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世界的に有名なエルヴィス=KINGマニアでディーラー/コレクターの船橋羊介氏。自らが主宰するアパレルブランド706ユニオンでは50sのヴィンテージ古着をベースにしたアイテムを世に送り出してもいるが、同社のフロリダシャツは映画『エルヴィス』で主役のオースティン・バトラーが着用するなど大きな話題を呼んでいる。そんな船橋氏がこのたび、『1954-56年のエルヴィスは神がかっていた。』という書籍を上梓した。30年間に及ぶエルヴィス活動の総決算とも言える本書の読みどころについて、お話を伺うことができた。
———船橋さんはエルヴィスの「最強マニア」ということですが、コレクター/ディーラーとしては普段どのような活動をされているのでしょうか?
船橋 もともとはエルヴィスの専門ショップに勤めていたので、日本中のマニアとかファンとは全部つながっていたんですね。それから海外に買い付けに行ったり、コンベンションとかに行ったりしていろんな人と知り合ってはいたんです。でもネットがない時代だったから、当然ですが会場にいる全員と仲良くなるということはできなかった。それがFacebookとかTwitterというSNSが出てきたことで、そういう人たちとも全部つながっちゃったんです。別に特別頑張ったわけじゃないんですけど、結果的に世界中のエルヴィスマニアとつながってしまった。だからSNSに自分のコレクションの写真を上げると、「お前のコレクションやばいな」「それ売ってもらえない?」ということになるんです。あとは「日本モノでこれを探しているんだけどなんとかなんないの?」とか聞かれたりもして。そういう連絡が日々、昼夜を問わずに来るようになってしまったんですね(笑)。
———SNSでマニア同士が交流していると、自然にそういうアイテム話になるわけですね。
船橋 しかも皆さん時差なんて気にしていないから、夜中の2時とか3時でもスマホの通知音が鳴りっぱなし。それで例えば写真を添付して「これ探してんだけどなんとかなんない?」っていう連絡が来たら、その3分後には「??????」ですよ。要は「返事まだ?」っていう催促なんです(笑)。毎日そんな感じで、うるさいからすぐ返事をするしかない。で、コレクターってレアなアイテムを見たら「これはあそこに傷があるからAさんが持っていたやつだな」ということが分かるんですよ。私はそのさらに進化版で、世界中のどこの誰が何を持っているかを大体把握しているんです。だから「こういうのないかな?」って相談されたときに、「あ、Bさんが持っていたな」っていうのがすぐ分かる。自分自身が世界一の所有者だとは思っていませんし、実際にそうではないんですけど、立ち位置としてはみんなの中間にいる感じですね。誰が何を持っているかが分かっていて、金額とか条件によっては売ってもいいよというのも大体分かっている。そういうパズルを当てはめることができる唯一の人間なんですよね。
———マニア同士のハブというか、人間マッチングアプリですね(笑)。
船橋 もちろん他にもやっている人はいらっしゃるんですけど、一番有名なのは自分じゃないかな、と。当然自分自身も欲しいものはあるので、自分のものも探しながらそういうことをやっている感じです。
———日々欲しいものを探しつつ、マニア同士を仲介している。
船橋 それと、私は洋服もやっているじゃないですか? ただ、エルヴィスのマニアとヴィンテージ古着のマニアっていうのはイコールじゃないんです。でも、50年代のファッションでエルヴィスがナンバーワンだという認識は共通している。そういう中で、もともとはなんでも集めていたんですね。ジーパン、ワーク、ロカビリー、ロックンロール、ミリタリー……でも、全部やっていたら資金的にも大変だし、自分の存在意義ってエルヴィスだと思い直して。それで、「エルヴィスが着ていたものと同じものを集める」という視点で凝縮していきました。写真集なんかは穴が開くほど見ていて、「何年何月にエルヴィスは何を着ている」というのは完全に頭に入っていて。そういう中で服を作ったり、ヴィンテージの古着を発見しては「これがエルヴィスが着ていたやつだよ」なんてSNSや雑誌で発表したりする。そういうこともあって、みんなが自分に聞いてくるようになったんですね。
———それは日本人だけではなく?
船橋 面白いことに、本場のアメリカ人が「この服には何を合わせればいいの?」なんて聞いてくるんです。それで自分からも買ってもらう、そういうディーラーですね。だから今までいなかったタイプだと思いますよ。普通はディーラーっていうと、ブースを出してレコードとかコレクタブルと言われる当時のグッズを扱っているという感じじゃないですか? でも自分はそういう感じではない。オタクはオタクでいいんだけど、おしゃれなところに持っていきたいというのがあって。それでファッション方面も取り入れているので、自分しかいない特殊な存在になったんだと思います。頑張って売ってやろうということではなくて、自分も買う。そうすると持っているものがすごくなって、人からも欲しいと言われる。で、他に誰が持っているかも分かるからコーディネートもできる。多分それが私のコレクター/ディーラーという部分ですね。これは、今まで自分がやってきたことがあるからできることなのかもしれないです。
———ファッションのことで言うと、船橋さんは706ユニオンというアパレルブランドも主宰されていますよね。
船橋 最初にエルヴィスの専門店で働かせてもらって、レコードやCD、グッズ、あと貴重品なんかを売っていたんです。でもエルヴィスのファッションをすごく好きだったので、グッズだけではなくやっぱり洋服も扱いたかった。それからエルヴィス専門店だと既存のファンしか来ませんけど、ファッションということで間口を広げれば若い層も取り込んでいけるかなと思ったんです。「あ、この服かっこいいな」「へえ、エルヴィスっていう人が着ていたんだ」「エルヴィスって誰?」というようなことですよね。それが706ユニオンを始めた原動力です。だから、すごく試行錯誤はしましたけどね。作りたいのはエルヴィスの着ていた洋服だけど、全部が全部そうなってしまうと「そっくりさんショップ」になってしまう。でもあんまりハズレすぎると何をやっているんだか分からないし、そこのバランスはすごく悩みました。
———それはどういう形に落ち着いたんですか?
船橋 普段から着ることができる、おしゃれな50年代のファッション……エルヴィスを通してこれを提案したいということですね。50年代のアメリカと言っても、ロカビリーだけじゃないですから。当然ですがいろいろなカルチャーがあって、50年代にたどり着いたわけです。それにエルヴィスが生きていた1935年から1977年という42年間は、われわれがアメリカに対して持つカルチャーのイメージが凝縮されているんです。ホットロッド、モーターサイクル、デニムの成長、ミリタリー……といろいろあって、そういうものにエルヴィスもちょこちょこ絡んでいます。そういう中で、私が作りたいのはステージ衣装ではなく、エルヴィスが普段着ていたものだということです。しかもメイドインジャパンで仕立てがきっちりしている。さらに言えば、例えばエルヴィスの着ていたGジャンに傷が付いていたら、それも忠実に再現します。そういう感覚で洋服を作っているんです。
———映画の『エルヴィス』では、そんな船橋さんの作ったシャツが使われているそうですね。
船橋 2年前にワーナーブラザースのオーストラリアから大量注文が来まして、それはもちろんうれしいことなのでお受けしたんです。その後も3回くらいオーダーが来て、結果的にはほとんどのアイテムをお買い上げいただきました。それで不思議に思って「申し訳ないけど、これは何に使うんですか?」と聞いたら、「今の段階ではまだ言えないんです」ということで。まあ、返品や交換とかもない通常のお取引だったのでその後は忘れていたんですけど、映画の予告編がネットで出始めたのが今年の初めくらいでしたかね。早速見たら、「あれ? これウチのシャツじゃないかな?」って(笑)。それまで知らなかったんですけど、監督のバズ・ラーマンってオーストラリアの出身なんですね。
———ああ、それでワーナーブラザースのオーストラリアからの注文だった。
船橋 そうなんです。だからいろいろ結び付いちゃって急にドキドキしてきて(笑)。でもワーナーからは何も言ってこない。それで担当者に「今日『エルヴィス』の予告編を見たら、ウチのシャツみたいなのが使われていたんだけど?」ってメールをしたら、割とすぐに「あれそうだよ」って返事があって。「先に言ってくれよ!」という感じでしたけどね(笑)。まあでもすぐSNSに「やっちゃいました、僕!」って上げました。それで映画が公開されたらあの透け透けのシャツがすごい反響になって、メールがすごくたくさん来たんですよ。でもそこで躍起になって追いかけるのもかっこ悪いなと思って、「ごめんなさい、売り切れちゃいました」ってお返しをしているんです。
———そういったさまざまな活動が、今回の本に帰結したということですよね。
船橋 どんな方もそれぞれのスタンスがあって、いろいろ調べてエルヴィスのことを書かれていると思うんです。その中で私の場合はまず、エルヴィスの専門店という日本でも稀有な存在に14年間も携わっていたというのが大きいですね。そんな人間は私しかいませんから。そのお店ではカタログも全部自分で作りましたし、買い付けもやってイベント企画もやって商品仕入れもやって通販の対応もやって棚卸もやって……つまりは全部やっていたんです。その14年間では、普通の人だったら一生かかっても接しないであろうファンやマニア、コレクションと出会うことができました。あとは買い付けに行って現地の人間と交わって、自分自身も好きだからどんどん調べていく。それから、実際にメンフィスに移住してエルヴィスのことをやったのも大きかったですね。エルヴィス財団の社長や副社長とも常にディスカッションをしていたんですけど、「お前はアメリカ人より詳しいから、ここで講師をやれ。学校を作るから、先生になってエルヴィスがなんたるか教えてくれ」なんて言われたりもして(笑)。そういうわけで、割とリアルなエルヴィスファン、エルヴィスシーン、エルヴィスビジネスというものの移り変わりを、30年間は身を持って体験してきている。そして最終的にはSNSによって世界中のディーラーと常にやりとりをしているわけです。だから単純に年譜的な事実がどうこうということだけではなく、知識と体験、人間としてのかかわりというのがたくさんあって。だからこそ書けたのが今回の本だと思っています。
———まさに「生きた体験」が本書にはたくさんちりばめられています。そこが、いわゆる伝記とは大きく違うところでしょうね。
船橋 マニア同士では「エルヴィスはこのとき、もう勝負するって決めていたんじゃないか」とか、そういう話を常にしているんです。これは完全に大きなおせっかいですけど、エルヴィスの心境をいつも考えているわけですよ。だから私が日々エルヴィスに費やす時間というのは、誰にも負けないんじゃないかなと思っています。仕事でオン/オフを切り替える必要もなく、極端なことを言うと30年間ずっとエルヴィスのことだけを考え、エルヴィスのことだけを仕事にしてきた。しかも実体験を伴っているし、いろいろな方との交流もある。そういう中で、今回は自分が思っていることを本という形で発表できたんです。メンフィスに店を出したときの気持ちじゃないですけど、「こういう本があればいいのにな」ということで。そういうわけなので、今までのエルヴィスとは違ったものが書けたんじゃないのかなと自負しています。あとは、もっと一般の人にミーハーな感じで見てもらってもいいように、まず自分自身がミーハーであるところも見せたいと思ったということもあります。「エルヴィスでこんなに楽しめているやつがいるんだ!」というのは、ぜひ見せたいところでしたね。
———ではこれからエルヴィスを聴いてみたいという人向けに、お薦めのソフトを教えていただけますか?
