Xユーザーの赤木継さんは、かつて自身の連載漫画が打ち切られた際、職場の同僚から「辛いだろうけど“エロ堕ち”すんなよ」と励まされたそう。

 “エロ堕ち”という言葉には成人向け漫画を“下に見る”ニュアンスが込められているようすがうかがえますが……プロの漫画家として筆を執った経験のある赤木さんの認識は違いました。

■ 成人向け領域に活躍の場を移すことを“堕ちる”と言うが……実はそっちの方がレベルが高い?

雑誌の休刊で自分のラブコメ漫画が打ち切られた当時は職場とかで「お前…辛いだろうけどエロ堕ちすんなよ」みたいなことよく言われてて、その度に「いやエロ漫画そんなに甘くなくて!めちゃくちゃレベル高くて僕なんかでは到底無理で!……」みたいに成人向け漫画について熱く語るオッサンになってた

 一般向けの領域で活躍していた人が、成人向けの領域に活躍の場を移すことを“堕ち”という言葉を使って表現することがあります。

 “堕”という漢字は、“堕落”という言葉があることからも分かるように、「悪い状態に陥る」という意味を含んでおり、そこから転じて「劣る」「格が下がる」などの意味で使われることもしばしば。

 ですので今回の“エロ堕ち”という表現が意味するところは「『一般向け漫画』で活躍できなくなった人が、活躍するためにレベルを下げて『成人向け漫画』に転向する」ということになると推察できます。

 そんな表現に異を唱えたXユーザーの赤木さん。赤木さんは脳神経外科医でありながら、講談社の青年誌「イブニング」で医療ラブコメ漫画「恋の山井」を連載していた漫画家でもあります。

 現在は脳神経外科医として働きつつ、自身のXアカウントや集英社の漫画投稿サービス「ジャンプルーキー!」に作品を投稿されています。

 プロとして連載を持った経験があるからこそ分かる「成人向け漫画のレベルの高さ」とは一体何なのか。ご本人に詳しい話をうかがいました。

■ 「裸体を描く」と「エロを描く」は違う 赤木さんが教えてくれた成人向け作品の難しさ

-- 「エロ堕ちすんなよ」と言われた当時のことについてお聞かせください。同僚の方は本気で心配しているようなトーンだったのでしょうか?

 いえ、これは連載が終わってしまってヘコんでいた私を励ますために冗談半分に言ってくれたものだと思います。私が連載していたのが医療ラブコメ漫画だったこともあり、「お前ならエロいのも描けちゃうんじゃねーの?」みたいなニュアンスも含まれていたように思います。

 しかし短期間ながらも一応プロの経験がある身からすると「いやいやそんな簡単なものではないですよ!」とつい反論したくなる発言でした。

-- 赤木さんが「成人向け漫画は難しい」と感じたのは、どんなときなのでしょうか?具体的なエピソードがあれば教えてください。

 連載用の漫画を描くにあたり、色々な漫画を参考資料として読んだり模写したりしたときです。

 成人向け漫画やBL漫画も模写したのですが、性描写メインの漫画はコマ割りやセリフのテンポ、キャラのポーズや体格、線の強弱、表情、構図、オノマトペなどが全てエロくなるように計算されているように感じました。

-- 一般向けの漫画を書く場合でも、成人向けやBLを読まれるんですね……。具体的に覚えている表現などはありますか?

 例えば表情に関して言えば、口ひとつに関しても非常に多彩です。口の開け具合や形状、口角の上げ下げの具合、舌の位置や形とトーンの貼り方、歯をどの程度描くか……作家さんごと、その局面ごとにとても細かく調整されていると感じました。

 他にも汗などの液体の表現、吐息の表現も他のジャンルの漫画とは一線を画していますし、時にはそこにいるはずの人間(男性)を透明人間として描いたりお腹の断面図みたいなのが出てきたりすることもあります。これは一朝一夕に身につくものではないなと痛感しました。

-- めちゃくちゃ分かります!!僕も成人向けの2次元コンテンツをそれなりに嗜んできたのですが「エロさは裸体や絡みそのものより『表情』や『液体』などの周辺の表現に宿るよなあ」と常々思ってました!!!

 私もただ単に女性の裸を描けと言われれば素人に「上手いね」と言ってもらえるレベルの絵は描けそうですが、読んだ人の性的な興奮を強烈に引き出すような表現を自分で描き出すことは、何年かかってもできそうにないなと感じました。

-- なるほど。「裸体を描く」と「エロを描く」は似ているようで全く違う、と。赤木さん自身、今後「成人向け漫画に挑戦したい」という気持ちはあるのでしょうか?

 どのジャンルの漫画も大好きですし自分でも描いてみたいので、そのうち成人向けの漫画も描いてみたいと思う日が来るかもしれません。

 ただしプロの先生方が極限まで技術を磨いてエロを追求した高みにあるジャンルですので、将来もし自分で挑戦したいと思ったときには、大変な困難が待っているのは間違いないですね。

* * *

 赤木さんが今回のXのポストで最も伝えたかったのは「決してエロ漫画が“堕ちる”先ではない」ということ。それぞれのジャンルに「違い」はあっても、「優劣」はないのです。

 投稿には実際に漫画を書いていると思しき方からの共感の声が多数寄せられていて、「成人向け漫画は難しい」と感じている人が決して少数派でないことがうかがえます。

 さまざまな方の声を眺めていて特に興味深かったのが、“エロ堕ち”とは逆に“一般堕ち”という表現があること。成人向け領域で自身の技術力に限界を感じた漫画家が、“レベルを下げて”一般向け領域に転向するという意味だそうです。なるほど、そうか、そうなるか。

 ふーむ。まだまだこの世の中には知らない考え方がありますね。

 新しい考えに触れるためにも、今日はこれから成人向け漫画をたくさん読もうと思います。

<記事化協力>
「赤木継」さん(@nougekanow)

(ヨシクラミク)

Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By YoshikuraMiku | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2024122203.html
情報提供元: おたくま経済新聞
記事名:「 エロとは“堕ちる”ものではない!漫画家が語る「成人向け作品のレベルの高さ」