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立ち込めた霧を理由に女二の宮(落葉の宮)に迫ったものの、結局なにもないまま朝帰りとなった夕霧。奥さんの雲居雁が目くじらを立てるだろうと思うと、そのまま自宅の三条邸に戻るわけにもいかず、実家の六条院の夏の御殿に立ち寄ります。
こちらの女房たちも朝帰り姿に「どこからのお帰りでしょう。珍しいわね」とヒソヒソ。夕霧は朝露でびしょ濡れになった衣を着替えて少し休憩し、おかゆなどを食べました。
こうしていても心は彼女のことばかり。今はどうしているのだろうかと早速手紙を送ります。
さて、落葉の宮は一夜明けても動揺、怒り、情けなさで混乱していました。彼を朝帰りさせたことがどんな風に世間に広まるか、というのも気になりますが、何より病気の母・御息所に心労をかけたくない。
2人はとても仲の良い母娘だったので、今まではどんなことも隠し事をしないで打ち明けてきました。恋愛話は親に言わない人も多いですが、この母娘はなんでも言い合う派。そのお母様に「私に黙って」と言われるのも辛いし、いつもいつも繰り返し「皇女の誇りを大切に」と仰っているのに、どれほど落胆なさるだろう……。
そこへ夕霧からの手紙が届きました。が、宮は開けてみようともしません。霧の中で2人がどうなったのか把握しかねる女房たちは、野次馬根性も手伝って「お返事なさらないのも大人げないですわ。さあ……」と開いてみせますが、
「思いがけないことで心の整理がつかないの。あの方を近づけてしまったのは私の落ち度ですが、とてもこんなお手紙に返事できませんとでも言いなさい」と言い放ち、ふて寝してしまいました。あーあ。
仕方なく(?)女房たちが興味津々でチラ見すると「こんな事は初めてでどうしてよいかわかりません。魂はつれないあなたのところに置いてきてしまったようです」などと書いてある様子。
確かに事務的な手紙ではないですが、かといって恋が実った、後朝(きぬぎぬ)の文にしてはシケた内容。全体的にハッピー感がゼロ。
謎の多い霧の夜、そして届いた明るくない恋文……。女房たちは「一体全体どうなってるの?」「こんな風でお二人は本当にうまくいくの?」と不安をかき立てられます。
女房たちは気を使って、御息所にこの件は伏せたままにしておきました。が、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、意外なところから噂が入ってきます。
祈祷をしていた例の律師が、少し彼女の容態が落ち着いたところで出し抜けにこう言ったのです。「ところで、夕霧の君はいつからこちらの宮さまと?」
御息所はキョトンとして「そういうことではございません。亡くなった柏木様の大親友とかで、いろいろご親切にしてくださるだけですわ」。
「いやいやいや!私に隠すこともないでしょう。朝のお勤めの時に、宮さまのお部屋からご立派な男性が出てゆかれるのを見ました。弟子たちに聞けば、夕霧の大将の君が昨夜お泊りになったそうですと言うではありませんか。
私はなるほど、と納得しました。私もあの方を小さな頃から存じ上げておりますが、たいそう優秀で真面目な素晴らしいお方です。
しかし、ご結婚となるとどうでしょうなあ。正妻(雲居雁)のご一家は非常に勢力がお強く、お子さん達も7~8人いらっしゃったでしょう。たとえ皇女様といえども、正妻を差し置くことはできますまい。
女性というのはこうしたことから嫉妬などの業を生じ、無明の闇に惑うことにもなるのです。ですから、あまりいいお話とは言えませんな……」。
貴族に抱えられていろいろ事情通の坊さんなんでしょうが、こんなにべらべらしゃべっちゃって! 今だったら大問題になりそうです。それにしても、冷泉帝に出生の秘密を明かした僧都といい、どうも高僧の口が軽いのが気になります。
御息所は動揺を隠しつつ「まさか!そんなことは。昨日はご挨拶に来てくださって、私が良くなるのをお待ちになり、そのまま滞在なさったとだけ聞いております。だって、とても真面目な方ですもの」。
しかし、そう言っても不安が消えません。律師が帰ったあと、御息所は真相を確かめようと、女房の小少将(こしょうしょう)を呼びました。小少将は御息所に問いただされ「一体どこから噂が?」と思いつつ、真面目な性格なので事の次第を詳しく説明。
「夕霧さまは積年の想いをお伝えしたいというだけで、決してそれ以上のことはなく、夜明け前にお帰りになりました。お二人の間は戸も締まっておりました」と、宮をかばって弁解します。まさか律師がべらべらしゃべったなんて、彼女も夢にも思いません。
その言葉に御息所は「ああやっぱり!不祥事が起きたんだわ!!」と青ざめて、ボロボロと涙をこぼします。小少将はバカ正直に話してしまったことを後悔しますが、あとの祭り。ウソも方便、といいますけど……。
「皇女がそのように男性をやすやすと近づけてしまったこと自体が大間違いなのです!何もなかったと言って、誰が信じてくれますか。
すでに律師の弟子や小僧たちはあちこちで噂を振りまいているでしょう。あっという間に拡散されてしまう。まったく、女房たちは何をしてたの……」それが、女房たちはほとんどお母様のところに行っていて、手薄だったんですよ~。
皇女たるもの、気高く清らかであるべきだという高い理想とは裏腹に、軽々しいスキャンダルの的に……そう思うと、彼女の心拍数は上がり、呼吸は乱れて最後まで言い切れません。せっかく落ち着いたところだったのに。
「宮にこちらにお出でいただくように……今のうちに……本来なら私が行くべきだけれど、とても動けそうにないから……」。息も切れ切れで苦しそうに言う御息所の伝言を、小少将は即座に宮に伝えました。
お母様に呼ばれた宮は、涙で固まった前髪を梳かし、昨日夕霧に引っ張られてほつれた衣などを着替えます。でも身も心も沈みきって、すぐには動けません。
「ああ気分の悪いこと。もういっそ治らないほうが都合がいいわ」と絶望する主人に、小少将は体を擦ってあげながら、
「誰かが昨晩のことをばらしてしまったようなのです。ありのままご報告して、お二人の間は障子で隔てられていたとお話しましたので、宮さまもそのようにお話ください」と、口裏を合わせるよう言います。
柏木との結婚以来、心配ばかりかけてきた母に、この期に及んで恋愛スキャンダルの悩みを増やしてしまうなんて……。かといって夕霧は簡単に諦めそうもないし、今後もしつこく粘ってくるだろう。それもまた世間の注目を集めるに違いない。
まして、彼を受け入れるようなことになれば、“尻軽皇女”とどれほど見下げられることか。仮にも皇女として生まれた身ながら、なんと男運のないことよ、と宮は自らの運命を呪って、黙って涙をこぼします。今だったらきっと、週刊誌やワイドショーが食いついて離れないような美味しいネタでしょう。そこから起こるバッシングや批判も、考えただけで気が滅入ります。
こんな調子で宮はちっとも起き上がれませんでしたが、御息所の再三の呼び出しにようやく応じ、重い体を引きずって母の前に姿を表しました。
意気消沈した宮を見て、御息所も気の毒で涙が出てきます。
「たった数日お目にかからなかっただけなのに、もう何年もお会いしなかったような気がしますわ。お食事がまだだと聞いていますから、お膳の準備をしましたよ、さあ……」。
娘とはいえ尊い皇女、御息所は苦しい中でもしきたりを守って丁重に宮に接しています。自分の具合が悪くても子供の食事のことを気にかけるところが、非常に母親らしいですね。
一方、宮は母がそれほど悪そうに見えないので少しホッ。でも当然、食事なんて喉を通りません。
小少将には「何もなかったとお話ください」と言われましたが、もともと内気な性格なのでハキハキ弁明できず、母は母で気の毒で詳しく聞き出すこともできません。モヤモヤ。
なんだかもどかしくてしょうがないですが、呼ばれてもすばやく移動できず倒れてみたり、「お母さん、私と彼、本当に何もなかったわ!信じて!!」などと言ってしまえないあたりが、やはりお姫様と言うべきでしょうか。
そこへ事情を知らない女房が「夕霧さまからのお手紙です」。小少将は「タイミングが悪い!」と思いつつそれを受け取ります。
「夕霧さまから?どんな内容なの?」すかさず御息所の鋭いツッコミ。皇女として気高く独身を貫くのが理想と思いつつも、夕霧の朝帰りが発覚した以上、彼との再婚もやむなしと言うのが御息所の本心でした。
でも正式の結婚であれば、男は3日3晩通ってくるのが大前提。それ以外は“単なる遊びで捨てられた女”ということになってしまいます。まあ、朧月夜のような人ならそれでもいいのですが、こちらは皇女ですから、そんな事があってはいけません。
宮と結婚する気があるのなら、手紙などよこさず夕霧本人が来ればいい。なら、どうして手紙を送ってきたのかしら?まさか今夜は来ないつもり? ……御息所の動悸はまた激しくなります。
「お手紙には素直にお返事して、これまで通りになさいませ。噂をいい方に修正してくれる人なんていないのですよ。あなたがいかに潔白でも、それは通らないのが世の中ですから……」
といって御息所が手紙を開くと、そこには
「あなたの冷たい仕打ちにかえって想いを掻き立てられました。もう抑えきれません。私を拒んで噂を消すことなんてできませんよ」。これまた、拒まれた恨み節+今度は我慢しねえぞという脅しです。
御息所は見てびっくり。宮への愛を歌っていないばかりか、今夜来ますとも書いていない。柏木との結婚は愛情のないものだったけど、こちらの身分に見合った誠意は感じられた。しかしこの夕霧の不遜な態度は何だろう。あちら(頭の中将家)がお知りになったらどう言われるか……。
今まで夕霧を信頼していただけに、御息所はこの裏切りに怒りがこみ上げます。手紙はまだ続いていましたが、最後まで読み通すこともせず、動悸と息切れでヨロヨロしながら自分で返事を書きました。
「女郎花(おみなえし)萎るる野辺をいづことて 一夜ばかりの宿を借りけむ」。宮が泣き沈む山荘をどこだと思って、一晩お過ごしになったのですか?まさかあなた、これっきりで終わりにするつもりじゃないでしょうね!?責任取りなさいよ!!
震える手でどうにかこれだけ書き、ぐるぐるっとねじって投げ出すと、御息所はどっと苦しくなって倒れてしまいました。あーあ。精神的なショックが一番病気に悪いのに……。
「物の怪が油断させていたのかも」「祈祷を」と女房たちは慌ただしく騒ぎ、僧侶の大きな読経の声が響き渡ります。女房たちは宮に何かあってはいけない、と部屋に戻るよう促しますが、宮はここまで母に心配をかけてしまった後悔で、そばにぴったりと付き添って離れません。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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