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第1回
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先物取引に案の定騙され、妻に勝手に預金を引き出され、家族に出ていかれ、衛星電話会社の投資詐欺に遭ってしまった西田春夫さん(仮名・56歳)の心のよりどころは、ぼったくりのフィリピンパブで働く20代のフィリピーナのRIYA。嫌な予感は的中し、やはり金づるにされて、なけなしの400万円まで毟り取られてしまう。しかし、彼の不幸はこれだけでは終わらなかった……。
それからは、借金生活に突入しましたわ。なんでも、RIYAのフィリピンの家族が大変らしいと……。妹の心臓が悪いらしくて、どうも移植手術を受けないといかんと。それでも、僕の財布の中はほとんどすっからかんやからね。彼女の代わりに金を借りてやろうと……。
家を抵当に入れても、数千万でしょ? だから、持ち家っちゅうことで銀行から引っ張って、それから大手のローン会社からも引っ張って、消費者金融からも引っ張りました。4,000万円くらいやろかね。やっぱり心臓移植っちゅうのは、金がかかるらしくて……。
彼女の店にもノルマがあるから通わないとイカンし、それからはまるでカーナビで目的地まで向かうみたいに、街金、闇金と進んでいったね。ここまで話聞いてもうたら「アホちゃうか、このオッサン」と思うかもしれんやろけど、でもね、RIYAとはホンマに愛しおうてるわけですよ。何しろ、結婚の約束までしてるから……。
ほら、これ見てよ、もう仕事のし過ぎで指がゲッソリしてしもうたけど、指輪もしてる。婚約指輪。今、彼女は用立てた僕の金を持ってマニラに里帰りしてるけど、帰ってきたら結婚してやり直します。いや、ホンマ。こんな人間でも愛してくれる女もおるのよ。
もう生活することもできんほどになってもうて、彼女が帰ってくるまでとりあえずはなんとかやり過ごそうと思っていた矢先に、どえらいことが起こりましてん。これ以上、地獄には堕ちんやろと思っていたときにですよ!
生まれて初めて“誘拐”っちゅうもんに遭うたんですわ。
夜中に人目を忍んで馴染みの居酒屋から自宅に戻ろうしていたとき、突然、誰やわからん奴らに、軽のワゴンに押し込まれたんです。
僕も酔うてるし、わけわからんし、目にもガムテープでぐるぐる巻きですわ。しかし、人間っちゅうのはうまいことできてるもんですね。恐ろしすぎたら、勝手に気絶してました。
でも、気がついたらどこかの部屋で椅子に座らされて、ここがどこかもわからん。
とにかく恐ろしいて、小便はしたいし、えらいことですわ。鼻水と涙が勝手に流れだして、「ああ、オレもこれで終わりやな」と思いました。
「おい、おっさん! オドレ、金出さんかい! オドレ、ぎょうさん金持っとるらしいやないか! ババアに早よ、電話せえ‼」
「そんなもんおるかい! もうとっくの昔に離婚しとるわ! 銭かて、一銭もないわ! 煮るなり焼くなり好きにせんかい!」
もうねぇ、なんにも失うもののーなったら、怖いもんナシですわ。こんなとこで殺されても、誰も泣いてくれる奴なんておらんし。嫁はフィリピンに帰ってるし、線香ぐらい立ててくれるでしょ。どうにでもなれ、と思って本気で叫びました。
そうしたらね、遠くの方で消え入るような弱い声が聞こえてくるんです。会話が……。目ぇが見えへん分、耳が良~なるんやろね。
「おまえ、おっさん、金持ってないっていうとるやないか。どないなってるんや……」
「いやぁ~、なんにも知らんねんけどなぁ……」
「どないすんねん、こいつ。出す気ないぞ、鼻血も出ん感じやんけ」
「さぁ……どないしよう」
「なんじゃ、それ!」
受け答えしてる声に聞き覚えがあったんです。こいつは、一番上の兄貴の息子やと。いうなれば、甥っ子ですわ。父親が土建屋なんかやっとるもんやから、ヤンチャなクソガキでね。家にも居つかずに、そこらへんをぶらぶらしてるもんやから、僕が離婚したことも知らんのです。
それから、2時間後くらいに近くの公衆トイレの個室で解放されて、そのままの足で、長男のところに怒鳴り込みに行きました。
「おい、兄貴! おまえんトコのバカ息子どこ行きよったんじゃ! 親がそんなんやから息子がロクなことせんのんじゃ!」
「おまえ、頭おかしなったんか? 突然なに言うとるんや! うちの息子は今頃小学校の前で、手品のオモチャ売り歩いとるわ!」
「どんな仕事やねん、アッホ! オレはさっきおまえの息子に誘拐されたんじゃ‼」
「春夫、おまえ金がのーなったってホンマなんか? 悪い女に騙されてもて、気ぃ狂うてもうたんちゃうか?」
「ゴゴゴゴゴゴォォォォララァァア~‼」
その後は大ゲンカになって、駆けつけた警察官に事情を話して事件にしてもらおうと思ったんですけど、あきまへん。民事不介入の一点張りで相手にもしてくれへんのです。ヒドい話ですわ……。
西田氏は、現在ゴルフ場の管理人として毎日雑草を刈り、糊口をしのいでいる。月収30万円。自宅を取られ、消費者金融や街金、闇金(クレジットカード換金、マイカー融資、質屋闇金など)の負債額800万円也。ゴルフ場の管理人室に寝泊まりし、ゲスト用の浴場を使い、家賃はタダ。食費は、ゲストハウスの残り物を食べている。
利息を支払うだけで、月々20万円返済の生活は、宝くじに当選する前には想像もしていなかったという。
「まぁねえ、あのときに宝くじに当選していなかったら、今頃自分の人生はどうなってたんやろうかと思うことはありますね……。当たらない方が、自分の人生には合うとったんじゃないか、と……」
西田さんは最後の7杯目の芋焼酎を飲み干しながら、遠い目をしていました。庶民は、億の当選を夢見ているのに、彼は当たらなかったら……という妄想を抱いている。働かないと金がないくらいの生活が“いい塩梅の人生”というものなのだろうか。そういう私も、バレンタインジャンボ宝くじに、億の夢を託している。(完)
(C)写真AC
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