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2023年においても、日本各地で残されているのが「風習」。
その中には、「なぜ?」と傍から見ると不思議に感じるものも存在しますが、信州・長野県では、正月の習わしとして「かにの年取り」というものがあります。
「かにの年取り。正月六日の夜、門口に『かに』と書いた紙を貼る謎の風習。
もとは、川で捕ってきた蟹を串に刺し、かまどの火で『ナニヤクカヤクシジューニクサの作物食虫の口をやくやく』と三度唱えながら火炙りにして、神棚に供えたり門口に飾ったもの。虫除けとも魔除けとも言われている」
Twitterで上記のつぶやきを行ったのは、写真家の三好妙心さん。あわせて、自宅の玄関口に貼られた紙を写した写真を投稿しました。よく見ると、「かに」という文字に蟹のイラストが描かれています。
いたずらの被害報告の類かと思いきや、実はこれ、れっきとした風習。現在長野県茅野市に住んでいる三好さんですが、茅野市のある長野県の南信地域などで古くからある正月文化。新年最初の一週間(松の内/大正月)最終日である1月7日を「七日正月」とし、その前夜に行う「六日年越し」という行事の一環だそうです。
「元々は1月6日に川原で蟹を捕ってきて、それを串刺しにしてかまどの火であぶり、神棚や門口などの入口に飾るんです。ちなみに焼く際には、『ナニカヤクカヤクシジューニクサ』と唱えます」
唱える言葉ですが、読み下すと「何か焼くか薬師十二草」という漢字になりそう。「12」という数字は、薬師信仰で12か寺の薬師如来を巡礼する「十二薬師参り(京都の十二薬師霊場が有名)」というものがあり、薬師とは関係の深い数字でもあります。
季節の変わり目である節分でも見られる、イワシの頭を焼いて門口に飾る「虫の口焼き」の一種という三好さん。ちなみにこれは「害虫駆除」を祈ってのものですが、蟹に関しても同様とのこと。
しかし、なぜ「蟹」なのかは分からないそうです。「ひょっとしたら、地域全体でもはっきり答えられる人はいないかもしれません」。
七日正月にまつわる六日年越しの行事は日本各地で見られ、この時に食される「年取り膳」の中には「年取り魚」が存在します。この「年取り魚」は地域によってさまざまで、イワシのほか長野県の飯田・上伊那地方では出世魚のブリと「栄える」に通じるとされるサケなど、縁起を担いだものが選ばれることが多いようです。
諏訪地域では伝統的に「年取り魚」として蟹を用いているようで、川で魚より採集しやすかったという地理的な要素や、何らかの伝説によって魚ではなく、蟹を用いることになった、と考えられます。諏訪市博物館の「なんでも諏訪百科」によると、本来は川で捕獲したサワガニを長さ15cmほどの串に刺して焼き、家の入口や神棚などの左右に1本ずつそなえるものだったとか。
この投稿には、糸井重里氏も反応するなど、多くの関心を集めています。中には「祖母がやっていました」「甲信越でも見られますね」といった反応も。
それを興味深く見ていたという三好さん。なお、今回投稿した「貼り紙」は、“実物”を捕獲することが難しくなっての代用だそうですが、それを見て真似したのが他ならぬ三好さん自身。
実は三好さんが生まれ育ったのは、長野ではなく大阪府。東京都で写真家として活動した後、東日本大震災を機に移住しました。そして、今回の反響のように貼り紙を目にし、元来の民俗学好きなこともあり、自ら実践するようになったのが「かにの年取り」でした。
「簡略化されたのでやってみようという気になったのですが、『意味』を知れば、時には本物を捕ってみようと思いますね」
移住から10年の時が経ち、今では「長野人」としての顔も色濃くなってきた三好さん。今回多くの興味を持たれたことには「面白い」という感情とともに、山里の古民家に住みながら、地域で失われつつある文化を拾い集めることをライフワークにしていることもあり、こんなことをあわせて話されました。
「『かにの年取り』のような風習に興味を持った人は、願わくば、まずは自分の暮らす土地の風習を掘り起こしてみてほしいです。不思議で愛おしい風習はどこにでもあるもので、当たり前すぎて見過ごされがちです」
「今の感性でやってみるのも楽しいでしょう。地域独特のものも、始まりはそのようなことだったかもしれません。『風習』というのは、人々の暮らしの中で長く長く変容しながら続いてきたものですから」
<記事化協力>
三好妙心さん(@miyoshinsai)
<参考>
諏訪市博物館「何でも諏訪百科」 蟹の年取り
長野県飯田市公式サイト「正月行事」
(向山純平)