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薫と匂宮、二人の貴公子が世を騒がせる光源氏亡き後の世界。いわゆる宇治十帖の中で彼らの物語が本格化する前に、かつて源氏の周辺を賑わせた「あの人は今」的なエピソードがまとめられています。が、ここが案外長い。特に目立ったヤマがあるわけでもなく、世間話のようにダラダラっと流れます。漫画『あさきゆめみし』でもこのあたりはだいぶカットされています。
前後の話と内容のズレなどもあり、“別の作者が書いたのでは説”もある部分ですが、真相はわかりません。さほど重要ではないので、急いでいる人は読まなくてもいいけど、読みたい人は読んでおくといいかもしれない寄り道エピソード集みたいな感じでしょうか。全体が外伝とも言える宇治十帖のなかでも、特にスピンオフ感の強い部分です。
ともあれ、宇治十帖も含めた全54帖が源氏物語、として広く認知されていますので、物語の脇役たちのその後を追っていきましょう。
源氏と生涯のライバルであった頭の中将もすでに亡くなり、現在は次男の紅梅が後を継いでいました。本来なら長男の柏木が跡取りになるべきでしたが、若くして兄が亡くなったことにより、弟の運命も大きく変わりました。
紅梅も現在は大納言。夕霧はすでに右大臣なのでやや先を越された感はありますが、名門貴族として順調なコースに乗り、帝の信頼も厚く、何不自由なく暮らしていました。
彼は妻との間にふたりの娘をもうけましたが、のちに妻は他界。後妻に迎えたのはなんと真木柱です。父の髭黒が玉鬘に夢中になり、精神的に病んだ母とともに祖父母の実家で暮らしたあの少女です。
玉鬘のもとに行ききりで帰ってこない父に、なんとかお別れを言いたいと願うも叶わず、女の子だから母方にいなければならないと言われ、弟たちとも引き離された辛い青春時代。祖父母のすすめで結婚した蛍宮との夫婦仲も(祖母が余計なことを言ったせいもあり)決して良いものとは言えず、薄幸な人生を送ってきました。
それでも女の子が生まれ、これで夫婦仲も回復するかと思われた矢先、蛍宮は他界。真木柱は若くして未亡人となったのです。
その真木柱のところへいつしか紅梅が通うようになり、ふたりは再婚。紅梅は最初の妻との娘ふたり、真木柱は宮との間にもうけた娘(宮の御方)を連れての子連れ再婚となりました。男の子がいなかったので、ふたりして男の子が欲しいと願っていたところ、念願かなって男児誕生。夫婦はどちらの子も分け隔てなくかわいがって大切にしていました。
今は紅梅のもとでの同居生活ですが、たまには夫の連れ子の女房たちと自分の女房たちが衝突することも。しかし真木柱はことを荒立てることなくうまくとりなし、上手にまとめていました。おかげで家庭円満、みっともない噂が広がることもまったくありません。
「艱難汝を玉にす」と言いますが、まさに辛い経験が彼女を成長させたのでしょう。彼女の祖母(以前の式部卿宮の正妻)は夫の愛人の子である紫の上のことや、源氏のこと、玉鬘のことをあることないこと言いふらす、誹謗中傷の炎上発言でおなじみのとんでもババアだったことを思うと、この孫娘の成長ぶりは見事としか言いようがありません。持ち前の忍耐強さと聡明さで、今は幸せを掴んだ真木柱でした。
さて、紅梅の先妻の長女、次女、そして真木柱の連れ子の宮の御方はそれぞれお年頃。長女は可愛らしく華やかで、次女は上品で澄んだ美貌の姫です。良家の美しい姫には次々に縁談も舞い込んで、帝や皇太子からも宮仕えのすすめがありますが、紅梅は悩みます。
「帝にはすでに中宮さま(明石の中宮・ちい姫)がいらっしゃる。今更、あの方に及ぶものなどないだろう。すでに皇太子妃には夕霧の長女がいてご寵愛も深いそうだが、自慢の娘の将来を諦めてはならない」と、自分の長女も皇太子妃として宮中に上らせることを決意。
「我が一族(藤原氏)から中宮を出せなかったことを亡き父上(頭の中将)も悔やんでいらした。どうかこの無念を晴らせるようにしたいものだ」と紅梅は氏神の春日の神に祈り、ついに長女を送り出します。
跡取り息子の紅梅としては、秋好中宮、明石中宮と、源氏に2度も中宮の座を奪われたまま亡くなった父の悲願を果たさなければなりません。幸いなことに、長女は皇太子に気に入られ、寵愛されるようになりました。
真木柱は後宮ぐらしが落ち着くまで、この長女に付き添って宮中入りし、何くれとなくバックアップをしています。紫の上がちい姫に付き添ったのと同じように、真木柱も自分の子ではないこの娘を大切に思っていました。
姉がいなくなってしまい、残された次女は非常に寂しい思いをしていました。姉妹は血のつながらない宮の御方とも仲がよく、一緒に遊んだりお稽古したり、夜も同じ部屋で寝たりしていた仲です。そして今はいよいよ親密に、慰めあって過ごしています。
この宮の御方はちょっと変わった性格で、とても人見知り。なんと実の母の真木柱にもろくに顔を見せないという恥ずかしがり屋さんです。でも性格がうじうじしているわけではなく、むしろ愛嬌のある楽しい人でした。明るい引きこもりとでも言うのでしょうか。この時代、ある程度の年齢になれば男の家族に顔を見せないのは普通ですが、実母にも会わないというのはかなり不思議です。
羽振りのいい紅梅の娘たちに比べ、こちらは父もなく肩身の狭いをしているのかと思いきや、真木柱には祖父母の遺産がかなりあり、おかげで宮家の姫として何不自由のない暮らしをさせられるだけの財力があったのもいいことでした。困った人たちでしたが、財産を残してくれてありがとう!!
さて、次女も普通の男と結婚させるには惜しい器量。紅梅はできれば匂宮がもらってくれればと思い、自分の一人息子が宮になついているのをいいことに、パイプ役を務めさせていました。
「匂宮さまが「弟と仲良くなって終わりなんて嫌だぜ」って……」と息子が言うので、なるほどこれは脈アリかと、紅梅はニヤニヤ。しのぎを削る宮仕えよりは、匂宮の妻にして精一杯婿殿を歓待するぞ!!と、夢が広がります。
その一方で、自分の娘のことばかり考えているわけではないよ! というアピールも含めて「宮の御方の将来はどうしたいか決めて欲しい。うちの娘たちと同じように協力するよ」と真木柱に言います。
でも妻は「あの子はとても変わっていて、人並みの結婚は考えられそうにありませんわ。そうなればかえってかわいそうなことになるでしょう。運を天に任せ、私が生きている間は一緒に暮らします。その先は出家するという選択もありますが、たとえそうなったとしても、みっともない噂の的になることだけは避けて欲しい」と涙ながらに言い、夫の好意に感謝しました。
一見、よい継父を演じている紅梅ですが、そこには母親にすら顔を見せたがらない宮の御方への好奇心が隠れています。「どうにかしてお顔が見たい。ちっとも打ち解けてくれないのが恨めしい」と思っては、彼女の部屋のあたりをウロウロ。ちょうど、真木柱は長女について宮中に行っていて留守です。
「お母様が不在の間は私が代わりに伺いますからね。どうかよそよそしくしないでください。寂しいことです」と言って居座るので、宮の御方は困惑しつつかすかに返事をします。その声や身じろぎの様子などは本当に上品で、優雅な容姿を想像させるのにあまりあるものです。
ふたりの娘を誰にも負けない美人だと自負している紅梅ですが(この方にはやはりかなわないのだろうか? ああ、宮中はやはり恐ろしいところよ。こんな調子で、私が世界一だと思っている我が娘以上の美人がゴロゴロいるのだろうからな)。身内以外の女性の顔を見ることが稀だった時代は、どこの家でも「うちの娘が一番!」と思っていたのかもしれませんね。
風流人だった蛍宮の血を引く宮の御方は、音楽の才能にも秀でていました。その腕前は紅梅のふたりの娘も彼女を師と仰いでいたほどです。紅梅はそれにかこつけて
「ここしばらくなんとなくゴタゴタしていて、お琴の音すら聞かせていただく暇がありませんでしたね。次女は琵琶を頑張っているようですが、中途半端は聞き苦しい。どうせなら念入りに教えてやってください」。
更に源氏の六条院での音楽会のことなどを回想し、宮の御方の音色がいかにかつての名人にひけをとらないかを褒め称えた上で、ちょっとセッションしようと持ちかけ、女房たちに楽器を持ってくるように言いつけます。
普通、この家の主である紅梅に対して隠れようとする女房はあまりいないのですが、御方に仕える身分の高い女房たちは引っ込んで出てきません。(ええい、女房たちまで!!)と、紅梅はじれじれ。連れ子の娘にただの親心だけではすまない下心をもつのは、かつての源氏を思い出させますが、紅梅よ、お前もか。
なんとか宮の御方との接点を持とうと頑張っていると、息子が来て「これから宮中に宿直いたします」。夫婦待望のこの男の子は頭もよくて可愛いと、宮中でも非常に可愛がられています。
「おおそうか。では母上にこれこれと伝えてくれ。私は今日は気分が悪いので失礼するよ。行く前に少し笛を練習していきなさい。御前で急に合奏なんてことになったら、みっともないからね」。
息子は素直に笛を吹き始めます。紅梅は「うんうん、まあまあだね。これもこちらのお姉さま(宮の御方)と一緒に演奏すれば磨かれるだろう。さあどうかお琴を合わせてください」と、息子をダシに彼女へ演奏を迫ります。
御方は断り切れもせず、ほんの少しかき鳴らす程度に伴奏。紅梅自身も口笛で音頭を取りながらご機嫌です。ふと見れば庭の梅の木が素晴らしい香りを放って、見事に咲いています。
「そうだ、この梅の枝を匂宮に差し上げよ。今は宮中にいらっしゃるそうだから。風流の分かる人にはわかるだろう」。時間に遅れてはならないと、急いで梅の枝を折らせて手紙を書きます。
そんな紅梅の胸に去来するのは、息子くらいの年に光源氏と親しく過ごしたことでした。紅梅は歌が特に上手で、幼い頃から美声を披露しては褒められていたものです。
(匂宮も薫の君も世間の人は高く評価しているようだし、素晴らしい若者だと思うが、やはり源氏の君と比べると物の数には入らないと思うのも、あの人がふたりといない特別なお方だからだろうか。
自分でさえこんな風に思い出しては切ないのだから、ましてやご家族でご存命の方々はどれほど悲しい思いをされているだろう……。)せっかく盛り上がった気持ちもどこへやら、紅梅は急にシュンとしてしまいます。
「今更こんなことを言っても仕方ない。やはりその忘れ形見といえば匂宮だ。源氏の君を悼む心の慰めに、せめてこの宮との縁組を期待したい」。紅梅は息子に梅の枝と手紙をもたせ、宮中へ送り込みます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか