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現在、アメリカでは3000万人もの人々が抗うつ薬を服用しています。
これは総人口3億2000万人の約10%にあたる割合となっています。
そんな中でもSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)の需要は特に多いことが知られています。
ですがこれまでの研究では、人間が服用したSSRIの「その後」については、十分になされていませんでした。
人体に吸収されたSSRIの大半は肝臓などで分解され効力を失う一方で、分解しきれなかった残りは糞尿に混じって薬効を維持したまま排出されます。
個々の人々が排出するSSRIは微量ですが、服用者の母数が巨大なため、排出されるSSRIの量もまた膨大になります。
現代のアメリカにおいて糞尿の多くは下水を通って廃水処理場で浄化されますが、残念ながら医薬化合物の全てを分解できるわけではありません。
そこで今回、フロリダ大学の研究者たちは一般的な河川にも含まれているSSRI(シタロプラム:商品名セレクサ)がザリガニに対してどのような影響を与えるか調べることにしました。
研究者たちは特殊な水槽を用意し、SSRIを環境を反映し得る適度な量(0.5マイクログラム / リットル)になるように加えました。
結果、SSRIを吸収したザリガニは通常に比べて行動が著しく大胆化していることがわかりました。
普通のザリガニはエサの匂いを漂わせても、直ぐには住処から出ずに慎重な行動をとりますが、SSRIを吸収したザリガニはいち早く住処から出ただけでなく、エサを探す時間も多くなっていました。
またエサに対して貪欲化は、自然なザリガニの優先順位を狂わせ、仲間の匂いに対する相対的な興味を失わせることにもつながりました。
この結果は、ザリガニの行動がSSRIによって変化してしまったことを示唆します。
SSRIは人間に対して、気分を楽にしたり不安を解消させるといった効果がありますが、ザリガニに対しても、似たような効果があるのかもしれません。
今回の研究により、人間用の抗うつ薬(SSRI)が、ザリガニに対して行動変化を引き起こす要因であることが示されました。
SSRIによってザリガニはより大胆になり、エサに対して貪欲になりましたが、この変化は必ずしもザリガニにとってプラスではありません。
警戒心を忘れた大胆な行動は捕食者に対して脆弱になり、ザリガニ自身の身の危険を増やし、結果的に種の衰退につながる恐れがあるからです。
研究者たちは今後、ザリガニ以外の水生生物に対するSSRIの効果を調べていくとのこと。
ザリガニに起きたような行動変化が他の無数の水生生物に対しても起きている場合、生態系全体に甚大な影響が起きている可能性が考えられるでしょう。
※この記事は2021年6月公開のものを再掲載したものです。
参考文献
FLUSHED ANTIDEPRESSANTS MAKE THIS ANIMAL UNUSUALLY “BOLD,” SCIENTISTS DISCOVER
https://www.inverse.com/science/crayfish-antidepressants-in-waterways-septic-water-treatment
元論文
Exposure to a common antidepressant alters crayfish behavior and has potential subsequent ecosystem impacts
https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecs2.3527
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?