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死んだと思った浮舟が生きている! 話を聞いた薫はさっそく僧都を訪ねます。以前から祈祷の依頼などをすることはあっても、それだけの関係だった薫と僧都。しかし先日、女一宮の病気平癒を行ったのを見て、薫はこの僧都を改めて尊敬し、そこでちょっと親しくなった程度です。
僧都は京からご立派な方がいらっしゃったと、たいそう喜んでおもてなしします。少し周りが静かになった頃、薫は僧都の身辺のことを訊ね、本題へ。
「とてもおかしな事だと思われるかも知れませんが、以前、僕が世話をしていた女性がそちらの小野のお宅でお世話になっているようなのです。それも僧都のお弟子にしていただき、尼になったとか……。まだ年若く、親も心配しております。僕の過失でこんなことになったと言う人もおりまして……」。
僧都はドキッとし、そして後悔しました。(思ったとおり普通の人ではなかった。やはり高貴な方の愛を受けた女性だったのだ!こうまで仰るからには、並々ならず愛しておられたのであろう。
僧侶の役目とはいえ、私も随分とあっさり出家させてしまったものよ……。これほどのことをすでにご存知でいらっしゃるのだ、下手に隠してもかえっておかしなことになるだろう)。
沈黙の後、覚悟を決めた僧都は浮舟を助けた夜から今までのことを詳細に語りました。
しかし僧都はお坊さん。浮舟を出家させたのは早計だったと思う一方、おいそれと恋の仲立ちをすることにも抵抗があります。
(髪を下ろし、髭をそって尼や僧になったものの中にも、まだ欲望の消えない者もあるという。まして女性の身ではどうだろう。ここでお引き合わせすれば、更に罪深いことになりはしないか)。
妙なことに関わってしまったと思いつつ、「今日明日に下山ということは難しゅうございます。改めてまたご連絡しましょう」と僧都。薫は(そんなことで大丈夫か)と思いますが、「今すぐに、是非!」というわけにもいきません。
「そうですか、では……」と引き下がりつつも、薫は奥の手を繰り出します。「この子は、彼女の弟で小君と申します。代わりにこの子を遣わしましょう。僕の名前は出さずに、ただ一筆「あなたを探しに来た人がいる」とだけお伝えくだされば」。
それでも僧都はなかなか首を縦に振りません。もう話すことは全て話したのだから、薫自身で小野の庵に行き、お好きになさればよろしい、と。あとはもう当人同士で勝手にやって欲しい僧都。そりゃそうだ。
これを聞いた薫は微笑んで「私は俗人として過ごしてきたことが不思議なくらい、信仰の厚い人間です」。自分は出家を望みながらも、世間のしがらみで勝手に出世し、今日まで来てしまったが、常に身を慎んで聖に負けぬ心を持っている。
だから、ここで昔の女と再会したと言って、尼となった彼女を無理やりどうこうするなどというのはまったくありえない、と言うのです。「ただ会って、母親の様子など伝えてあげられたら、私も気が楽ですから」。
確かに僧都の言う通り、情報は手に入れたのだから、あとは自分でカタをつけにいけばいいのに、わざわざ僧都の一筆を欲しがる薫。一見丁寧なようで、その裏には独りで訪ねていってスルーされるのが怖いという心が透けてみえるようです。匂宮ならこんなまどろっこしいことはしないでしょう。さっさと行けや!!
手紙を書いてもらうために一説ぶった内容も、今までの薫のどろどろを見ている身としては、この期に及んでよく言うよという感じ。それでも、まだ自分では聖人君子であると思いたいのかもしれません。でも、女に対してはくどきベタな一方、こういう説得は彼のキャラと実にしっくり来るので、僧都も「なるほど、それは尊いお心だ」と納得し、手紙を書くことに。
すでに日も暮れてしまいました。小野で一泊して帰京というコースもありですが、それではあまりにも唐突。結局、一旦戻ってから僧都の手紙を小君に託し、改めて浮舟のところへ行ってもらうことにします。
姉が生きているとも知らない小君は、僧都に「君も時々はここへ遊びにいらっしゃい。ご縁がないわけじゃないからね」などと言われ、なんのことやらさっぱりわからないまま、一筆啓上を預かって薫とともに帰りました。
初夏を迎えた小野では、生い茂った緑にホタルが飛び交っています。その光景に浮舟がぼんやりと昔を思い出していると、何やらたくさんの松明が山を降りて来て、次第にこちらへ近づいてきます。何事かと尼たちも軒先に出てきました。
「どなたでしょう。ずいぶん大勢のお供ですね」「昼間、僧都さまの所へに乾燥わかめを差し上げたら「ちょうど大将殿がいらしていたところだったから助かった」と仰っていましたよ」「まあ、大将殿というのは、たしか帝の女二の宮さまとご結婚なさった薫の右大将さまかしら?」。
京の事情に疎い田舎者の尼たちがこういうのを聞きながら、浮舟も(本当に薫の殿がいらしたの? そういえばお供の掛け声も、聞き覚えがあるような……)。
以前、彼が自分のもとを訪れた時の様子がまざまざと甦りますが、浮舟は(今更思いだしてもどうなるものでもないわ)と、必死に念仏を唱えることで邪念を消そうと集中します。
結局、一行は近づいたように見えたものの、そのまま小野をスルーして去っていきました。浮舟がホッとしたのもつかの間、翌日の早朝からが本番でした。
翌朝、薫は小君を呼んで言いました。「お前の亡くなった一番上の姉上のことを覚えているかい? 死んだとばかり思っていたが、姉上は実は生きていらっしゃったんだよ。
他人に知らせたくないから、お前が直々に行って確かめておいで。お母さんにもまだ知らせてはいけないよ。あまり大騒ぎすると世間の噂になる。お前のお母さんがたいそう悲しんでいるのがお気の毒で、こうしてこっそり確かめるんだから」。
小君はびっくりしたのと同時に、嬉し涙が出てきました。幼心にも浮舟のことはとてもきれいなお姉さんだと思っていて、時々は母親とともに宇治にも行き、仲良くしていました。そのため、死んでしまったのがとても悲しかったのです。それでも涙を見られるのは恥ずかしく、返事はぶっきらぼうに「は、はい」。思春期ですね~。
さて、てっきり昨夜の帰りがけに小君が小野に寄ったとばかり思っている僧都は「昨夜、薫の大将殿のお使いの男の子がそちらに行ったでしょう。事情をお聞きして、かえって早まったことをしたと後悔していますと、姫君にお伝えしてほしい。私自身でお話すべきことも多いが、今日明日は無理だから」。
事情を知らない尼君はこの手紙に混乱。「薫の大将どの? お使い? 姫君、一体これはなんのこと?」。問いただされた浮舟は無言のままに顔を赤らめます。(どうしよう! やっぱり殿が私のことをお知りになったのだわ。ああ……)。
「まあ情けない。またどうしてそんなに秘密になさるの。本当に水臭い方!」などと押し問答をしていると「僧都のお使いと申す方がいらっしゃいました」。現れたのは小綺麗に装った可愛らしい男の子、小君です。
「僧都はこのようなよそよそしいお扱いを受けるはずはない、と仰っしゃいました」。直接の取次を求める小君に、尼君は事情が飲み込めないままに自身で応対に出ます。僧都からの手紙には「入道の姫君へ 山より」。宛名はしっかりと浮舟を示しており、もう逃げられません。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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(執筆者: 相澤マイコ)