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匂宮との関係がついに薫にバレた浮舟。秘密を知る右近と侍従のふたりは、身近で起きた三角関係からの殺人事件の話まで持ち出して「どちらかに決めたほうがいい」とアドバイスしますが、彼女の本心は(どちらがいいとかじゃないから、決められない……)。すべての元凶は自分なのだから、やはり死ぬしかないのだと思いつめます。
あてつけの手紙以降、薫からはなんの音沙汰もありませんでしたが、しばらくして内舎人(うどねり)という男がやってきました。この辺一体を取り仕切っている地侍の長で、いかにも腕の立ちそうな、ゴツいおじさん。彼は恐ろしげなしゃがれ声でこう言いました。
「実は殿(薫)からお呼び出しがございましてな。何でも「この山荘の女房のもとに怪しい者が通っているとか聞く。不審者を出入りさせるとはそなたらの怠慢だ」と。
私めは病気が重くまったく存じ上げませんでしたが、こちらには警備の者を常に配備しているはずなのに、妙なことです。お仕えする皆様もどうかお振舞いには十分ご注意いただきたい。不祥事があれば厳罰に処すとのご命令です」。
右近は(ついに恐れていた事態が!)と縮みあがります。薫は宮が浮舟に近づかないよう、内舎人たちにハッパをかけ、彼を通して警告を発したわけです。
何も知らぬ乳母は「ああよかった。どうも警備が行き届いていないと思っていたんですよ。盗賊も多いと聞くのに、最近は下っ端の人ばかりが来るので不満で」。
リーダーの内舎人自ら郎党を率いてやって来たわけですから、確かにセキュリティ的には◎。しかしもしまた匂宮がこようものなら、一触即発の事態もあり得る状況になってしまいました。
この事態の合間を縫うように、宮からは催促の手紙が届きます。右近の言った流血の惨事が本当に起こりうるかも知れない。いや、血が流されなかったとしても、それは世間を揺るがす大スキャンダル。誰も彼もが不幸になってしまう……。それもこれも自分がいけないのだ。
昔から、恋の板挟みに悩んで死んだ人の話は後をたたない。生きていても辛く悲しい未来しか見えないのだし、この命の惜しいことなどない。お母様はしばらくはとても悲しまれるだろうけど、小さな弟や妹の世話でいつかは忘れてくれるはず。私がいては、恥さらしな娘よと世間の笑いものになるだけ。そうしたらお母様もどんなに傷つくか……。
死を覚悟した浮舟は、宮からの手紙を目立たぬように処分し始めます。灯火で焼いたり、川に流したり……。
事情を知らない女房は「京へ行く前に片付けをしているのだろう」としか思いませんが、侍従は「どうしてこんなことを。宮さまが心を込めてお書きになった美しいお手紙ですのに。こっそり文箱の底にしまっておいて、ふとした時に振り返ってみたらよろしいんですよ」。彼女は匂宮推しなので、フォローにも力が入ります。
「いいの。なんだか先が長くないような気がするの。もしこれが後でひと目についたりすると、あの方にも申し訳ないから」。そう、私はもうじき死ぬの。取っておいても見る機会ももうないの。でも、親に先立つのはたいへん罪深いことらしいし……。そう思うとやはり心もとなく、決心がゆらぎかけます。
薫の決めた引越し日まであと10日。この日、先に宮が抑えておいた物件が明け渡しになりました。「今夜君を迎えに行く。誰にも知られないように。俺の方は大丈夫だから信じてくれ」。
しかし内舎人ら、荒々しい侍たちが幾重にも山荘を取り巻く中、どうやって宮と落ち合えよう。宮がここへ来ることも、自分が出ていくこともおよそ不可能。浮舟の脳裏にはがっくりと肩を落として山道を引き返していく、宮の様子がありありと浮かびます。可愛そうな宮さま。浮舟は手紙を顔に押し当て、最初は静かに、次第に激しく泣くのでした。
「姫さまのご様子がおかしいのを他の女房も気づきだしています。宮さまに「一緒に行きます」とお返事なさいまし。後のことはこの右近がいかようにでもお引き受けいたします。姫さまの小さなお体なら、空からだってさらってゆけますわ」。
浮舟はしばしためらった後、ようやく「そんな風に言わないで。もし本当に私が宮さまについていきたいのならともかく、あるまじき事とだとわかっているんだもの。それなのに宮さまがこんな風にご無理をなさるのがおいたわしくて、これ以上のことになったらどうしようかと……」。
浮舟の涙は、宮に逢えない悲しみよりも、自分めがけて暴走する宮が取り返しのつかない事態に陥るのが見ていられないという感じ。ともかく、ここで浮舟はなかなか言えなかった本心を右近に表明し、宮にも返事を書きません。
手紙では埒が明かぬと、宮はついに無理を押して宇治へ。逢わない間に女房たちからあれやこれや言われ、やっぱり安心できる薫に傾いたのだろう。それももっともだと思うが、どうにも諦めきれない。ここは行動あるのみ!
さて、いつものように垣根の付近に近づくと「誰だ!!」と鋭い声が飛んできます。慌てて後ずさりし、護衛の一人を偵察に送り込みますが、尋問が非常に厳しい。以前と打って変わったセキュリティにびっくりです。
送り込まれた護衛はなんとか右近に手紙を渡すことに成功。しかし右近は(どうあっても今夜は無理です。恐れ多いことですが……)。
ここは便利屋の時方の出番。源氏の時の惟光よろしく、気の利く彼はうまいこと手はずをつけて、侍従とコンタクトをとることに成功。自分の沓(くつ)を貸してやり、長い髪と衣の裾を持つのを手伝いながら、宮の所へ案内します。
宮は野犬の吠え声と物々しい侍の様子にゾッとしつつ、田舎家の垣根の雑草の下で侍従の話を聞きました。憧れの皇子様にこんな場所で、残念なお知らせをしなければならないのは、侍従にとっても辛い作業でした。
「ひと目だけでもいい、彼女に逢えないのか」。浮舟だけを恨んでも仕方ない。でもここまで来たのに……。その間にも野犬は吠え立て、それを宮の従者が追う物音に反応し、山荘では弓弦を鳴らして「火の用心!」。
「いづくにか身をば捨てむと白雲の かからぬ山も泣く泣くぞゆく」。捨て身の思いも空しく帰路につく匂宮を見送りながら、あとに残った優雅な香りに、侍従も胸を締め付けられる思いです。
これまで数々のキャラクターが口にしてきた「死にたい」。しかし浮舟ほど具体的に自殺を計画した人はいません。死を強く望んだ主要人物はそれなりにいたのですが、積極的に自ら死のうとするヒロインは浮舟だけです。
これについては作者が「子供っぽくおっとりして頼りなげな人だが、貴族社会の様子を知る機会も少なく育ったので、こうしたちょっと穏やかでないことを思いついたのだろう」。
つまり、貴族社会では(いくら死にたくても)実際に自殺を図るというのはとんでもないこと。また仏教が浸透していた中で、何よりも来世への妨げを恐れる貴族の間では、刃傷沙汰がご法度なのと同じく、自殺は仏教で禁じられている五戒(5つのタブー)を犯すからでもあるかと思われます。
とは言え、密かに身辺整理をしたり、自殺の方法を繰り返しシミュレートする浮舟の様子は自殺者の典型的な行動そのもの。作者自身がそういった思いを強く抱いたことがあるのか、身近にそういった例があったのか、まったくの想像なのかはわかりませんが、やはり当時でも自殺した人・しようと思った人はいたんじゃないでしょうか(そう言えば、夕顔の侍女だった右近も主の死に絶望し、山から身投げしようとして惟光に全力で止められていましたね)。
死を強く望んだ人として思い出されるのが、浮舟の姉に当たる大君です。彼女は薫を愛しつつも肉体的に結ばれることを拒み、父の教えを守り通す形で死んでいきました。妹の中の君の将来を憂い、胸を病み食事を受け付けなくなっての衰弱死は、緩慢な自死と言えなくもありません。
一方、彼女にそっくりな異母妹・浮舟は、薫と匂宮のふたりを受け入れ、その関係があまりにも緊迫してしまい、収拾できなくなってしまった。自分でもよくない、いけないとは思いつつも、場当たり的に流されてしまったがゆえの自殺決意です。
かたやガチガチ、かたやゆるゆると、ふたりを足して2で割れたらちょうどよかったのに、と思わずにはいられません。とは言え、本人たちは至って純粋で真面目だからこそ痛ましい。よく似た顔のふたりにまったく別な性格を用意しつつも、両者はともに死へと向かっていく皮肉。
やっとの思いで浮舟を迎えに来た匂宮を阻む、内舎人たち侍の登場も、物語にコントラストを与えています。今はまだ貴族に従属している彼らですが、近く訪れるであろう貴族社会の崩壊、そして武家の台頭の未来を感じさせます。
貴族たちの一番いい時代はすでに過ぎ去り、その社会通念も壊れつつある中で、武力でトラブルを解決する時代がすぐそこまで来ている……。個々の物語をつぶさに追いながら、時代の移ろいも感じられる、大河ドラマの面白さです。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(執筆者: 相澤マイコ)