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今回は『日本科学未来館科学コミュニケーションブログ』より科学コミュニケーター 伊達 雄亮さんの記事からご寄稿いただきました。
こんにちは!科学コミュニケーターの伊達です。未来館に来る前は、メーカーでおむつの研究開発をしていました。ここからは、おむつマイスター伊達としてこのブログをお届けします。
先日、おむつをうっかり洗濯機で洗ってしまっても、塩を入れれば吸水ポリマー(以下、ポリマー)が溶けるので下水に流すことができる、と書かれたものをネットで目にしました。
洗濯機の中がポリマーだらけ…という経験は、子育てや介護をされた方は、一度はあるのではないでしょうか。
洗濯槽にこびりついた細かいポリマーを一つ一つ取り除く…気が滅入ると思います。塩を入れて流せば良いのならば、簡単にできます。
ですが、残念ながら、この方法は排水溝を詰まらせてしまう危険があり、お勧めできません。マンションのような集合住宅であれば、洗濯機からの排水溝が詰まると床に水があふれ出し、下の階にまで被害が及ぶおそれがあります。
面倒ですが、地道にポリマーを取り除くことがおむつメーカーの推奨する方法です。
おむつメーカー、花王株式会社が勧める対処方法を下に記します。もし、おむつを洗濯してしまった場合、参考にしてください。(参考:花王株式会社HP *1 )
*1:「Q、「メリーズ」の紙おむつをうっかり洗濯してしまったけど、衣類や洗濯機の回復方法は?」『花王株式会社』
https://www.kao.com/jp/qa/mrs_omutsuall_07.html
くず取りネットにたまったものをとり除き、洗濯槽の中は、ティッシュぺーパーなどでよく拭き取ってください。一度で取りきれない場合は、もう一度水をためてすすいでください。
おむつを洗濯してしまった後は、洗濯槽のなかに紙のようなものやゼリー状のものがこびりついてしまっています。ゼリー状のものがおむつの尿を吸収する部分に含まれているポリマーです。これらは直接肌に触れても心配はいりません。
塩を入れればすむのであれば、本当に楽なのですが、ここから先は、なぜこの方法が危険なのか、について簡単な実験を交えて紹介したいと思います。
●実験で用意するもの
・おむつ1枚 (今回は、子供用パンツタイプ、Lサイズを使用)
・500mlビーカー (500ml程度液体が入る容器で代用可能)
・色水:水道水に青色の食紅をまぜたもの
・塩
●実験手順と結果
(1) 空のビーカーに、おむつ1枚をバラバラにしてから投入。
※ ポリマーの様子を見やすくするため、ポリマーを含む吸収に関わる部分のみを入れています
(2) 色水400mLを加えて、1分間かき混ぜる。(うっかりおむつを洗濯してしまった状態を想定)
⇒ポリマーが色水を吸収して膨らんでいます (上図 a)。ゼリーのような状態になっており逆さにしても色水はもれません (上図 b)。
(3)-1 (2)のビーカーに、塩20gを加えてかき混ぜる (洗濯槽に塩をいれた状態を想定)。
⇒しばらくかき混ぜると、色水がふたたび出てきました。
※後で詳しい原理を説明しますが、塩の濃度が高くなったためにポリマーの吸収量が減り、体積が減っています。
(3)-2 ポリマーは溶けたのでしょうか?ビーカーの中身をろ過。
⇒加えた色水の半分、約200mLがあふれ出ています。右側のビーカーには、ポリマーを含む吸収部分が残っています。ポリマーは溶けてはいません。小さくなっただけなのです。
(4) (3)のビーカーに残ったものを取り出し、あふれ出た200mL分の色水を加える (排水溝に流れた時の状態を想定)。
⇒ポリマーが(1)と同じ程度の大きさまで膨らんでいます。同じ現象が排水溝の中でおきていると…詰まりの原因になることは想像に難くありません。
※排水溝に流すときに水道水によって塩の濃度が薄まり、同様の現象が起きると考えられます。
おまけ (2)-(4)のポリマーの大きさを比較。
⇒塩を加えた後のポリマー ((3))は、加える前 ((2))に比べて小さくなっている様子が分かります。さらに色水を加えたポリマー ((4))は再び膨らんでいます。
●実験結果の考察
以上の実験から考えられる事は、
・おむつを洗濯した後に塩を加えると、ポリマーのサイズが小さくなる。その結果、(洗濯槽の網目よりもポリマーが細かくなれば) 排水溝に流すことができるかもしれない。
・しかし排水溝の中で再度ポリマーが膨らみ、排水溝の詰まりの原因になるリスクがある、ということです。
それではなぜ、ポリマーは塩を加えることで吸収量が変わるのでしょうか?
ここからはポリマーの吸収原理を元に説明していきます。
おむつで使われるほとんどの吸収ポリマーの主成分はポリアクリル酸ナトリウムです。水を吸収する前は、小さな枝がたくさんある長い紐状の分子が絡まり合った状態をとり (下図 (1))、大きさは米粒の10分の1程度 (約0.5mm)です。これが水を吸収すると、紐の絡まりがほどけて小枝のカルボキシル基 (-COOH-)に水 (H2O)をトラップして保持します (下図 (2))。今回行った実験では、乾燥前の大きさの約4-6倍 (2-3mm)に膨らみました。直径で4倍ならば、体積では64倍にもなります。ポリマーによっては、真水であれば自重の約1000倍も吸うものもあります。
しかし塩 (NaCl)を加えると、トラップしていた水の一部がナトリウムイオン (Na+)に置き換わります。トラップしきれなくなった水が、ポリマーから放出された結果、水が外にでてきます (下図 (3))。このようなメカニズムで、ポリマーの吸収量が変化して、体積が変わっていたのです。
それでは最後に、下水に流せるおむつはあるのでしょうか?
現時点では、そのような商品は販売されていません。しかし、同じ吸収性物品であるパンティライナーでは、トイレに流せるタイプが売られていました(現在は販売されていないようです)。
こちらの、ソフィKiyora「流せるタイプ」です。
「ニュースリリース」2013年1月10日『ユニ・チャーム』
http://www.unicharm.co.jp/company/news/2013/1192119_3938.html
パンティライナーは、おむつと異なり吸収対象が尿ではなく粘性の高いおりものであることや、吸収量も数ccと限られていますし、ポリマーも含まれていません。この製品での技術をそのままおむつに応用することはできませんし、下水道への負荷の問題などのクリアすべき課題もあります。ですが、技術の進歩によりこれが可能になる未来が来るかもしれません。
そんなおむつができるまでは、おむつを洗濯してしまったら地道にポリマーを取り除きましょう。
【参考】
・三洋化成ニュース 2013 秋 No.480
https://www.sanyo-chemical.co.jp/pr/pdf/pk105.pdf
執筆: この記事は「日本科学未来館科学コミュニケーションブログ』より科学コミュニケーター 伊達 雄亮さんの記事からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年5月18日時点のものです。