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寂しい須磨で「京が恋しい、帰りたい」と日々思い悩み暮らす源氏。源氏の家来たちもそれは同じですが、家来の良清にだけはこの須磨ならではの悩みがありました。恋の悩みです。
良清は現在の播磨守(地方長官)の息子ですが、前の播磨守の娘に思いをかけて、ずっとラブレターを出していました。ところが、このお父さんがどうしても交際を許してくれないのです。
彼の名は、明石の入道。現在の兵庫県明石市で、須磨とはすぐ近くです。大臣家の出身(源氏の母の桐壺更衣とはいとこ同士に当たる)で、家柄も頭も良いのですが、頑固でちょっと変わり者。希望した播磨守の職についたものの、人付き合いが下手なことが災いし、統治に失敗してしまいます。きっと根回しなどが全然できず、地方の有力者を抱き込めなかったんでしょうね…。
プライドの高い彼は、任期満了後も失敗を恥じて京に戻らず、明石に居を構え、出家しました。今なら、勢い込んで当選したが、結局議会に反発され、公約の実現に失敗した元県知事といったイメージでしょうか。頭はいいのに頑固で偏屈、おまけに人付き合いが下手。政治家には一番向いていなさそうです。
入道はただ1人の娘をとにかく大事にしていました。播磨守時代に築いた財産で豪邸を建て、着物から家具、日用品に至るまで贅沢な品を揃え、皇女さまのように育て上げます。彼女はものすごく美人というわけではないものの、とても聡明で奥ゆかしく上品。評判を聞いて、良清ほか、地方官の息子クラスの男たちが大勢寄ってきたのですが、入道は誰にもOKを出しません。
「自分は挫折してしまったが、娘の将来だけは絶対に守る。地方官の息子なんぞには絶対やらん!」そう固く決意していた入道は、娘にも繰り返し言い聞かせます。「いいか、理想の結婚できず死ぬようなことがあっても、お前は誰とも結婚するな。つまらない男と一緒になるくらいなら、海に身を投げなさい」。いやあ、すごい教育方針です。一種のスパルタ教育?
源氏は、かつてこの話を聞いて一笑に付し、「ものすごいプライドだね、竜宮にでも嫁がないとね」。しかし、当の良清にとっては大問題です。
明石のすぐ近くの須磨にいるので、早速ラブレターを出しますが、彼女からの返事はもちろんなし。かわりに父の入道から面会の申込みが来ますが、ふてくされた良清は「どうせダメなんだろ」と行きもしません。そりゃそうだよね…。
良清のカンは当たっていました。入道は、須磨に源氏がいると聞いて「チャンス!」と思い、良清をダシにアポイントを取るつもりだったのです。なんか露骨でイヤだなあ、こういう人。
「あの光り輝く源氏の君が須磨に!ついに我が娘の運命が開ける時が来た!」。入道は興奮してまくし立てますが、妻は呆れ返ります。
「とんでもないわ。源氏の君は京にたくさんの奥様や愛人がいらして、その上、帝の寵愛された女性と関係を持ったから、須磨で謹慎なさっているんでしょう。うちの田舎娘なんて相手にするもんですか」。
入道は腹を立て「口出しするんじゃない。私にはある確信があるのだ。とにかく結婚の準備を急ぎなさい。折を見て、源氏の君をここへお迎えしよう」。何ともワンマンな頑固オヤジ。妻はもうついていけません。
「たしかにご立派な方かもしれませんが、どうして初婚の娘を、罪に問われて地位や身分のない方に差し上げなければならないの。本気で愛して下さればいいでしょうが、そんなことは万が一にも期待できないし。娘が捨てられて不幸になるのはイヤですよ」。ですよねえ、お母さん。この妻は皇族の出身で、やはり奥ゆかしく気品ある女性でした。
妻の反論に、入道はブツブツ。「源氏の君のような優れた方には、このような災難は必然なのだ。日本でも中国でも歴史を見れば分かる。母君の桐壺更衣と私はいとこ同士。更衣は数多くの妃たちの中から寵愛され、嫉妬を買って亡くなられたが、源氏の君を残された。素晴らしいことだ。女たるもの、更衣を理想とすべきだ」。
