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そこで用いられたのが「腹部カメラ」という大胆なアプローチです。
2021年から2023年にかけて、岩手県の船越大島で繁殖するオオミズナギドリに小型ビデオカメラを取り付け、採餌のための飛行中に排泄腔を映し続けました。
合計で約36時間に及ぶ映像からは、195回の排泄行動が記録されました。
解析の結果、オオミズナギドリは平均して4〜10分ごとに排泄を行い、そのリズムは非常に正確で、ほとんど誤差数分以内に収まっていたのです。
さらに重要なのは、その排泄のタイミングです。
195回のうち、ほぼすべてが飛行中に行われ、海に浮かんでいる間には排泄しませんでした。
例外はわずか1回だけであり、この鳥たちは「浮かんでいるときには絶対にトイレをしない」という強い傾向を示しました。
興味深いのは、離水直後に排泄する行動が頻繁に見られたことです。
記録された最初の排泄のうち36.6%は離陸10秒以内、50%は30秒以内に行われていました。
中には「糞をするために一度だけ飛び立ち、すぐに着水する」という行動も確認されました。
つまり、オオミズナギドリは「飛ばないとウンチができない鳥」だと言えるのです。
では、なぜ彼らはわざわざエネルギーを使って飛びながら排泄するのでしょうか。
チームはその理由をいくつか挙げています。
1つ目は病原体との接触を避けるためです。
鳥の糞にはさまざまな病原菌やウイルスが含まれており、水面で排泄すると自分の身体や排泄腔が汚染されるリスクがあります。
飛行中に排泄すれば、風で拡散され、自身へのリスクを最小化できます。
2つ目は捕食者の存在です。
サメやアザラシなどは糞の匂いや痕跡に反応する可能性があります。
もし海面で排泄すれば、それが捕食者を呼び寄せる危険信号になりかねません。
飛行中であれば、糞はすぐに海に散らばり、痕跡を残さずに済みます。
3つ目は排泄姿勢の問題です。
飛行中は体勢が安定して腹圧をかけやすい一方、海面に浮かんだ姿勢では排泄に不利かもしれません。
実際、地上では座った姿勢で排泄する鳥も多いことから、海面浮遊中は姿勢的に適していない可能性があります。
この排泄行動には、生態系レベルでも大きな意味があります。
研究によれば、オオミズナギドリは1時間に体重の約5%に相当する30gもの糞を排出していると推定されます。
これは陸上で観察されていた数値よりもはるかに多く、飛行中に体重を減らすことで飛行効率を高めている可能性も示唆されます。
また、この大量の糞は海に栄養を供給します。
オオミズナギドリのような海鳥は世界に数億羽存在しており、群れで採餌する場所では糞によって局所的に栄養塩が増えると考えられます。
これはプランクトンや魚類の生産性を支える仕組みの一部になるかもしれません。
さらに、公衆衛生上の観点も重要です。
近年、鳥インフルエンザが海鳥の間で広がっており、糞を介した感染が大きな要因とされています。
異なる繁殖地から集まる海鳥が外洋で同じ餌場を利用する際、飛行中にばらまかれる糞が感染拡大を引き起こす可能性があるのです。
今回の発見は、海洋における病原体伝播の理解にもつながる重要な手がかりといえます。
参考文献
海鳥のトイレ事情を解明 ―排泄のタイミングを腹部カメラで観察―
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2025/20250819.html
元論文
Periodic excretion patterns of seabirds in flight
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.06.058
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部