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物語の中で一気に月日がワープし、源氏46歳の年。この間に、冷泉帝退位という大きな出来事がありました。在位18年、30歳を目前にしてのことでした。
「私には跡を継がせる皇子がいない。いつまで生きていられるかわからないし、ここらで少し気楽な身分になりたい」。わずか11歳で即位してから、青春をその地位に捧げた冷泉帝。そろそろのんびり好きなことをして暮らしたいよ、とのことです。
これに続いて頭の中将(現在は太政大臣)も辞表を提出。「お若い帝が退位されるのに、年寄りの自分が辞めてなんの惜しいことがあろう」。以後は致仕(ちし)大臣(元大臣の意味)とも呼ばれますが、ここでは頭の中将で統一します。
新帝には今の皇太子(朱雀院の皇子)が即位。桐壺帝から数えて4代目、物語中での最後の帝となります。これに伴い、明石の女御は晴れて中宮となることが決定。2人はこの数年間に皇子3人皇女1人の4人をもうけ、夫婦仲は非常に円満。紫の上がおしっこをひっかけられてまで可愛がった、若宮が次の皇太子に指名されました。
また皇太子の伯父にあたる髭黒は、ここで右大臣に昇格します。本来なら髭黒の妹が帝の生母として皇太后になるところですが、この数年の間に他界。髭黒の一族としては非常に残念ですが、女御としてはお姑さんに気遣う必要がなく、源氏も後宮政治がやりやすい。
しかし、秋好中宮と2代連続して源氏から皇后が排出されたのは妥当ではないと、これに異を唱える声もありました。
源氏は当然とは思っていたものの、娘と孫が中宮と皇太子になると決まって、改めて感激。しかし一方で、自分の本当の長男である冷泉帝に跡継ぎができなかったことを密かに残念に思います。
最愛の人、藤壺の宮との間に出来た冷泉帝の血脈が途絶えてしまう。でも、口に出して言うわけにもいかず、ひとり肩を落とすのでした。
明石の女御が中宮、若宮が皇太子に決定したことで、明石の入道の宿願はついに実現しました。これを機に、源氏一家は住吉大社(大阪市)へお礼参りに。紫の上と中宮が一緒の牛車、その後の車に明石の上と尼君が同乗し、文字通り一家総出のお出かけです。
尼君もくっついて来たのは、源氏の「どうせならシワが伸びるほど楽しんで」との心遣いから。しかし明石の上は、今回は紫の上もご一緒だし、また私たちは別に行こうと反対します。でも「また今度なんて言って、寿命が来たらどうするの!」と、結局は尼君の勝ち。お年寄りにこう言われると敵いませんね。
毎度ながら、お供はできるだけ簡素にしたいのですが、身分がらそういうわけにもいきません。なんだかんだで結局、京にいる政府高官の人たちはほぼほぼくっついてくる、という大所帯に膨れ上がりました(一応、髭黒を含む左右大臣はお留守番)。移動中もまるでパレードのようなきらびやかな行列です。
すでに秋も深まり、見事な紅葉の中、波音や松風を伴奏に夜通し奉納神楽が行われます。宮中での音楽の遊びとはまた違った開放感と新鮮さ、今で言うなら野外フェスみたいなものでしょうか。ちなみにこの舞人も厳選され、落選したものは泣いたそうです。
普段、六条院で多くのイベントを見慣れている紫の上も、海辺の雅な音楽会に感動しきり。めったにお出かけをしない彼女には、京を出たのも、海を見たのも初めてです。朝の冷え込みで霜が下りた渚の景色を、女御と共に感慨深く眺めます。
義理の母娘は相変わらず仲良く、中宮は紫の上を本当の母親のように敬愛し、明石の上は謙遜して控えています。常に一歩下がって見守る立場を崩さないこの様子、かえって将来のためには頼もしいと語られます。
源氏はかつて都を追われた日々を思い出していました。あの苦難の日々は、まるで昨日のことのよう。寂しさと絶望に沈む中、京から頭の中将だけが遊びに来てくれて嬉しかったことを思い出します。
でも今回、頭の中将は居残り組。源氏は尼君宛に「誰かまた心を知りて住吉の 神代を経たる松にこと問ふ」。私以外に一体誰が昔のことを話しかけたりするでしょう。住吉大社の松は御神木で、数多くの和歌にも登場しますが、ここでは長生きの尼君を松に例えています。
尼君は共感して涙にむせびます。ちい姫をつれて住吉詣でに来たものの、源氏の一行と鉢合わせし、名乗りでることもできずコソコソと去った悲しい日。それに比べると、今日家族の一員としてお礼参りに来れたのは夢のようです。
尼君は「住の江を生けるかひある渚とは 年経る尼も今日や知るらむ」。かいは「貝」と「甲斐」の2つの意味で、素直な気持ちをそのまま返事にしたためます。貴人に劣らぬ立派な扱いを受ける尼君を見て、同行者達は「女性ながら立派に出世なさった幸運な方」と、羨ましがるのでした。
ちなみにラッキーの代名詞として『明石の尼君』という言葉もブームになります。あの近江の君は、すごろくでいい目が出るよう「明石の尼君!明石の尼君」と言いながらサイコロを振っていたとか。近江の君、最近出番がないですが、元気そうで何よりです。
中宮や皇太子の祖母となった尼君の幸運も、夫の入道の願いがあったからこそ。人びとに幸運の象徴のように思われながらも、尼君の胸の内では(あの人がいてくれたらねえ。今頃、どこでどうしているのかしら)。
