「神様の思し召し」一瞬見た彼女への想い止まらず


桜の舞い散る六条院で、蹴鞠をプレーしていた夕霧と柏木。青年たちは、子猫のせいで巻き上がった御簾の向こうに、女三の宮がぼーっと立っているのを見てしまいました。夜の宴席で皆が楽しく盛り上がる中、柏木はその輪に入らず、ぼんやりと庭の桜を眺めたままです。


宮を想い続けてきた柏木には、今日のラッキースケベはまさに天佑。神様が自分の恋心を憐れんで、こんな一瞬を用意して下さったのだ! ……と熱くなる一方、本当に一瞬だけだったのが残念でたまらない。トワイライトタイムの幻のような出来事を、脳内リプレイしてはぼーっとしています。


夕霧は親友が何を想っているのか想像がつきます。彼としても興味のあった宮の姿が見られたのはラッキーでしたが、高貴な女性としてはあるまじき行為。外から見られるようなところに立っているなんて、相当ダメなことなのです。


「なんて軽率な。おっとりしているのが可愛いとはいえ、夫としては不安でたまらないだろうな」。ラッキースケベにヨッシャ!と思いつつも幻滅する。矛盾していますが、これもリアルな気持ちでしょう。


宮が息子たちに見られたとは全く知らない源氏は、柏木の蹴鞠の巧さを褒め「今日のプレーは最高だったね。若い頃、君の父上(頭の中将)に蹴鞠だけは敵わなかった」


柏木は謙遜して「他には何の取り柄もない家系ですから。蹴鞠が多少上手い程度のことでは……」というと「何事にも秀でているというのは素晴らしいことだ。せっかくだから家伝にも記しておいたらどうだい」


冗談を言う源氏を見て、柏木は「カッコイイなあ。余裕のある大人の男って感じだ。こんなに立派で魅力的なご夫君がいるのに、宮さまが僕に振り向いて下さるわけがない……」。現実に打ちのめされた彼はそのまま帰路につき、夕霧も途中まで一緒に乗り合わせます。


「ウソ言うなよ!」突然イキリ始めた親友に一言


「今日は楽しかったな。父上も桜の終わらないうちにまた来いと仰っていたし、次は弓比べにしようか」。夕霧は何気ない話をしますが、柏木は宮のことでいっぱい。思わず口をついて出てきます。


「君の父上は紫の上さまのところにばかりいらっしゃるそうだね。宮さまがお気の毒だ。朱雀院があれほど大切にしていらした方なのに」。


夕霧はびっくりして「とんでもない。父上は宮さまのことをとても大切にしているよ。ただ紫の上さまは幼い頃から育てて一緒になった方だから、普通の夫婦とは違うんだよ」。


柏木は黙るどころか「ウソ言うなよ!表面だけは大事にされているけど、本当はおざなりだってことは知ってるんだよ!!あれだけの宮さまを放っておくなんて、到底納得がいかない!」。


急にイキリだした親友に「やっぱりな~」と確信した夕霧は「そんなのは誤解だし、ハッキリ言って余計なお世話だよ。父のプライベートがどうでも、君が口を挟む余地なんてないだろ」。おっしゃる通りです。


これには柏木も黙ってしまい、2人はなんとなく気まずいまま別れます。夕霧は三条の雲居雁のもとへ、柏木は実家の頭の中将家へ。夕霧よりも歳上なのに、未だに独身の柏木は実家暮らしを続けていました。


世代とともに移り変わる結婚への意識


頭の中将(今は太政大臣)家の長男、柏木。この家の跡取りですし、結婚はしないといけません。同世代が結婚していく中、独身ライフを貫くのは正直寂しいところもある。でも、親のすすめで妥協して結婚するなんてもってのほか。「僕は僕の思う理想を貫く」と決めています。


彼らの親世代、源氏や頭の中将は「とりあえず結婚しといて、恋愛とかはそれ以外で」というスタンスでした。結婚は社会的な立場のためにしなければならないこと。相手と気が合えば幸運ですが、源氏は葵上と折り合わなかったし、頭の中将も正妻(柏木や弘徽殿女御の母。朧月夜の姉)とは不仲であると書かれています。


対して息子たちは、「親の言いなりではなく、自分の思うような結婚がしたい」と強く望んでいるのが特徴的です。夕霧は源氏が縁談を持ち込みお説教するのにも耳を貸さず、初志貫徹し幼馴染の雲居雁とゴールイン。そして柏木はこの有様です。物語の流れとともに、世代も違ってきているんですね。


彼は当初、意識が高く「最高の身分の妻を得たい」と皇女との結婚を望んだだけでしたが、源氏に宮を奪われてから、その気持ちは彼女への執着に変わりました。しかし、既に相手は人妻。しかも、そんじょそこらの人妻ならともかく、准太上天皇の正妻です。


切ない胸の内を忍びきれず、柏木はいつものように小侍従宛に手紙を書きました。


「片思いなんて無駄」予想外のキツイ返信


小侍従は、宮の周りに女房たちがあまりいない時を見計らって、柏木の手紙を広げてみせました。「またいつもの、あの方ですよ。今でも宮さまのことが忘れられないって……。あんまりお気の毒で、私もついお手伝いしてしまいたくなります」。


笑いながら言う小侍従に、宮は「まあ、嫌なことを言うね」とこともなげに言い、手紙を読みます。「先日は春風に誘われてそちらへお邪魔しましたが、宮さまは私めをどうご覧になりましたでしょう……“見ずもあらず”とも言いますが、あの夕暮れ時の一瞬から、私の心は乱れています」。


「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは あやなく今日やながめ暮さむ」。見たというわけでもなく、見なかったわけでもないあなたの姿が恋しくて…という和歌の引用に、宮はハッとして、顔が赤くなります。


(あの時、外に男の人がいたの?どうしよう。私、前にも殿(源氏)に「夕霧などに姿を見られるようなことがあってはいけませんよ」って注意されてたのに。もし、このことが知られたらきっと叱られるわ。どうしよう……)。なんと、源氏は既に宮の迂闊さについて釘を差していた! それなのに見られちゃったよ!


叱られる云々よりは、自分の不注意さを反省してほしいところですが、子供っぽい彼女は「叱られるの怖い」で頭がいっぱい。急に黙りこくってしまった宮を見て、小侍従は仕方なく引き下がり、自分で柏木に返信します。というのも彼女はあの時、宮が見られたのを知らなかった。側にいなかったんでしょうか?


「先日はこちらにも知らん顔でしたね。宮さまへのお目通りが許されたわけでもないのに、『見ずもあらず』とはどういう意味ですか。


『いまさらに色にな出でそ山桜 およばぬ枝に心かけきと』。今更手の届かない方への片思いなんて、顔に出すのはおやめなさいませ。どうせ無駄なことですよ」。これはまた、キッツイ言い方です。


恋と背徳感の間で…初めて抱く後ろめたさに戸惑い


小侍従のこっぴどい返信に、柏木のプライドはひどく傷つきました。が、もう小侍従を介して手紙を送る程度のことでは収まらない。でも、一体どうやってあの光源氏の妻に近づけばいいのか。父のように尊敬する源氏への背徳感と、宮への思慕の間で葛藤します。


しばらくして開催された弓比べの会でも、柏木はゲームに集中せずぼんやり。夕霧から見てもかなりヤバそうな感じです。何より、いつもなら楽しい源氏との会話も、やましい思いに苛まれてまともに顔も見られません。


頭の中将の長男として、華やかなエリート街道を歩んできた柏木は、初めて抱く後ろめたい欲望に戸惑います。「僕は人を傷つけたり、不快にさせたり、世間の批難を浴びるような行動はしないと決めているはずなのに。こんな風に想うだけでも恐れ多いことだ」。結局、理性と感情の間で思い悩んだ末、彼は意外な行動を起こします。


巧みな話術で惹きつけろ!「猫ちゃんゲット大作戦」


柏木は、宮中できょうだいの弘徽殿女御へ挨拶した後、皇太子(女三の宮の兄)の東宮御所へもご機嫌伺いに来ました。ここでも猫がたくさん飼われています。猫は平安時代に中国から輸入され、貴族たちの間で大人気。柏木は「先日、六条院でもとても可愛い猫を拝見しましたよ。ちらっと見ただけですが、ちょっと珍しい感じの猫で……」。


猫好きの皇太子は興味津々。身を乗り出して詳しく訪ねます。柏木は毛並みや性格などを細かく説明し、その猫がどんなに素敵かをとうとうとプレゼン。すっかりその猫が欲しくなった皇太子は、明石の女御(ちい姫)を通じて六条院にその旨を伝え、例の猫を取り寄せました。


柏木は頃合いを見計らってまた皇太子のもとへ行き、「どこにいるかな、私の知ってる子は」。あの日、御簾を引き上げてくれた子猫はちゃんといました! 早速ナデナデする柏木に皇太子は「本当に可愛い。でも元からここにいる猫も可愛さでは負けないよ。それに、人見知りをしているのか懐かないね」。


そう、この子猫は懐かない性格故に首ひもを付けられ、そのおかげで御簾が上がったのです。「猫が人見知りなんて聞きませんが、きっとこの猫は賢いのでしょうね。それにしても、ここにはたくさん可愛い猫がいますから、当分この子は私がお預かりしましょう」。


柏木はそう言って子猫を懐に入れたまま退出しました。我ながらおかしなことをしていると思いつつ、手に入らない宮の代わりにどうしてもこの猫が欲しかった! 猫好きの皇太子に話を持ちかけたところから、すべて作戦だったのです。巧みな話術で相手の心をひきつけ、みごと行動を起こさせる……やり手営業マンも顔負けです。


この日から柏木と猫とのラブラブライフが始まります。寝起きを共にし、手からご飯を食べさせ、暇さえあればナデナデ。人見知りの猫もすっかり柏木に懐いて、ゴロゴロニャーンとすり寄ってきます。


宮のことを想いながら寝転んでいるところに、猫がニャオ、ニャオと鳴くので「寝よう寝ようなんて、積極的だねえ。お前と仲良しになったのも、前世の縁ってやつかな」。まさに相思相愛。柏木も猫が可愛くてたまりません。


突然猫にハマりだした柏木に驚いたのは周囲です。「どうしたのかしら、急に」「今まで猫なんて興味なかった方なのに」。でもそんな声も彼にとってはどうでもいいこと。


皇太子からの「猫を返して」という催促も無視し、彼は恋人の代わりに猫を懐に抱き、気持ちを紛らわせるのでした。嗚呼エリート貴公子よ、どこへ行く……。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか


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情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 「彼女の猫ちゃん、ゲットだぜ!」突然イキリ始めた親友に一言! 恋心と背徳感に苛まれたエリート貴公子が取った奇策とは ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~