレビ/ギークピクチュアズ/ビターズ・エンド/TOPICS)

(C)2022『宮松と山下』製作委員会

情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 監督集団「5月」が何十パターンも編集を行う理由「鑑賞者に一番近いところで元々の企画が最も面白く見えるタイミングを見つけたい」