上の写真で猫とともに写る2017年1月号、そして今年発売された2018年2月号で、猫クラスタをAmazonポチポチ祭りへと走らせた、エクスナレッジ『建築知識』の2年連続猫特集。2017年の特集号は、のちに単行本化されるなど、猫好き定置網漁を駆使したのは、記憶に新しいところかと思います。猫ジャーナルでは、あの建築専門誌が、なぜ猫特集をという疑問を明らかにすべく、先日取材を敢行いたしました。
東京メトロ千代田線乃木坂駅近くの同社ビルにて、『建築知識』編集部の皆さまにお話を伺いましたところ、あの猫特集の一冊が与えた、大きな”変化”があることが見えてきました。編集部員に、そして『建築知識』に与えた変化とは何か。前後篇にわたってお伝えします。
初のペットテーマ特集が”猫特集号”
雑誌『建築知識』は1959(昭和34)年に発刊。今年で創刊から60周年を迎える「読者の9割近くは1級建築士等の建築専門家」という、コテコテの建築専門誌であります。発行元のエクスナレッジは、建築だけにとどまらず、デザイン・生物・コンピューター・ビジネス関連など、多岐にわたるジャンルで書籍を刊行し、生物ジャンルでは、猫以外にもサルトリイヌペンギンクモイカタコウサギの書籍も数多く手がけています。特に、猫書籍のクオリティは高く、書店営業の折には「猫の出版社でしょ?」と言われることもあるほど。
しかし、『建築知識』で動物を特集することは、今までありませんでした。初めてのペット特集が、あの2017年1月号の「猫のための家づくり」だったのです。初めての決断に至った裏側には、専門誌が陥りがちな”マンネリ”があったと、同誌編集長で同社取締役副社長の三輪浩之さんは言います。
「建築は、時代を経てもそれほど変化はしないため、60年も続く雑誌となると『この特集は数年に1回、この特集は毎年1回』といった企画のローテーションが起こります。しかし、それを続けていると部数の売れ行きも厳しくなります。そこで、そのマンネリを変える”ちょっと違う手”として、私が編集サイドとして出した案でした」(三輪編集長)
猫ブームのさなかながら、読者の反応は“未知数”
2017年1月号の企画が猫特集と決まったのは、発売からさかのぼること約半年前。すでにこの時点で『世界で一番美しい猫の図鑑』や『ネコの看取りガイド』『ネコのキモチ解剖図鑑』などの猫書籍がヒットを飛ばし、時は猫ブーム真っ盛り。建築でも猫特集を組み、この時流に乗れないかと三輪さんは考えていました。企画の実現を後押ししたのきっかけの一つには、『ネコの看取りガイド』の著者で東京猫医療センターの獣医師・服部幸さんとのやりとりがありました。
「服部先生は、”猫と住環境との関係性”について、よく話をされていました。猫のお医者さんの立場からは猫の室内飼いが推奨され、それが最近は基本的な飼い方になっています。しかし、建築ジャンルの話としては、そう言われることはなかったんです。猫の室内飼いのための建築という文脈は、『建築知識』ではしたことがない。だから、やってみてもいいんじゃないかと。売れるとは、全然思っていませんでしたが」(三輪編集長)
実は三輪さんは猫の飼い主。猫と暮らす編集長から発想された「猫と暮らす住環境を作る」という特集。しかし『建築知識』の読者には猫を飼っていない方も多いはず。読者からどのような反応が出るか…。「まったく、そこについては、分からなかったです」と三輪さんは振り返りました。
猫飼い主はたった1人。編集部の手探りが始まる
当時の編集部のメンバーのうち、猫を飼っていたのは編集長の三輪さんだけ。猫とともに暮らした経験のない編集部員の“手探り”が始まります。
猫を飼ったことのないメンバーからは「猫特集には、ピンと来なかった」という声もあがっていました。そんな、猫を飼っていない編集者の1人、筒井さんはずっと「この特集は、やめよう。やめたい」と言っていたそうです。
「特集で取り上げるような、猫との暮らし方や、住まいの作り方を、実際に実行している人がいるのかどうかも、最初は分からなかったです。また、建築と猫との両方に詳しい人がいるのかどうかも、それに、そのような暮らし方を求めてる人がいるのかどうかさえも、全然、ピンとこなかったので、『多分、特集にならないな』と思っていました」(編集部・筒井さん)
当時の話を、編集長の三輪さんは、笑いながらこう振り返ります。
「100ページほどある特集ページのうち、30ページしか埋まらないって言われました」(三輪編集長)
編集部がまず始めたのは「人探し」。『建築知識』の誌面として猫特集を成立させるには、「建築」と「猫の生態」とに詳しい人が必要でした。運のいいことに、既存の建築設計者コネクションのなかから、猫に詳しい人が見つかります。さらに、設計者などにヒアリングを行うなかで、「猫を飼っている人から『キャットウオークを作ってほしい』という要望があり、作りはするものの、どうやって作ったらいいか、実はよく分かっていない」という「猫特集」への潜在的なニーズも感じ取ったそうです。
実物がない!→自分で設計!
