- 週間ランキング
鬼才ジョーダン・ピール監督の最新作『アス』が現在公開中。この公開を記念して、映画評論家の町山智浩によるスペシャルトークショーがTOHOシネマズ日比谷で行われた。アメリカで監督・キャストらにインタビューもしてきたという町山は、そのインタビュー映像も交えながら、監督の着想や意図、細かなシーンに込められた注目すべきポイントを解説した。
[写真右:ジョーダン・ピール監督]
トークショー冒頭から質問を受け付けると、観客の一人から「登場人物が主人公家族以外白人なのは何故か?」という疑問が投げかけられた。ジョーダン・ピール監督の前作『ゲット・アウト』は人種問題を取り扱った作品だったため本作でも着目されたのだろう。それに対し町山は「『ゲット・アウト』は黒人と白人の間にある亀裂を描いた作品だったが、今回はそれよりももっと亀裂が激しい“貧しい人たちと富裕層の断絶”を描いている」と返答。「なぜ主人公の黒人が白人しか友達がいないかというと、ジョーダン・ピール監督自身がそういう育ち方をしているからです」。
黒人の父と白人の母の間に生まれたジョーダン・ピールはニューヨーク市マンハッタン区にある比較的に裕福な地区アッパー・ウエスト・サイドで育った。周りの友だちは皆白人で、黒人はジョーダン・ピールだけという状況だったそうだ。しかし映画の舞台となった 1986年(ジョーダン・ピールが7歳の頃)は、道を歩くとホームレスの黒人で溢れていた。「自分ももしかするとそっち側だったかもしれない」と恐怖したことが本作の元になっているとのこと。
さらに町山は作品の時代背景について解説。「1986年はレーガン政権で、福祉への予算をどんどん切り詰めていった。逆に富裕層に対しては経済を活性化されるために減税政策をとって、金持ちはどんどん金持ちになって、貧しい人はどんどん貧しくなり格差が酷くなっていった。その傾向は2000年初頭まで続くけど、1986年はそれが始まった年なんです」。
ニューヨークは寒いのでホームレスは地下に住み着きモグラ人間(モール・ピープル)と呼ばれていた。その数は何千人にも及び、そこには子供や家族もいたという。「その頃ジョーダン・ピールは地下鉄で学校に通っていたんです。そうすると彼らに会うわけですよ。自分と同じくらいの年齢の食えない子に。自分はたまたま運がよかった。いいところに生まれた子はいい大学に行って、そのままいい会社に就職するけど、貧しい家に産まれた子はどんなに才能があってもそれなりの人生しか歩めない。『王子と乞食』というマーク・トウェインの有名な話があって、それは見た目の同じ子が一方は金持ちに生まれて、もう一方は貧しい家に生まれて、それが入れ替わるという話なんですけど、ジョーダン・ピールは本作で『王子と乞食』をやろうとしているんですよ」。
本作は主人公家族の元に自分たちの分身、つまりドッペルゲンガーが現れるというストーリー。しかし見かけは微妙に異なり、性格に至っては別人のようだ。それについて町山は以下のように答える。「ジョーダン・ピールはDNAが同じでも育ちによって全然違う人になるんだよ、ということを言いたかったんです」。
町山は例として、LUNIZ(ルーニーズ)の『I GOT 5 ON IT』がかかる車の中でのシーンを挙げる。「あそこにギャップが表現されています。あの時、アデレードがフィンガースナップをするでしょ。あれ、音とリズムが合っていないと思いませんでしたか? 実は彼女が子供の頃地下で育ったクローンであることが、音楽的な環境がまるでなくリズム感が育てられていないということから表現されているんですよ」。
[動画:フィンガースナップのシーンが確認できる本国版予告編]
黒人なら全員リズム感があるわけではない。ジョーダン・ピールはそういうところにコンプレックスがある人だと、町山は語る。「彼は白人のお母さんと二人きりで育ってきた。だから黒人的文化とか黒人的音楽、黒人的喋り方がまったくできなかった。それで黒人にいじめられたんです。それもあって一生懸命黒人の喋り方を勉強したんです」。
「ちなみに同じシーンで“子供がドラッグの歌じゃないの?”と聞いたらお父さんが“ドラッグの歌じゃないよ”と言う。でもあれはドラッグの歌なんですよ。歌詞のなかにいっぱいスラングでドラッグのことを喋っていて、例えばドゥービー。これはマリファナのことです。ドゥービー・ブラザーズはマリファナ兄弟というすばらしい兄弟のバンド名なんですが、麻薬の取り分を半分に分けようねという曲なんですね。それがお父さんには分からない。なぜかというと、彼の着ている服に“HOWARD(ハワード)”と書いてある。ハワード大学といえば黒人のおぼっちゃま学校。彼はおぼっちゃまなのでスラングが分からない、ということを意味している。そこにも育った環境によって人が作られることが描かれている」。
続いて話は劇中に登場する“ハンズ・アクロス・アメリカ”の話題に。“ハンズ・アクロス・アメリカ”とは 1986年に実際に行われた慈善イベントのことである。国内の貧困問題解消のために募金が募られた。
「ドッペルゲンガーが赤い恰好をしているのは『ハンズ・アクロス・アメリカ』のロゴが赤い人たちだからなんですよ。入れ替えられてしまった女の子が地上の世界に復讐するために、子供の頃に見たあのコマーシャルの赤い服でやろうってことでみんなに着せた。……へんてこな話ですよ。設定とかすごくおかしい。地下の人たちが何人いるかもわからないし、なんで生きていけるのかもわからないしね。科学的なサイエンスフィクションではなくて、あくまでもメタファーとして監督は作っているので、そういうことになる。赤い布とかどうやって見つけたのかとかもね。緻密に考えるべきではないのかもしれない。それよりも彼がやりたかったのは、豊かなのはたまたまであって、もし君も貧しい家に生まれていたら犯罪者になったかもしれないよ、ということなんですね」。
続けて町山は本作のメッセージについて解説する。「劇中に聖書を出したのもそうだけど、あくまでもジョーダン・ピールは貧しい人の側に立って作っている。本作は貧しい人たちをほったらかしにしている罪を罰せられるという話なんです。だけら神の裁きが下るぞというエレミヤ書11章11節が出てくる。そのあたりはすごく怖い話なんです。ただ、最後に歌がかかるじゃないですか。あれ黒人の歌手ミニー・リパートンのレ・フルールという曲。あれはアメリカでフラワームーブメントが起こった、ヒッピー時代のムードや思想を歌ったもので、花を誰もが持っているべきよ、という歌詞なんですね。花はやさしさの表現です。つまり本作で“やさしさを忘れるとこういうことになっちゃうよ”、と言いたいがためにあの曲を最後に流しているんですね」。
トークショーも終わりの時間になり、町山はこう締めくくる。「本作はこれだけ長い説明が必要な作品。だけど今言った通りのメッセージでそのまま映画作ったら誰も見に来ないですよね。“我々は貧困層を切り捨てているのではないか!”とかね(笑)。だれも見に来ないですよ! このように描くのはジョーダン・ピールの戦略なんです」
「アメリカに住んでいるんですけど、実際にああいう人たちがドアを叩いたりすることがある。子供が道端にいたりするわけですよ。その時にどう対応するかって話ですよね。お金を分けたりするのは基本ですけど、もし入ってこようとしたら、自分たちの生活を守るために彼らを拒否するだろう。誰でもそうすると思います。だから誰でもモンスターなんです。恐るべきは“アス(わたしたち)”なんです」
『アス』
9/6(金)TOHOシネマズ 日比谷他、全国公開中
ユニバーサル映画 配給:東宝東和
(C)2018 UNIVERSAL STUDIOS
(C)Universal Pictures