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副読本として『山川 詳説世界史図録』がオススメです。
「猫の日本史」を時折書いている身としては、一方的なシンパシーを感じざるを得ないタイトル。エクスナレッジから今年3月に出版された『猫の世界史』であります。
原題はズバリ『CAT』で、著者のキャサリン・M・ロジャーズ氏はニューヨーク市立大学ブルックリン校および大学院センターの名誉教授。『猫の世界史』に掲載の略歴によりますと、元々、18-19世紀の英文学の研究者で、退官後は動物や食物関連の書籍を多く執筆しています(キャサリン教授の著作はこちらから。邦訳本としては『豚肉の歴史』(原題:『PORK』)があります)。
小林秀雄は、昭和45(1970)年8月に、長崎県雲仙で行った青年や学生との対話のなかで「歴史は上手に『思い出す』ことなのです」と語り、また「無常といふ事」では「記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。多くの歴史家が、一種の動物に止まるのは、頭を記憶で一杯にしているので、心を虚しくして思い出す事が出来ないからではあるまいか」とも記しています。『猫の世界史』をペラペラとめくっておりますと、そんな数十年前に接したフレーズがふと、頭の引き出しの奥深くからひょっこり顔を出しました。
悪魔扱いされたり虐待されたり役に立たないもの扱いされたり化け猫にされたりという、猫の“受難“の歴史を目にしたとき、「当時には当時の合理性があって、今の常識や認識とは違う」と解釈するのは、“下手“な思い出し方であり、大事なことを忘れているのです。猫の姿や行動が昔も今も変わらないように、人間のほうだってそんなに変わっていないはずです。つまり当時の人間と、自身を含めた今の人間とは”考え方が違う”別のものではなく、現代の私たちだってちょっとした弾みで”そういう考えに合理性を認めてしまう”ということなのであります。「歴史は上手に『思い出す』」という言葉のなかには、その意味も含まれているはずです。自分のことを過去とを切り離しているとき、それを「思い出す」ことはできないはずだと。
キャサリン女史 がまとめた、猫の歴史を振り返る道のりを辿っていると、人間というのはデタラメで、気まぐれで、生意気で、わがままで、贅沢で、気取り屋で、嘘つきで、あやふやで、いい加減で、それに振り回されてきた猫には申し訳なく思う一方、そんな時代にも、猫を愛する現代の猫ジャーナル読者諸兄のように、猫を愛した人も少なからずいたことがよく分かります。その人たちの心をも上手に思い出しながら、共に暮らす猫や身近な猫への愛情に変えていきたいと思う次第であります。
[猫の世界史/エクスナレッジ]