従来通りの特集企画であれば、テーマに沿った建築や施工事例、図面があり、それを元にして解説を組み立て誌面を構成するという段取りになります。建築物があれば、どのような意図や目的だったか、デザイナーへ取材することができます。ところが猫特集制作で突き当たったのが「事例がない」という困難。「こういう風にすると、猫にとって良い」というアイデアはあるものの、実物がないのです。そこで、猫の行動学者に監修を依頼し、それを建築へと落とし込んでイラスト化する作業は、1級建築士の資格を持つ編集部員が担当しました。
「建築に落とし込むとは、具体的に『幅が何センチ』『穴の大きさは何センチ』と、寸法を言い切ることです。しかし、監修者によってどうしても言うことがまちまちなんです。寸法が決まっていないと設計ができないから『猫がすれ違える寸法は○○センチ』と言い切ることができません。運が良いことに『建築知識』編集部には、3人の1級建築士がいました。設計もできるメンバーが編集部にいるため、内製で家具の寸法や間取りなども作ることができました。こうして、その問題を解決したんです」(三輪編集長)
『建築知識』に必要な“センス”を満たす
これにて一件落着かと思いきや、それだけでは『建築知識』の誌面として成立はしません。毎号追求している”こだわり”というハードルがありました。
「この『建築知識』は、デザイナーをはじめとした建築系の人たちが読むものです。そのため、取り上げた事例の”センスの良さ”はものすごく重要になります。猫のための家であっても、ちゃんとデザインされたものでなければ、本誌の誌面に掲載するものとしては成立しません。キャットウオークやキャットステップも、デザインとして洗練されているのが前提として、そこに、監修者の理論をしっかりと乗せることを追求しました。それが”猫特集”がうまくいった秘訣です」(三輪編集長)
ちなみに、編集部の1級建築士の一人だった筒井さんは、この猫特集号での経験を通じて、現在は猫のあんこさんと暮らしています。猫のベッドやトイレなどの寸法を測るために赴いたペットショップで見つけたそうです。
「それまで、猫という生き物のことを知らなかったのですが、特集を通じて調べて、知るようになって、『なんてかわいい、素敵な生き物なんだろう』と、意識が変わってしまいました」(編集部・筒井さん)
今では、猫飼い主同士の三輪さんと、あんこさん写真を毎日のように見せ合い、建築知識公式Instagramにアップするという、猫溺愛飼い主さんになったのでありました。公私混同もいいところでありまして、全力で叫びたいと思います。「いいぞもっとやれ」。
筒井さんの家に迎えられた猫の一生を変えた、『建築知識』の2017年1月号。変えたのはそれだけではありませんでした。猫特集が変えてしまった、もうひとつのものとは? 明日公開の記事へと続きます。
情報提供元: 猫ジャーナル