うーん、愛される女性になってほしいというのはわかりますが、嫉妬を買って死ぬところまで一緒になるのはイヤですね。暴走する父と牽制する母。両親の会話を聞いて、娘は情けない気持ちでした。
「源氏の君が私を相手にして下さるわけがない。でも、同程度の身分の男と結婚するのも絶対イヤ。もし両親に先立たれることがあれば出家しよう。万が一のことがあれば、海に身を投げる覚悟もできているわ」。
頑固オヤジ譲りのプライドと、皇族出身の母譲りの奥ゆかしさを持ち合わせたこの娘が、源氏の重要な妻の一人となる明石の君です。
彼女は六条御息所や葵の上に匹敵するプライド高い系の女性なのですが、その根源は”両親の出自はいいのに田舎者”、”父の挫折から託された出世への意欲”というコンプレックスの二本立て構成になっています。前者は覆しようがなく、後者は親に叩き込まれた使命感で、それが逆に彼女を強く賢い女性に成長させたといえるでしょう。
このあと、至るところで卓越したセンスと賢さを発揮し、紫の上を脅かすほどの存在感を放つ明石ですが、今はまだ自分の運命を知る由もありません。彼女には噂の光源氏に逢えるかも、といった浮かれた期待などはなく、「お父さんはどうしてあんな無理ばかり言うんだろう、バカな田舎娘だと笑われるのがオチだわ」と思って、ただただ恥ずかしいだけでした。
須磨ではお正月が過ぎ、あっという間に春になりました。源氏の新居の庭の桜にも花がつき、見るたびに京の花の宴が思い出されます。爛漫の桜の下、詩を朗読し舞い、朧月夜と出会った美しい春の夜。「京が恋しいと思っているうちに、また春がきたなあ…」。
そんなある日、突然、京からお客さんが。「会いにいったのがバレて、罰を受けるんだったらそれでもいいさ!」頭の中将でした。今は出世して順調ですが、源氏がいない毎日が退屈で、思い立ってやって来たとのこと。頭の中将、男前!これぞ友情!やっぱり、持つべきものは友ですね。
久しぶりの再開に、2人の目からは感極まって涙が溢れます。惟光たち従者も、それぞれ友人との再会を喜びました。頭の中将は京にない邸の造りを面白がります。家の中には大した家具もなく、客間も居間も全部が見通せるほどの狭さです。源氏の着物も、碁盤などのちょっとした道具も、全てが田舎風でした。
ちょうど漁から帰った海人達が海産物を持ってきたので、話してみます。「おらたちの暮らしは海次第で、大変苦しいです」とこぼす彼らに「生きるが大変なのは、どの身分でも同じだなあ」。都会っ子の頭の中将には知らないことばかりです。貴重な体験のお礼に、自分の高価な衣などをプレゼントしてやりました。
2人の話は尽きることなく、酒を飲みながら語り明かします。頭の中将は「罰を受けようと気にしない」と言うものの、あまり長居するわけにも行かず、翌朝にはもう帰り支度。源氏はかえって寂しく、自由に京へ帰れる彼が羨ましくてしょうがない。
見送る源氏の顔があまりにも悲しそうなのを見て、頭の中将は「またな!君がずっとここに居続けることはないさ」。とっても恨めしそうな顔をしてたんでしょうね。源氏をよそに、爽やかに言って帰っていく頭の中将には、別れの湿っぽさはありません。一方、取り残された源氏は、来る前よりも一層ドンヨリ……。
源氏にとっては思いがけないサプライズで、もちろん嬉しかったのですが、今度は自分が取り残される寂しさを存分に味わうことになり、かえって寂しいという結果に。マイペースでドライな頭の中将と、気を使う方でウエットな源氏。親友同士の性格の違いもよく分かる一幕です。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか