個人への融資や企業の経営支援などを手掛ける伊予銀行。さまざまな金融商品・サービスの問い合わせ窓口となるコンタクトセンターが膨大なマニュアルのデジタル化を断行しました。現場に役立つマニュアルをデジタルでどう表現したのか。紙の運用が根付いた現場にデジタルをどう浸透させたのか。マニュアルのデジタル化を主導した伊予銀行 ダイレクトコンサルティング部 課長代理 橋本理絵氏と、デジタル化を支援したHelpfeel Cosense事業開発責任者 澤田智希氏に話を聞きました。

――伊予銀行の事業内容と橋本さんの業務内容を教えてください。

橋本:愛媛県松山市に本店を構える当行は、主に四国を中心に事業を展開しています。預金の受け入れや貸し出し業務はもちろん、地域企業の経営支援や事業承継支援なども手掛けています。近年はモバイルアプリを駆使したDXによる新サービスの創出にも余念がありません。

そんな当行の中で私はダイレクトコンサルティング部に所属します。顧客からの問い合わせ窓口となるコンタクトセンターに関する企画立案に携わり、コンタクトセンターの利便性向上やスタッフの効率化などに向けた施策を推進しています。なお、コンタクトセンターでは金融商品やサービスに関する問い合わせへ対応するだけではなく、こちらから商品などを案内するアウトバウンド業務も展開しています。

――コンタクトセンターでは今回、スタッフの業務効率を高めるITツールを導入しました。ツール導入以前は、どのような課題を抱えていたのでしょうか。

橋本:紙のマニュアルを運用することでさまざまな課題が山積していました。コンタクトセンターのオペレータが使用するマニュアルは452冊に及び、必要な情報を探したり、更新情報をマニュアルに反映したりするのに時間を要していました。各オペレータのデスクにマニュアルを置いて運用するため、保管場所をどう確保するのかも悩みの種でした。こうした課題は以前から顕在化し、マニュアルのデジタル化に取り組むべきと考えていたものの、思うように進められずにいました。

写真:伊予銀行 ダイレクトコンサルティング部 課長代理 橋本理絵氏

一方、コンタクトセンターには経験豊富なベテランスタッフが数多く在籍しています。こうしたスタッフの経験や知見、ノウハウをチーム全体に共有する仕組みがないことも課題でした。共有するフローや体制を確立しておらず、重要事項がチーム全体に行き届かないといった問題も抱えていました。

――思うように進められずにいたデジタル化に踏み切ったきっかけがあれば教えてください。

橋本:紙のマニュアル運用に課題を抱えていたころと同時期に、当行の本社ビルの建て替えプロジェクトが進んでいたのです。コンタクトセンターも移転することとなり、このタイミングでデジタル化すべきと判断しました。移転が紙のマニュアル運用からデジタル化に切り替える大きな契機となりました。

――とはいえ、紙のマニュアルに慣れているスタッフの中には抵抗する声があったのではないでしょうか。

橋本:ベテランスタッフの中には、「きちんと運用できるか不安」や「良いマニュアルを制作できるか不安」、「これまで自身で整理し、必要な情報をすぐ探し出せるようにしていたのに、デジタル化した途端探し出せなくなるのでは」などの声があったのは事実です。しかし、多くのスタッフがデジタル化の必要性を認識していました。デジタル化の必要性や効果、利点などを丁寧に説明することで、納得した上でデジタル化に踏み切ることができました。

――具体的にどのようなツールを導入したのでしょうか。

橋本:Helpfeelが提供するナレッジ共有サービス「Helpfeel Cosense(ヘルプフィール コセンス)」を導入しました。私がコンタクトセンター向けのセミナーに参加した際、「Helpfeel Cosense」というサービスがあることを偶然知り、興味を持ったのがきっかけです。オペレータが日々の業務の中でナレッジを蓄積できるような環境を模索する中、Helpfeel Cosenseならこうした環境を築けると判断しました。ExcelやWordを使ってマニュアルをデジタル化しさえすればいいのではなく、いかに現場が運用できるか、知見やノウハウを共有できるかに主眼を置きました。

――紙のマニュアルをスキャンするなどしてテキスト化するだけでは不十分だったわけですね。

橋本:今回のHelpfeel Cosense導入を機に、マニュアルをゼロから作り直すことにしたのです。以前の紙のマニュアルには、もはや使わないもの、真偽が怪しいもの、更新したのか不明なものなどが混在していました。あくまでツール導入の目的は、オペレータ業務に役立つマニュアルを作り上げることです。紙のマニュアルの体裁や内容にこだわらず、電話口でどう回答すべきかなどの実務に役立つマニュアルを全員で作り上げることを重視しました。

澤田:きれいにかしこまった文章で書かれたマニュアルは必ずしも実用性が高いとは言えません。周囲の同僚や先輩の電話口での話し方といった暗黙知を共有することこそが、実用的なマニュアルには不可欠だと考えます。伊予銀行様にこうした考えを賛同いただき、コンタクトセンター業務に特化したマニュアル構築を進めることにしました。

写真:Helpfeel Cosense事業開発責任者 澤田智希氏

――導入を決めてから運用を開始するまで、どのくらいの期間を要したのでしょうか。

橋本:導入を決めたのは2024年5月下旬です。それから運用を開始するまでは2ヵ月程度しかかかりませんでした。稟議や決裁に1ヵ月ほど要し、さらに契約締結後1ヵ月程度で運用を開始しました。

――短期間で運用を開始するにあたり、困ったことや心配事はありましたか。

橋本:特に困りごとはありませんでした。Helpfeelの澤田さんに現場に説明していただいたり、ツールの機能や使い方をレクチャーしていただいたりと、率先してサポートしてもらったのが良かったと振り返ります。紙からデジタルへの切り替えに伴う豊富な知見を有し、切り替え時に起こり得る課題や解決先を提示いただけたのも、スムーズな導入を後押ししました。

私がメンバーに説明するより、外部の専門家がデジタルの必要性やツールの効果を説明する方が説得力を高められると思います。現場の納得感も得られるのはないでしょうか。外部の指摘を客観的な情報として受け止めることで、ツールの必要性を理解してもらえたのではと考えます。現場の抵抗感を払しょくできたのは、Helpfeelの方々の丁寧な説明とサポートのおかげです。

澤田:伊予銀行様がHelpfeel Cosenseを導入するにあたり、実際の使い方やメリットなどを、デモを交えながら解説させていただきました。マニュアルとしての使い方を想定し、どの程度のメモを記載すれば十分活用できるのかなどをイメージできるように説明しました。さらに、Helpfeel CosenseはAIを搭載し、ページにメモを書けばその内容を自動的に読みやすく要約する機能を備えています。こうした機能の使い方や効果を事前に説明する機会を設けていただいた点も、現場の理解を得られた一因だと考えます。

もっとも導入当初はすぐに使ってもらえないのではと思い、オペレータ向けにHelpfeel Cosenseの使い方を確認できるFAQを用意していました。しかし、FAQの利用率はわずか16%程度だったのです。多くのオペレータの方々が実際に使いながら操作や機能を覚えていっていたのです。伊予銀行様の場合、現場主導でHelpfeel Cosenseの利用が定着したことも効率性や生産性向上に大きく寄与したのではと考えます。

――Helpfeel Cosenseを具体的にどのように使っているのでしょうか。

橋本:電話応対中に参照するマニュアルとして、これまでの紙同様の使い方を踏襲しています。ただし、応対中に疑問に思ったことや調べたい情報を検索で容易に見つけられるようになりました。キーワードさえ入力すれば、関連するマニュアルや過去のやり取りをすぐ参照することができます。なおHelpfeel Cosenseは、オペレータが書き込んだ内容を自動で要約する機能を備えています。電話で応対しながらでも、伝えるべきポイントや関連するナレッジが把握しやすくなりました。

図:Helpfeel Cosenseの画面イメージ。書き込んだメモに関連する情報を合わせて参照できる

電話応対後のやり取りや気付きを記事として残す用途にも活用します。マニュアルに記事を追記すれば、すべてのオペレータに記事を共有できます。経験の浅いオペレータでも「記事のように回答すればいいのか」と自己判断し、他のオペレータのノウハウを容易に活かせるようになりました。以前は電話を保留にして責任者に確認したり、分厚いマニュアルを読み込んだりしなければなりませんでした。Helpfeel Cosense導入により、オペレータ一人ひとりが問い合わせに対して適切に回答できる機会が増えましたね。まさに私が当所描いたナレッジを共有する環境を築けたのではと感じます。

――導入直後から検索や記事の追記などはすぐ使われ出したのでしょうか。

橋本:はい。事前にツールの使い方などを十分レクチャーしたほか、紙のマニュアルには戻れないという危機感も後押ししたと思います。多くのオペレータが導入と同時に積極的に活用し始めました。導入から約1ヵ月で246件ものマニュアルが作成され、検索による回答精度も日を追って高まっていきました。導入直後は、紙のマニュアルを一部で並行運用していましたが、「役立つ」という実感が高まるにつれ、紙のマニュアルを手放す不安も軽減していったと思います。

――導入から約8ヵ月。実際に使い始めて気付いたことなどありますか。

橋本:導入直後、パートタイムのオペレータがマニュアルに書き込んだ内容を回答例として使われることに懸念がありました。そこで管理者の承認フローをカスタマイズで機能追加しました。オペレータがマニュアルに書き込むと「レビュー待ち」のステータスとなり、管理者の承認後にマニュアルで公開されるようにしました。これにより、精査された記事がマニュアルに追記されるようになりました。ちなみに「レビュー待ち」から承認までに要する時間を計測し、反映されるまでに遅延が発生していないかも把握できるようにしています。

今後は、参照頻度の高いマニュアルを可視化し、利用率の改善に取り組めればと考えます。オペレータの知識レベル維持・向上を目的に、参照頻度の高いマニュアルをもとにテストを作成する機能も追加できればと考えています。Helpfeel Cosenseを別の窓口でも利用することになり、ナレッジを別々ではなく共有することでシナジー向上も見込みます。

――御行ではデジタル化に大きく舵を切りましたが、こうしたデジタル化に踏み出せずにいる企業は依然として多いのが現状です。DXやデジタル化を進めずにいる企業にアドバイスをいただけますか。

橋本:今回のマニュアルのデジタル化で感じたのは、現場の不安解消こそが重要ということです。DXが重要とはいえ、トップダウンで改革を断行するのは必ずしも望ましい姿とは言えません。現場の声に耳を傾け、ツール導入時の不安を解消する方法をきちんと明示すべきです。ツールを導入する際は現場が主体的に関われるよう配慮することも大切です。まずは一部のチームで試行錯誤しながら導入を進め、効果を見ながら段階的に対象部署や事業を拡げていくことも検討すべきだと思います。今回の当行のように、外部の専門家の知識やサポートを積極的に活用することも成功を手繰り寄せる鍵となるのではないでしょうか。

情報提供元: DXマガジン_テクノロジー
記事名:「 伊予銀行が452冊ものコンタクトセンター向けマニュアルをデジタル化、現場の理解と納得感がスムーズな移行を後押し