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この2つの特異点で、一般相対性理論がうまく機能しない理由は、この場所では重力が非常に小さなスケールで非常に強くなっているためです。
一般相対性理論はマクロな世界を記述する古典物理学の理論のため、微視的な世界で働く重力をうまく取り扱うことはできていません。
一般相対性理論では重力を時空の曲率として表現しています。
投げたボールが地面に落ちるのは、地球の重力が歪めた空間に沿って、ボールが軌跡を曲げ、それが地面と交わるためです。
しかしあまりに微視的な世界では、空間が歪むだけでは重力を記述できません。アインシュタインも生涯この問題に悩んでいました。
そのため、この微視的な世界の強い重力を記述するための新しい理論が必要となります。
そこで、現在考えられているのが「量子重力理論」です。
ただこの理論も「超ひも理論」や「ループ量子重力」など、さまざまな候補が存在していますが、まだ完成されていません。
しかし、そのすべてが同じような方向から問題にアプローチをかけています。
それが「そもそも時空のもっとも基本的な構造とはなんなのか?」ということです。
量子重力理論を考えるとき、いずれの候補理論も、時間と空間が作る最小の構造を見つけ出し、これらが何によって生じているのか? ということを明らかにしないとうまく話が進まないのです。
そして、この疑問に対処する、新しいアプローチが登場しています。
それが「因果集合理論」です。
今回の研究チームの一人、英国リバプール大学の理論物理学者ブルーノ・ベントー氏は時間の本質について研究を行っています。
彼は宇宙の始まりを考えるという今回の研究において、「因果集合理論」と呼ばれるものを採用しました。
あまり聞き馴染みのない理論ですが、「因果集合理論」とはどのような理論でしょうか?
現在の物理学では、時間や空間はなめらかに連続した切れ目や縫い目のない1枚の布のようなものとして捉えられています。
こうした連続した時空では、2つの点は空間的に隙間なく近づけることが可能であり、2つの事象は時間的に隙間なく発生させることが可能です。
しかし、「因果集合理論」では空間と時間をなめらかな連続的につながったものとは考えていません。
この理論では、時空を極限まで分解していくと原子のような離散的(飛び飛びの値で変化する)な塊になると解釈しています。
つまり、時空には最小の基本単位が存在するというのです。
今この記事を読んでいる画面も、なめらかな一枚の画像に見えるでしょうが、当然虫眼鏡などで拡大すれば、それは小さな1ピクセルの画素が並んでいるものだとわかります。
空間も同様に分割されていて、その最小単位以上にはお互い近づくことができないかもしれないというのです。
この考え方の何が重要なのかというと、この理論に従った場合、ビッグバンやブラックホールのような特異点の問題をきれいに取り除くことができるのです。
なぜなら、この理論では時空を無限に小さく圧縮することが不可能だからです。
時空には最小単位の「時空の原子」があり、その大きさを超えて小さくなることはありえないため、特異点が存在しなくなるのです。
では、ビッグバンに特異点がない場合、宇宙の始まりはどのようなものになるのでしょうか?
ベントー氏は、因果集合理論が宇宙の最初の瞬間をどのように表現するか、インペリアル・カレッジ・ロンドンのスタブ・ザレル氏と共同で研究を勧めました。
従来の因果集合理論では、因果集合は無から生じて現在の宇宙まで成長したとされています。
しかし、彼らは、そもそも因果集合に始まりが必要かどうかということを検討しました。
すると、彼らの研究では、因果集合は過去に向かって無限に続き、常に前に何かがある状態となり、ビッグバンという始まりは存在しないことが示されたのです。
彼らの理論によれば、私たちがビッグバンと認識しているものは、この常に存在する因果集合の進化における特定の瞬間に過ぎず、真の始まりではなかった可能性があるとのこと。
ただ、この理論はまだ少数の物理学者が注目する理論でしかなく、論文も査読付き科学雑誌へは掲載されていません。
宇宙の過去が無限にあるということが、物理的に何を意味しているのかも、まだよくわかりません。
とはいえ、「宇宙に始まりがない」と言うことは、少なくとも数学的には可能なことなのです。
※この記事は2021年10月に公開したものを再掲載しています。
参考文献
The Universe May Have Never Begun, Physicists Say
https://www.sciencealert.com/the-universe-may-have-never-begun-physicists-say
時間と空間の起源
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v10/n11/%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%A8%E7%A9%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90/48359
元論文
If time had no beginning
https://arxiv.org/abs/2109.11953
ライター
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者
ナゾロジー 編集部