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激しい風雨に落雷、おまけに火事に遭い、今度ばかりは死ぬかと思った源氏。その夜も明けやらぬうち、まだ荒れた海からやってくる小さな船があります。こんな時に誰だろう?と思っていると「良清どのはいらっしゃいますか。明石の入道がお目にかかりたいと申しております」。頑固オヤジ、ついに動く!
びっくりしたのは良清です。「入道とは娘の件でギクシャクしているのに、なんで向こうから来たんだろう?」源氏は父・桐壺院の夢のメッセージなども気になり、「とにかく会ってこい」と良清を押し出します。
入道は経緯を話しました。「3月1日の夜、夢に異形の者が現れて、”13日、この嵐が止んだら必ず須磨の浦へ行け。私の力を見せよう。船の準備をして待つがよい”と言うのです。船を準備しましたが、あの天気で半信半疑でした。しかし今日、思い切って船を出してみますと、何やら不思議な追い風が吹き、あっという間にこちらへたどり着いたのです」。
今日は確かに13日…。良清は源氏に報告しました。夢に出続けた異形の者、父の夢、そして入道の夢。源氏は考え込みます。
(この入道とやらを信じて大丈夫だろうか?でも年長者の意見には従えと言うし…。世間体が悪いかな?でも本気で死にかけたんだから、今更気にすることもないな。父上も夢で「住吉の神」と仰っていたし、つまり、全ては神の思し召しなのだ)。
源氏は明石へ引っ越すことを決意し、入道は大喜び。さっそく船に乗り込み、明石へ向かいました。入道の言うとおり、またもや不思議な追い風が吹き、明石へは飛ぶように到着しました。源氏、27歳の春のことです。
良清から聞いたとおり、明石は風光明媚なところでした。さらにスゴイのは入道の土地。海沿いにも、山側にも立派な邸宅があり、渚には趣のあるコテージ。入道が勤行する念仏堂は山の静かな所にあり、貯蓄用の倉などもたくさん見えます。閑散とした須磨に比べ、活気があって賑やかです。
「妻と娘は高潮を怖がって山側の家におりますので、海側の邸をご自由にお使い下さい」。新しい住まいは、客間から全てがあらわになるような須磨の家とは大違い。大海原を借景に、庭の造りも素晴らしく、京の貴族の邸宅にも勝ると表現してあります。
質素な一軒家からリゾートホテルに移ったようなものでしょうか。源氏は明るくて快適な新居にホッとしますが、同時に静かな須磨と比べ、明石の人の多さがちょっと気になりました。
1ヶ月ほどして落ち着いた頃、源氏と惟光らは、京の家族へ転居を知らせる手紙を出します。嵐の最中に紫の上からの手紙を持ってきた使いは須磨で足止めされていたので、彼をねぎらって多くの褒美を与え、用事を頼んで返しました。
源氏を招いた明石の入道は、60歳位。痩せ型で、頑固だがちょっと抜けたところもあり、博識で趣味の良いオジサンです。豪華な家や財産はすべて妻子のため、自分は質素な法衣を来て、飾り気のない念仏堂で祈りの日々を過ごしています。源氏も、僧侶らしく高潔で、人間的な魅力のある入道に好感をもっていました。
そんな入道も、娘のこととなるとただの親バカ。源氏の迷惑もそっちのけで、何かと話を振ってきます。源氏の方でも「ここへ来たのも縁なのか」と思えば「いやいや、今は謹慎の身。紫の上とも約束したんだから…」と思い直し、落ち着かない気分です。
どんな娘なのか、内心かなり気になっているのですが、さすがに「お嬢さんを紹介して下さい」などとは言わず、気のない素振りを通していました。迷惑だなと思いつつ、若い娘がいるとなれば無視できない、それが源氏です。
源氏が来るまでは「結婚結婚」とそればかりだった入道も、いざ源氏を迎えると圧倒されてしまい、単刀直入には言えず小出しにして、源氏が興味を示してくれるのを待っている状態。源氏にはジワジワ効いているので、ある意味作戦は順調です。
娘の明石も、源氏が来た折にこっそりと彼を覗き見していました。普段でも、男なんてまともに見たりしないのですが、「まさかこんな美しい男の人がいるなんて…!」。彼の美貌に驚くとともに、自分との身分の差が思い知らされて「私では全然釣り合わない…」と悲しみを深めていました。賢いといろいろつらいですね。
初夏、衣替えの季節になりました。入道は源氏の身の回りのものを新調し、甲斐甲斐しくお世話をします。(ちょっとやりすぎだな)という気もしなくもないのですが、源氏は厚意をありがたく受け取りました。
入道は源氏が大好きで、もっともっとお世話をしたいのですが、これでも控えめにしているつもりなのです。義父の左大臣に続き、源氏のオジサンキラーぶりは引き続き健在です。
京の紫の上からも、手紙や贈り物が次々と届きます。初夏の夕べ、海上に雲と月が見える様子は、二条院の庭の池のよう。でも目の前にあるのは、懐かしい我が家ではなく、堂々たる淡路島です。郷愁を誘われ、源氏は久しぶりに琴(きん)を取り出します。
源氏の琴は風に乗り、明石の人びとの耳を打ちました。技を尽くして演奏される物悲しい曲に、皆うっとり。入道もいてもたってもいられず、あわてて参上して、泣きながら絶賛します。
入道も琵琶と箏の琴を出し、琵琶法師風に、珍しい曲をひとつふたつ演奏しました。年齢を重ねた達人の音色です。興が乗って、源氏は目の前に置かれた箏の琴を少し弾きます。桜や紅葉の盛りではなく、新緑の頃、ただ広がる海を目前に、こうして楽器を演奏するのもなかなか爽快です。
源氏は何気なく言いました。「箏は、女性が優しくラフな感じで弾くのが素敵ですね」。源氏は一般論として言っただけですが、入道はもちろん話をひきつけて「私は延喜帝より4代目の芸を継いだものですが、出家とともに音楽も一度捨ててしまいました。それでも時たま箏をかき鳴らしていると、何故か娘のほうが曲を覚えて、先代に似た音色を出すのです。親バカかもしれませんが、ぜひ一度お耳にいれたく存じます」。
またもや始まった娘自慢に、源氏は笑いながら「名人揃いのところで迂闊な演奏をしてしまったな。箏は昔から女性の名手が多いといいますね。最近は本当の達人はいないようだが、お嬢さんがそれほどお上手なら、ぜひ聞かせて頂きたい」。おお、言ってみるもんだ!いい反応!
入道はご機嫌で「もちろんですとも。それから、琵琶は名人が少ない楽器ですが、これも娘はすらすらと弾きこなすのですよ。なぜ上達したのかわかりませんが、娘の琵琶の音に慰められる日も多くございました」。続いて琵琶まで上手発言!!ここまであからさまに我が子を褒める親、というのも、かえってあっぱれな感じがします。
2人の演奏と会話は夜通し続きました。入道があまりに娘のことを語るので、おかしくもあり、あわれでもあります。そしてついに、彼は真面目に切り出しました。
「私は、娘が生まれてから18年、思うところがあって住吉の神に特別なお願いをし、娘にも春と秋には必ず参詣させてきました。今も毎日、仏様にお祈りすることはただ一つ、娘に良縁を授けてくださいという願いだけです。
私はめぐり合わせが悪く、こうして田舎人になりましたが、子孫が落ちぶれていくのだけは悲しゅうございます。幸い、娘は生まれた時から希望の持てる子で、なんとかして京の高貴な方に差し上げたいと願ってまいりました……」。
源氏は以前、自分の子供について、夢のお告げを受けていました。「ひとりは帝、ひとりは皇后、真ん中の劣った子は大臣として国を支える」と。最初の子は皇太子、2番めの夕霧が将来大臣になるとすれば、まだ生まれていないのは皇后になるべき女の子だけです。
源氏はもしやと思い、「無実の罪で思いがけない目に遭いましたが、お話を伺うとなるほど、これは前世からの縁だったのかもしれない。お嬢さんのことは気になっていましたが、無位無官の罪人など、縁起でもないと言われるかと遠慮していたのです。それでは、お嬢さんを私に下さるんですね」。
入道は源氏と娘との結婚を取り付け、泣いて喜びます。でも、ここまでの内容だと、願掛けをしているにしても入道はなぜそこまでして娘を高貴な人に嫁がせたいのか?というのがよくわかりません。普通に考えて、元の地位にあるのならともかく、落ちぶれた何もない男と、可愛い娘を結婚させたいだろうか?このあたりは入道の妻や、源氏自身もツッコんでいるところですね。
ハイリスクで無謀にも思える入道の行動ですが、その始まりと計画の全貌が明らかになり、彼の真の望みが叶うのはずっと後です。このあたりも作者はよく練ってあるなと感心します。
とりあえず現時点では、入道はただの娘自慢のオジサン。長年の夢の実現が間近に迫り、舞い上がってますますしゃべりまくります。「読者はうるさいだろうから詳細は割愛する。詳しく書けば一層おかしな入道だと思われるだろう」と、作者のツッコミが入ったところで終わります。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか