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誰も自分の気持ちをわかってくれない。家にも学校にも自分の居場所がない。今もこれからも楽しいことなんてあるはずがない。
現在公開中の中国映画『象は静かに座っている』は、そんな思いを抱えた四人をめぐる一日の出来事を描いた物語です。
舞台は寒々しい空気が漂う中国の田舎町。狭い集合住宅の一室で、おそらく一緒に朝を迎えたであろう一組の男女が、なぜかよそよそしい会話を交わす場面で始まります。高校に通う男子生徒ブー(ポン・ユーチャン)は怪我で仕事に行けず呑んだくれる父親と言い争い、娘夫婦と同居する近所の老人(リー・ツォンシー)は、孫娘の将来のためだからと、老人ホームへ入居するよう娘たちからせまられています。ブーと同じ学校の女子生徒リン(ワン・ユーウェン)と母親の会話はとげとげしく、今にも爆発しそうです。
友達をかばおうとして同級生に大怪我をさせてしまったブー。物語はその悲劇を皮切りに、彼らの置かれている状況をだんだんと明らかにしていきます。劇中で起きる事件とそのてんまつは、理不尽な世の中や、生活に疲れた人々の怒り、あきらめ、無関心などを容赦なくあぶり出すのです。一寸先は絶望しか見えない彼らが唯一気になるのは、遠い満州里にいるという、一日中座り続ける一頭の象。さびれてゴミだらけの町や雑踏の中を通りぬけ、孤独と不安を抱えて行くあてのない四人はどこに向かうのでしょうか。
この映画には風光明媚な田園風景や雄大な自然は出てきません。それなのに、観終わった後は「なんと美しい映画だったのだろう」としか思えない、心が揺さぶられるような鮮烈な作品です。ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞と最優秀新人監督賞スペシャル・メンションを受賞他、世界の名だたる映画祭で多くの映画人に絶賛されたこの作品は、上映時間3時間54分という長尺でありながら、最後まで観客を全く飽きさせることがありません。
監督・脚本・編集は、撮影当時29歳だったフー・ボー。自らが書いた短編を元にしたこの映画は、コーマック・マッカーシーの『すべての美しい馬』のある一文が主題だそうです。フー・ボー監督は、とてもデビュー作とは思えないこの素晴らしい作品を完成させた後、自らの意思でこの世を去りました。彼の最初で最後の作品は、紛れもなく映画史に残る傑作です。ぜひご覧ください。
『象は静かに座っている』
http://www.bitters.co.jp/elephant/
(C)Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen
【プロフィール】♪akira
翻訳ミステリー・映画ライター。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、翻訳ミステリー大賞シンジケートHP、「映画秘宝」等で執筆しています。