船橋 まずは、今回のオースティン・バトラーとバズ・ラーマンが作ってくれた映画『エルヴィス』ですね。ちょうど私の本と同時期にDVDが出ているので、ぜひ見ていただけたらと思います。実はこれまで、私はコンプレックスがあったんです。というのは、レイ・チャールズの伝記映画は良かったし、ジェリー・リー・ルイスもクイーンも良かった。でもなぜか、エルヴィスに関してはこれまで駄作しかなかったんです。「まあ、エルヴィスがかっこ良すぎるからしょうがないな」なんて慰めていたんですけど、今回はすごいのを作ってくれました。本当に素晴らしい作品で、特にオースティン・バトラーの憑依のされ方がすごいですね。あとは洋服にしても時計にしても、細かいところのこだわりが良いですね。そしてバズ・ラーマン監督ならではのゴージャスな作り。2時間40分でエルヴィスの人生をきちんと掘り下げているのも最高です。悪口を言っているマニアは一人もいないです。ですから、これから入る人にはぜひ映画『エルヴィス』は見てほしいですね。
———エルヴィス自身の作品ではいかがですか?
船橋 やっぱりファーストアルバムの『エルヴィス・プレスリー登場』を聴いてほしいですね。これは間違いないです。それから映像でいえば、50年代のカラー映画でエルヴィスのサクセスストーリーをそのまま地で行ったような『Loving You(邦題:さまよう青春)』。エルヴィス主演映画の2作目ですが、すごくかっこいいので見てほしいですね。あとは、50年代にテレビ出演したときの映像だけを集めたビデオ『TVショウ ライヴ・コレクション』もお薦めです。一番キケンなころのエルヴィスだけが入っている映像で、これを最初に見るのもインパクトがあると思います。私もあれを見て「こんなすごい人だったのか!」となりましたから。それから、今回の本でもインタビューを掲載したアルフレッド・ワートハイマーさんの写真集『Elvis at 21』も素晴らしい。1956年のエルヴィスのかっこよさが凝縮されています。自分はエディション違いで6冊くらい持っているくらいです(笑)。あとは望月峯太郎さんのコミック『バイクメ~ン』ですね。私が最初にエルヴィスを知るきっかけとなった作品で、これも分かりやすくかっこいいのでぜひ読んでほしいですね。
———たくさんご紹介いただき、ありがとうございます。では最後に、今後の目標を聞かせていただけますか?
船橋 皆さんもそうでしょうが、コロナ禍を受けていろいろ変わったと思うんです。私の場合はこれまでは闇雲に服を作って盛り上がっていたのですが、これを機会に自分のやり方をちょっと変えたいなと思いまして。春夏秋冬で延々と作っていくのではなく、決まった形の服だけにしていくとか……。あるいはディーラー業務を考えたときにも、ただでさえモノがあふれている中で価値観の修正が必要になってきました。つまりはモノではなく、体験みたいなものを提供していくことができたらいいんじゃないのかなって。そういう意味では「エルヴィスのことなら船橋羊介」というポジションを確立して、エルヴィスを武器に自分自身の存在で活動していけたらいいなと考えています。例えば、今回の映画みたいな企画があったらもっとがっつりかかわりたかったですし、それによりもっとリアルになった部分はあると思うんです。生意気な言い方ですけどね(笑)。そういうことができていったら良いですね。そして最終的な夢としては、非営利のエルヴィスミュージアムを作りたいと考えています。これは国とか地域といった大きなバックアップが必要なことですけど、自分がプロデュースしてエルヴィスのコレクションを次代につないでいけるならばうれしいです。まあ「エルヴィスだけ」というのは極端かもしれないですけど、私のカテゴリーが非常に狭いのは昔からですから(笑)。
船橋羊介(ふなばし・ようすけ)
706ユニオン代表
50sアメリカのヴィンテージ古着をベースとしたカジュアルファッションを提案する〈706 ユニオン〉主宰。エルヴィス専⾨店の店⻑を経て、アメリカ・メンフィスに赴きエルヴィスが愛した洋品店〈ランスキーブラザーズ〉跡地にてエルヴィス専門店を運営。その際、エルヴィス財団との交流も。⽣粋のエルヴィスコレクターだが、それ以上に30年にもわたるディーラーとしての活動は世界中のエルヴィスファンから知られており、今も頼られる存在である。
タイトル: 1954-56年のエルヴィスは神がかっていた。
著者: 船橋 羊介
定価: 2,420円 (本体2,200円+税10%)
発行: 立東舎
(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)