とはいえ、実際にこの場に入道がしゃしゃり出てきたら、それはそれでみっともなかったことだろう、と語り手は言います。あくまでも潔く俗世を去ったからこそカッコイイ。それでも妻としては、夫にも今日の晴れのお参りを見せたい気持ちでいっぱいでした。秋の海辺の優雅なひとときは終わり、人びとは名残惜しげに帰京します。
子供が少ないのが悩みだった源氏に比べ、女御と夕霧は子だくさん。孫も増えてきたここ数年、六条院では孫活がブームになっています。
どの孫もみんな可愛い紫の上ですが、今は皇太子のすぐ下の妹皇女、女一の宮をひきとって養育中。女御の子供のなかで唯一のプリンセスです。花散里もこれを真似して、夕霧と藤典侍の間にできた女の子をひきとり、互いに孫育てに精を出しています。
右大臣夫人となった玉鬘も、今ではちょくちょく六条院に顔を出し、紫の上や花散里との交流を楽しんでいます。こちらも年とともに、ますます素晴らしい貴婦人になりました。
一方、年月が過ぎても成長しないのが女三の宮。未だにフワフワと頼りなく、精神的には子供のまま。紫の上とはすっかり親しくなったので、六条院の中に険悪さはありませんが、源氏は紫の上を偏愛し、宮に対しては娘を教育するように接しています。
これを心配した朱雀院は帝にも「妹の三の宮を応援してあげてほしい」と要請。帝は父の意を汲んで、妹の皇族としての格を引き上げました。皇族のグレードの中でも二番目に高い『二品(にほん)』にしたことで、更に扱いが重々しくなります。
源氏もこれを無視できず、朱雀院や帝に気を使って、だんだんと三の宮のところで過ごす夜が増えます。紫の上は仕方ないと理解しつつも、今までに経験したことない辛さが堪えます。源氏のいない夜は、幼い孫がいてくれることだけが救いでした。
今の彼女の願いは唯一つ、今のうちに出家を果たすことでした。「今はまだ殿の愛情が私にある。でもそれもいつかは終わるだろう。そんな日を待つよりは、出家して心静かな日々を送りたい」。壊れた夫婦関係は決して元へは戻らない。それならいっそ、夫に縛られない生活をしてみたいと思い始めたのです。
この数年で何度かこの事を源氏に訴えたものの、彼の答えはいつも同じ。「出家は私だってしたい。でもあとに残されるあなたが心配だから実行しないだけだ。どうしても出家するなら、私がした後に決めたらいい」。要するに、「俺を捨てていくな!」というわけです。
出家は生きながら世を去ることなので、どちらかが出家すればそこで夫婦生活は終了です。別れたいと強く願う妻と、それを認めたくない夫。なんだか現代の熟年離婚の様子にも似ていて、笑えない感じですね。
明石一家のように大団円を迎えた一家もあれば、負のスパイラルに沈む一家もあります。ここで両親の離婚で憂き目を見た、髭黒の一人娘・真木柱のその後について触れておきましょう。
真木柱はどんどん病んでいく実母が嫌で、華やかで美しい継母・玉鬘のステキなウワサを聞いては「あっちに行きたい」と憧れてばかり。髭黒も真木柱を呼び寄せて一緒に暮らしたかったのですが、これには祖父母が猛反対。式部卿宮は「この孫娘だけは私が絶対に幸せにしてみせる!」と豪語し、続々と求婚者が集まってきます。
ところが、おじいちゃんのお眼鏡に叶う人はなかなかいない。式部卿宮としては「柏木あたりが手を上げてくれたら考えてやろうかな」位に思っていたのですが、猫に夢中の彼は縁談に見向きもせず、結局いまだにお嫁さん募集中だった蛍宮に決まります。
蛍宮は亡くなった奥さんのことを忘れられず、でも独身で寂しいのも嫌だと、あまり積極でなく応募したのですが、案外あっさり結婚できてしまい拍子抜け。肝心の真木柱については「悪くはないんだけどイメージと違う」。
おまけに結構年が離れています。彼の年齢については言及がありませんが、源氏の弟宮(冷泉帝よりは年上)であることからみても、髭黒と同世代かちょっと下くらいでしょうか。自然と足も遠のき、新婚なのに早くも冷え切った状態です。
こんなはずじゃなかった、期待はずれだと祖父母はガッカリ。結婚に反対だった髭黒も「だから言わんこっちゃない。もともと浮気な人じゃないか」と、それ見たことかと言わんばかり。玉鬘も過去を思い出し「結婚するつもりはなかったけど、もし実現していたらどんなことになっていたか」と思います。
更に、問題発言ばかりするあの正妻(真木柱の祖母・紫の上の継母)が「だいたい宮さまっていうのは、あんまり羽振りが良くない割に、誠実さだけが取り柄だっていうのにね」と言ったからさあ大変。
「失礼な!妻がいた頃にも多少の浮気はしたが、こんな言い草は聞いたことがない!」。蛍宮は怒って、自宅でますます死んだ奥さんとの思い出に引きこもり、一層足が遠のいてしまいます。
孫子のためを思う気持ちは変わらないのに、明石一家とは雲泥の差がついた式部卿宮家。物事が悪い方、悪い方に転がってしまうのは、先見の明のなさか、はたまた炎上発言をやめない意地悪ばあさんのせいなのか。
可愛そうなのは真木柱で、夫に愛されない生活を「こんなものだ」と受け入れ、寂しい若妻となっています。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか