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山寺で急逝した八の宮。父の亡骸との対面も叶わぬまま別れることになった大君と中の君の姉妹は、訃報を聞いた直後はショックのあまり涙も出ず、その後も明けない夜に閉ざされたかのような日々を送ります。
秋が深まるにつれ、次第に寂しくなっていく野山の様子、時折降る時雨。木の葉の舞い散る音も瀧の響きも、まるで全てが悲しみと渾然一体となったかのようです。女房たちも、ふたりが悲しみのあまりどうにかなってしまいそうで気が気ではありません。
急な不幸により、宇治で紅葉狩りをする計画も立ち消えに。匂宮も残念に思いながら、何度も弔問のお便りを寄せます。しかし、とても宮からの手紙など見る気になれず、ましてや返事を書く気も起こらないので、放置されたまま。
宮の死去から一か月ほどが経ち、忌中が明けても返事は来ません。あまりにスルーが続くので、匂宮は焦れて(薫にはこんな態度は取らないだろうに。別に浮いた内容を書いて送ったわけじゃない。いくら悲しいとはいえ限度がある)と感じてこう書きます。
「牡鹿鳴く秋の山里いかならむ 小萩が露のかかる夕暮」。いかがお過ごしですか。もののあわれを誘う秋空の頃、いつまでも素知らぬふりをなさるのはあまりにひどいじゃないか、と恨み節をぶつけます。
女房たちは宮の不興ももっともだと、いつも通り中の君をせっついて返事をかかせようとします。が、「やっぱり書けない。だんだん体を起こしていられるようにはなったけど、そうなると時とともに悲しみが変わっていくのが我ながら疎ましく、情けなくて……」。
永遠に真っ暗な時間が続くかのように思われても、日が経つにつれ、その気持ちが薄れてきている実感がある自分が嫌だ。最初のショックが徐々に薄れていくからこそ生きてもいけるのですが、それもまた悲しいと思うのが人間ですね……。
宮のお使いが返事をもらいに来ました。まだ書けていないので今夜はこちらに泊まるように言うと「いえ、それなら一度京に戻ります」。手ぶらで返してまた来てもらうのも気の毒なので、見かねた大君が筆を取ります。
「涙のみ霧ふたがれる山里は 籬(まがき)に鹿ぞ諸声に鳴く」。涙の霧に塞がれている山里で、私達姉妹も鹿と声を合わせて泣いています、と、さっと書いて渡しました。
お使いは雨の中、不気味な夜の山道を大急ぎで帰ります。びしょ濡れになって帰ってきたお使いに、宮はよくやったとご褒美を取らせます。お疲れ様でした!
ところが、手紙を開いてみるとなんだかいつもと筆跡が違う……。いつもの手紙もきれいな字ですが、今回はもうちょっと大人っぽく、雰囲気があるような。
(これはどちらの姫が書いたんだろう?)と宮は不思議に思い、見入ってなかなか寝ようともしないので、もう眠くなってきたお側の女房らは(遅くまで起きていらしたと思ったら……)(今度はじっと凝視なさって、一体どれほどご執心なのやら)とぶつぶつ言っています。はよ寝ろ!
宮は朝一番で更にレスを返しましたが、ふたりは「風流ぶってあまり親しくするのもよくないかも。今まではお父様が居てくださったからこそ、こういったやり取りも安心してできた。でもこれからもし、こういった関わりから不祥事が起こるようなことになったら、最後の最後までご心配をおかけしたお父様の御霊を傷つけることになる」と思い、これには返事を差し控えます。
とはいえ、ふたりは匂宮を「ただ興味本位でいいよってくる男ども」と一緒だとは思っていません。宮の筆跡は、なんでもない走り書きであっても華やかで美しく、たしなみ深い様子が感じられたからです。
しかし、京で人々の関心を一心に集める皇子さまからのきらびやかな手紙と思う故に(私達はこんなご立派な方とやり取りできるような人間じゃないわ。こんな山奥から出す手紙なんて、きっととても場違いで古臭くておかしいだろう。やっぱりこの山里で、ひっそりとしている方がいい)。
父がいた頃ならなんでもなく書けた返事も、今となってはいろいろ気が引けるのでした。
匂宮を警戒する一方、姉妹に対して唯一親身だった薫とのやりとりは今まで通り続いていました。彼は忌中が明けて改めてお見舞いに来ます。
悲しみに閉ざされた山荘に、薫の姿はまばゆいばかり。質素な喪服姿の大君は恥ずかしくなってしまい、よくよく返事もできません。弁の君に仲立ちを頼みます。
薫は「どうか亡くなられた宮さまがいらした時と同じようにお接しください、風流人ではありませんので、人づてに何を言っていいか……」と直接の会話を望みます。薫の様子は優しく誠実そうで、下品でいやらしい感じはまったくありません。
お葬式前後は動揺して何もわからなかった大君も、今は少し気持ちも落ちついてきたこともあり、冷静になって生前の父が薫の来訪をどれほど楽しみにしていたかを思い出します。
(この方は今もこうして、誠意から何くれとなく心遣いをして下さる)と思うとありがたいものの、身内でもない彼をどこか当てにしていた部分も思い返され、薫の言葉に一言二言返事をするのがやっと。几帳の向こうに透いて見える彼女の姿はいかにも痛々しげです。
薫はその姿にキュンとなりながら、心からのお悔やみと同情を伝えますが、大君は言葉少なに奥へと引っ込んでしまいました。不器用なふたりのギクシャクした対面はこれで終了。もっとお話したかったのに……。
引き止めていいような時でもないので、薫は仕方なく弁の君と雑談。大君とは月とスッポンの選手交代ですが、自分の秘密を知るこの老女に薫は優しく接します。
「僕は源氏の父とは早くに死に別れたので、最初から世の中はこんなふうに悲しいものだと思っているし、この世の栄華も栄達もなんとも思わない。
このたび、八の宮様が急に亡くなられたことでますます世の無常が思い知らされた。最期まで姫君たちの心配をなさっていたお心を汲んで、お約束したとおり、懸想めいた意味でなくお世話をしたいと思うよ。
それにしても、あなたから思いがけない事を打ち明けられてから、僕はますますこの世に跡を残そうなんて気はなくしてしまったんだ……」。
涙ながらにこういう薫を見て、弁は号泣して言葉も継げません。薫のその様子が亡き柏木によく似ているように思われて、一層胸が詰まります。
弁は薫の秘密を誰にも口外していませんでしたが、薫は(老人の問わず語りはよくあることだ。誰彼なく話したりはしないだろうけど、主人であるこちらの姉妹はご存知かもしれない)と勘ぐり、(そういう意味でも疎遠にはなれない)などと思ったりします。万が一秘密を知ったなら、身内になってもらう他はないと思うからです。
書き手はこれを姉妹の側をうろつく口実だとしていますが、好き心ではないと思いつつ、やはり清い気持ちでばかりもいられないという、微妙な男心を感じさせます。
八の宮と一晩中話しこむのが当たり前だった薫ですが、今となっては泊まる理由もなく、帰り支度をはじめます。
(あの時「これが最後かもしれない」などと仰っていたことが現実になってしまうとは……。あれから大した時間も経っていないのに、もう宮はいらっしゃらない。取り残されたお二人はどれほど辛いだろう)。
秋空に雁の鳴く音も「この世は仮の世」と言っているように聞こえ、薫は厭世観をつのらせながら帰路につきました。
薫は匂宮に宇治の姫たちの話をします。何かにつけて彼女らの話が話題に上るので、好色な宮はますます興味をそそられ「交際を阻止する父親もいないことだし、遠慮なく」と、熱心に手紙を出すようになりました。しかし宇治では相変わらず、返事を書きづらく思うだけです。
「それにしてもあっという間に月日は経っていくものね……。お父様のご寿命がこんなに短いとも思わず、世の無常というものを漠然と感じてきたけれど、まさかお父様に先立たれて自分が生きていられるなんて思わなかった」。
「今までだって、なんの心配もないとは言えない人生だったけど、本当にお父様がいてくださったからこそ安心して生きてこられたのだわ。今となっては荒々しく風が吹いても、普段見かけない人が訪ねてきて道案内を乞うても、なんだかドキドキして怖い」。
姉妹は互いに不安を語りながら、父に先立たれた心細さを慰めあって過ごします。父がいた頃はどんなことでも、基本的にはその教えに従っていればよかった。しかしその父を失ったこれからは、自分たちでいろいろなことに対処していかねばなりません。世間知らずなふたりに、すでに新しい年が迫りつつありました。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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