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薫が出生の秘密を知ってから約半年後、23歳の春。匂宮は初瀬参り(奈良の長谷寺。玉鬘も参詣)の帰りに、宇治に一泊することになりました。というのも、宮は薫から聞いた美しい姉妹の姫に興味津々。「慣れない旅の疲れ」を口実に、ちょっと寄ってみようということになったのです。
泊まるのはかつて源氏の持ち物で、今は息子の夕霧が所有している邸。八の宮の別荘からは目と鼻の先の対岸にあります。本来なら夕霧がお迎えするところですが、あいにく今日は物忌で外出できないので、弟の薫が名代としてやってきました。
ちょっとチャラい性格の宮は、四角四面で堅苦しい夕霧がどうも苦手なので、薫が来てくれてこれ幸いと大喜び。小さい頃は夕霧に抱っこをせがんだりもしていた宮ですが、今や煙たいオジサンといったところでしょうか。
軽い性格とはいえ、源氏と紫の上に愛され、両親の帝と中宮にも可愛がられる匂宮は、源氏の末裔にとっては主君たるべき存在です。今日も夕霧の息子たちはじめ、お偉いさんたちがびっしりとお仕えし、貴人たちは宇治川のほとりで春の一日を楽しみます。
風雅な管弦の調べが八の宮の山荘にも聞こえてきました。京ではこんな楽しい音楽の夕べがたくさんあったものだ、それも遠い思い出になってしまったけれど………と、八の宮は笛の音に耳を傾けます。
「かの源氏の君の笛の音は愛嬌のある美しい音色だったが、この笛の音は不思議と、頭の中将の一族の音色に似ているな。クリアだが重厚感のある音だ」。
源氏の末裔ばかりが集っているので、音色も源氏に似ているのが自然ですが、実は笛を吹いているのは薫。頭の中将-柏木-薫と受け継がれた特徴を聞き分けた、八の宮の聴力はさすがです。
京の華やかな生活と縁がなくなり、世捨て人同然となって幾星霜。不甲斐ないこの人生と思うにつけても、切ないのはふたりの娘のことです。
親の目からみても、こんな山奥に置いておくにはもったいない。せっかくなら信頼のおける薫を婿としたいところですが、彼は俗世のことに関心がない、仏道一心のかわった貴公子。とはいえ近頃の、なんにも考えてないような男に娘をやるわけにはいかないし……。
悶々とそんなことを考えていると、薫から「近くにいるのにお会いできなくて残念です」と手紙が来ました。ちょうど彼のことを考えていた矢先、宮は「よろしければぜひこちらにも」と返信します。
薫は音楽の好きな貴公子たちとともに舟で八の宮の山荘へ向かいました。いつもは簡素で寂れた山荘ですが、今日は大勢のお客さんが見えるとあって、八の宮も大盤振る舞いで応えます。
山里風のしつらえに土地のものをふんだんに用意し、京とは違った趣を演出。今回はホスト側も増員して、遠く皇族の血を引くような、素性卑しからぬ人びとが給仕などのお手伝いをします。突然現れた謎の応援部隊、何かのときには八の宮に協力しようと前々から決めていたらしいのですが、できれば普段から居てほしいと思うのは私だけ?
ともあれ、応対に不手際もなく、このおもてなしに京びとたちが痛く感動したのは言うまでもありません。噂に名高い八の宮の演奏にも聞き入り、たいそう素晴らしいと絶賛します。
こうして薫たちは楽しく盛り上がっているのに、匂宮はお留守番です。もちろん行きたいのですが、皇子という身分柄、こういうお誘いにホイホイ出かけられません。祖父の源氏の若い頃は、皇子とはいえ臣籍降下していたのでもうちょっと行動の自由がありましたが、正真正銘の親王である宮は何かと制限が多いのです。
蚊帳の外になって残念でたまらない匂宮は(せっかくだから手紙くらい出そう)と、美しい桜の枝を折って、お使いの美少年にもたせて贈りました。
「山桜匂うあたりに尋ね来て 同じかざしを折りにけるかな」。美しい姫君がいらっしゃると聞いて、血縁である私からも親愛のメッセージを……というようなところでしょうか。何かと血縁アピールの好きな宮です。
姉妹は返事に困ってしまいます。「どうお返事したらいいの? お姉さまがなさって」「いいえ、あなたが……」と譲り合っていると、年取った女房が「こんなお返事はもったいぶるとかえってよくありませんから」とせっつくので、妹の中の君が返事を書きました。
「かざし折る花の便りに山賤の 垣根を過ぎぬ春の旅人」。桜の花を折っただけで、ここを通り過ぎるだけの旅の方ですわね、と書かれた文字は、たいそう優雅で綺麗です。
これはなかなかいいじゃないか! と宮が手応えを感じたところで、京から続々とお迎えが参上し、一行はにぎやかに帰っていきました。
帰京後、匂宮からは薫を介さずにダイレクトに手紙が来るようになりました。
八の宮は「こんなところに珍しい姫がいると聞いて声をかけずにいられないのだろう。まともな恋文として受け止めるとかえって好き心を煽ってしまうだろうから、社交辞令と思ってさり気なく」。
もとより慎重な性格の姉・大君はこういった恋のゲームには興味がありません。結局、宮への返事は中の君が担当することになりました。
大君25歳、中の君23歳(薫と同い年)。当時で言えばとっくに結婚していていい年頃ですが、宇治の山中で僧侶のように暮らす父のもとで育った姉妹は、恋文のやり取りもこれが初めてのこと。世間知らずなまま、日に日に美しくなっていく娘たちを見ても、八の宮は将来が気がかりでなりません。
「これが大したことのない器量だったら、残念な気持ちも少なかっただろうに。薫の君ほど理想的ではなくても、そこそこ、世間体も悪くないような相手がいればいいのだが……。姉妹のどちらかが結婚すれば、もうひとりはその縁を頼っていくこともできよう」。
しかし、実際はそこまで真剣に想ってくれるような人はなく、声をかけてくるのは、噂を聞いて軽い気持ちで口説いてくるような男ばかり。落ちぶれた宮家の姫よと侮辱されているようでくやしく、そういう相手はもちろんスルー対応を通しているのですが……。
繰り返し繰り返し娘たちの今後を案じる八の宮。それもそのはず、彼は厄年にあたり、何かにつけて身を慎まなければならない年なのでした。普段よりも一層、勤行に力を入れつつも、八の宮は不安を払拭することができません。それは彼の気づかぬところで起こりつつある、変調の兆しのようでもありました。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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