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未来の帝・若宮誕生の喜びに湧く六条院で、源氏の一人息子・夕霧は別のことに関心を向けていました。もともと自分がお婿さん候補だったのに、父の正妻になってしまった女三の宮のことです。
夕霧は相変わらず真面目に父の元へご機嫌伺いに来ていますが、寝殿周辺で聞こえてくる宮の情報はガッカリなものばかり。
宮の女房には、年配のしっかりした人は少なく、若くて綺麗な女性が多く集まっています。が、彼女たちは恋愛とオシャレと遊びにしか関心がなく、何の悩みもないのをいいことに、朝から晩まで子供じみたゲームに熱中。キャピキャピした女房に囲まれて、宮の周りにはだらしない雰囲気が充満しています。
作者はここで「仮にこの中に内気な女房がいて、あれこれモヤモヤしていたとしても、表向きは彼女たちに合わせて楽しそうに振る舞うのだろうし……」と記述。実際に紫式部日記では、上流階級出身の若い女房たちの対応力のなさにウンザリしたエピソードが書かれています。
「殿上人が立ち寄った時に、いつもご機嫌を損ねる応対をするのは本当に残念」「やっぱりデキる人は滅多にいない」「普通宮仕えを始めたら、それなりに仕事を覚えていくはずなのに、この方々はいつまでもお嬢さん気分が抜けない」。もう、ちゃんと仕事してよ!! ……という声が聞こえてきそうです。
そうはいっても職場のこと、内心はどうあれ表向きは合わせていかないとしょうがない。同調圧力にストレスを感じながら生きているこの姿、千年以上経っても変わっていない現状ですね。
話を物語に戻しましょう。源氏はこの遊び好きで派手な女房らを苦々しく思っていますが、なんでも頭ごなしに叱るオヤジでもないので、特に止めろとも言いません。
その代わり(女房たちはともかく)宮自身にはもう少ししっかりしてもらうよう、気がついた時に教育的指導をしています。お陰で、宮も以前よりは少し、振る舞いに気をつけるようになりました。
こんな情報がホイホイ流出すれば、自然と宮の良くないイメージも固定されてしまうわけですが、女房たちはそんなことにも気を配れない。夕霧は「父上にとって、宮さまは単なるお飾りなんだな」と思いつつ、心は紫の上に飛んでいきます。
(やっぱり紫の上さまみたいな方はそうそういらっしゃらないんだなあ。こんな風に露骨な評判も聞くことなく、いつも奥ゆかしくお過ごしで。今回の若宮誕生では明石の上とも協力しながら、お優しく品位を失うことなく。なんと素晴らしい方だろう)。
夕霧も男、雲居雁との結婚生活に安住する一方で、どこかで父の六条院ハーレムライフに憧れています。やっとの思いで結婚した雲居雁はたしかに可愛いのですが、紫の上のような絶世の美女というわけではなく、”探せばいそう”なレベル。で、その中身も至って普通の人。そのことが段々見えてきて、情熱が薄れていく。非常によくあるパターンです。
男の憧れを実現させた父と、その妻にあれこれ思いを馳せながら、ひょっとしたら自分と結婚したかもしれない宮への興味も捨てきれない夕霧。「あの台風の日に紫の上さまを覗き見たように、宮さまのお顔を拝見するチャンスがないだろうか」と、ワンチャンを期待。このあたりの男心が実にリアルです。
他方、女三の宮のことが忘れられず、日に日にその思いをこじらせているのが柏木です。柏木と宮の乳母同士が姉妹ということもあり、宮の乳姉妹・小侍従(こじじゅう)を通じて、ずっと詳報を入手してきました。
おかげで柏木の中では宮へのイメージが膨らみ、それが「絶対宮さまと結婚する!!」宣言にもつながったのですが、結局は源氏に負けてしまいました。
それでもまだ、彼は宮を諦められない。引き続き、小侍従を呼び出しては六条院の現状を聞き「ああ。私と結婚して下さっていたら」と悔しがり。そして、万が一源氏が出家することがあればそのときは……と、虎視眈々と後釜を狙っている有様です。一見爽やかイケメンのストーカー気質、気になります。
うららかに晴れた春のある日、六条院には蛍宮と柏木が遊びに来ます。夕霧は自室のある夏の町で蹴鞠をしていましたが、源氏に呼ばれて寝殿の庭でプレーすることに。里帰り出産をした明石の女御は若宮をつれて宮中へ戻ったので、遠慮なく使えという仰せです。
蹴鞠は鹿の皮で作ったマリを蹴り上げ、何回続けられるかを競うゲームです。サッカーのリフティングに似ていますが、コートとなる鞠壺(まりつぼ)の四隅にある木の高さを蹴り上げの基準にする点や、勝ち負けを決めないなど、独特のルールがあります。
平安貴族はこの遊びに熱中するあまり、自宅に専用の練習場まで設けて、日夜練習に明け暮れたと言います。また、見る方もエキサイティングだったようで、清少納言も蹴鞠の面白さには一目置いていたようです。このあたり、現代のサッカーファンの熱狂ぶりと重なるようで面白いですね。
今日は風もなく、蹴鞠日和です。最初はまだ少年と言っていい年齢の男の子たちが遊んでいましたが、応援する方も見ているだけでは飽きたらず、まず柏木のすぐ下の弟・紅梅が参戦。
少し身分の重い柏木と夕霧はもっぱら観戦組でしたが「乱暴で軽薄な遊びだが、実に体がウズウズするね。君たちも若いんだから参加したらいい。青春の特権だよ」と源氏が勧めるので、庭に出ていきます。
桜の花に目もくれず、夢中になってマリを追う若いイケメン貴公子たち。中でも際立って上手なのは柏木でした。源氏らオジサン観戦者も大いに盛り上がり、楽しい一日になります。
気がつけばいつしか夕方。ちょっと一休みと、夕霧と柏木は寝殿の階段に腰を下ろしました。ものすごい花吹雪です。「花が散ってしまう。風は桜を避けて吹けばいいのに」。そう思いながらあたりを見渡すと……そこは女三の宮のお部屋の前でした。
例のキャピキャピ女房たちは蹴鞠観戦に熱中し、御簾のすぐ近くではしゃいでいる様子。目隠しの几帳もどけたらしく、派手な衣装の裾がはみ出すのもお構いなしで、キャーキャー言っています。
そこへ、部屋の奥から首にひもを付けた子猫がダーッと走り出てきました。宮は猫好きで、多頭飼いをしているのですが、どうやら先輩猫のカンに触ったらしい。大きい猫に追われて慌てた子猫は、御簾の外に出ようともがき、あろうことか柱に駆け上ってしまいました。
首ひもに引っ張られて御簾はナナメにずり上がり、中が丸見えです。女性の顔を見るだけでも大変な平安時代にとっては、これだけでもう大事故。しかもチラ見えなどという可愛いものではなく、モロ見えなんだからさあ大変。いきなり女子更衣室がオープンになっちゃったようなものでしょうか。
柱の側にいた数人は「どうしよ~!」「外から見えちゃう!!」とオロオロするばかり。具体的な対応が取れないまま、騒いでいるだけです。悪いことに、その他大勢の女房たちはまだ蹴鞠に夢中で、自分たちが丸見えなのに気づいていない様子。
夕霧と柏木も一部始終を目の当たりにし、あっけにとられていましたが、御簾の奥の方にぼんやりと立ち尽くしている女性がいます。その衣装の華やかさや、可憐で上品な雰囲気から、彼女が女三の宮本人であることをすぐに確信しました。
猫の激しい鳴き声に、事態が飲み込めぬその女性は何ごとかとおっとりと振り返ります。もう夕暮れ時で細かいディテールがハッキリ見えないのが実に惜しいですが、柏木は恋しくてたまらぬ宮の面影をしかと脳裏に焼き付けました。
一方、夕霧は「外から丸見えですよ!!」の意味を込めて、わざと咳払いを繰り返します。ようやく宮は奥へ消え、子猫の首ひもも解かれて御簾は元通りに。子猫はそのまま庭に下り、待ち受けていた柏木の手に抱かれました。
猫からはなんともいい香りがします。「ああ、きっとこれは宮さまの匂い」。猫をクンクンしている親友を見て、夕霧も(今の、絶対見たよな……)と立ち尽くします。ちょっと呆然。
「2人ともそんなところで何をしているんだ。こっちに来て一緒に飲もう」。源氏のお呼びがかかり、2人はそのまま宴会へ。春の夕暮れ時に起きたこのアクシデントにより、柏木と女三の宮の運命は大きく動き出します。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか