オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)を中心とする研究チームは、古細菌と細菌が糸のように細いナノチューブで直接つながっていることを発見。

このナノチューブは細菌側から伸びている細胞膜で覆われており、古細菌の表面や表面にある突起部分にダイレクトに接続されていました。

研究者たちは、この不思議なナノチューブを通して、古細菌は水素ガスなどのエネルギー源となる物質を提供し、細菌はビタミンやアミノ酸といった栄養素を合成してお互いに交換している可能性があるといいます。

研究チームは、こうした微生物同士の協力関係が20億年前に起きた真核生物(核を持つ複雑な細胞)の誕生に結びついた可能性を指摘しています。

果たして、微生物たちがナノチューブを通じて物質をやり取りする姿は、私たち自身の起源の謎を解く鍵になるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月30日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 真核生物誕生への鍵を握る古細菌
  • 古細菌と細菌が連結している
  • 新発見がもたらす生命進化への新視点

真核生物誕生への鍵を握る古細菌

真核生物誕生への鍵を握る古細菌 / Credit:wikipedia

地球上の生き物は、大きく分けて細菌・古細菌・真核生物(細胞の中に核を持つ複雑な生物)の三つのグループに分けられます。

私たち人間や動物、植物はすべて真核生物に属し、その細胞の中には核のほかにミトコンドリア(エネルギーを生み出す小さな器官)など、さまざまな小器官があります。

一方で、細菌と古細菌の細胞はより単純で、核や複雑な小器官を持ちません。

しかし遺伝子を詳しく調べると、古細菌は細菌よりも真核生物に近い系統であることが分かっています。

そのため、多くの科学者は古細菌の一種と細菌が互いに助け合う共生関係を築き、最終的に一つの細胞として融合した結果、真核生物が誕生したと考えています。

この説は細胞内共生説(ある細胞が別の細胞の中に取り込まれて共存するという考え方)として知られています。

ところが、こうした細胞内共生がどのように始まり、どのようにして深い関係へ発展したのかは、いまだ多くの謎に包まれています。

現代にも細菌と古細菌は存在しますが、特に古細菌は試験管内で培養するのがとても難しく、その生態を詳しく調べるのは困難でした。

近年注目を集めているのが「アスガルド古細菌」というグループです。

これは北欧神話の神々(ロキやオーディンなど)にちなみ命名された古細菌で、真核生物に特有のタンパク質を数多く持つ珍しい古細菌です。

アスガルド古細菌は、現在知られている生物の中で最も真核生物に近いグループと考えられています。

そのため、アスガルド古細菌と細菌の共生関係を解明することは、真核生物の起源を探る重要な手がかりになると期待されています。

とはいえ、アスガルド古細菌は成長が遅く個体数も少ないため、詳細な研究は容易ではありません。

そこで研究チームは、太古の地球環境を現代に残す場所で調査を行うことにしました。

彼らが注目したのは、西オーストラリアのシャーク湾ハメリンプールに広がる微生物マット(さまざまな微生物が層を成して暮らす「微生物の集合住宅」)です。

微生物マットの表層には光合成を行うシアノバクテリアが多く、酸素を生み出しています。

一方、酸素が届かない深部には細菌と古細菌が共存し、お互いが作り出した物質を交換しながら暮らしています。

この環境は二十億年以上前の地球にも存在していたと考えられ、真核生物誕生の舞台を探るうえで格好のモデルになるかもしれません。

そこで研究チームはこの微生物マットからアスガルド古細菌を培養し、細菌との関係を詳しく解析することで、真核生物誕生の謎に迫ろうとしています。

古細菌と細菌が連結している

古細菌と細菌が連結している / Credit:An Asgard archaeon from a modern analog of ancient microbial mats

まず、研究チームはオーストラリアにあるシャーク湾ハメリンプールの微生物マット(多種類の微生物が層状に集まった塊)から泥を採取しました。

そして、採取した泥を嫌気性(酸素がない状態)の培地で培養しました。

この培地には、古細菌が好む栄養分を加え、さらに抗生物質も使って、古細菌が他の微生物より多く育つように調整しました。

数か月間、温度を30℃に保ちながら培養を繰り返したところ、肉眼では見えないほど小さなフロック(微生物が集まった塊)が培養液の中に現れました。

このフロックのDNAを調べてみると、なんと約89%がアスガルド古細菌というグループの新種で占められていました。

一方で約9%は硫酸還元細菌(硫酸を利用してエネルギーを得る細菌)という新種の細菌が占めていました。

また、ほかにもわずかに別の微生物がいましたが、この古細菌と細菌はいつもセットで検出されました。

そのため、この2種類の微生物はお互いに深く関わりあい、切り離せない関係にあると考えられました。

研究チームはこの新しい古細菌を「Nerearchaeum marumarumayae(ネレアルカエウム・マルマルマヤエ)」、新しい細菌を「Stromatodesulfovibrio nilemahensis(ストロマトデスルフォビブリオ・ニレマヘンシス)」と名付けました。

次に、これらの微生物の姿を詳しく調べるため、「クライオ電子トモグラフィー」という特殊な顕微鏡を使いました。

これは微生物を凍らせたまま、細胞の立体的な構造を見ることができる最新技術です。

この観察で、古細菌の細胞は驚くべき特徴を見せました。

まず細胞本体は丸く、そこから細胞質が入った細長い管のような突起が伸び、いくつもの細胞が数珠つなぎになっていました。

まるで細胞同士がひもでつながったような、不思議な姿でした。

また、細胞表面には直径0.1μm(マイクロメートル、100万分の1メートル)ほどの小さな袋状の構造(小胞)が次々と生じていました。

これらの小胞同士や細胞本体とは、クモの巣のように非常に細い繊維でつながっていました。

さらに細胞内部には、幅が約4.5nm(ナノメートル、10億分の1メートル)の非常に細い糸状の構造(フィラメント)が観察されました。

真核生物が持つ「アクチン」と似たフィラメントは見られませんでしたが、細胞骨格(細胞を支える骨組み)を作るタンパク質である「チューブリン」の遺伝子は持っていました。

この遺伝子が古細菌の中でどのような働きをしているのかは、今後の研究で明らかになるかもしれません。

このような細胞内部の構造は、真核生物(ヒトや動植物のような複雑な生き物)の細胞構造と似ている部分があり、進化の過程を探る上でとても興味深い発見です。

一方、細菌側の細胞にも重要な特徴がありました。

細菌から古細菌に向かって、ナノメートル単位の非常に細いチューブが伸びていて、古細菌の細胞や突起に直接つながっていました。

まさに「糸電話」のように細菌が古細菌にチューブを伸ばし、両者が直接つながっているのです。

さらに詳しく調べると、このチューブの付け根には膜を貫くタンパク質複合体が見え、細菌が組み立てたナノチューブで古細菌に接続していると考えられます。

つまり、細菌が自分から古細菌に向かって「ホース」を伸ばすように、積極的につながっているのです。

ゲノム解析(遺伝子を調べること)の結果から、この古細菌と細菌はお互いに役割分担をしていることも判明しました。

古細菌は栄養を分解してエネルギーを作る際に、水素ガスや酢酸、ギ酸などを副産物として作ることができます。

一方で細菌はこれらを利用して成長することができ、さらに古細菌が自分で作れないビタミンやアミノ酸を合成できます。

このため細菌は古細菌にとって栄養を供給する役割を果たしている可能性があります。

こうして、古細菌がエネルギーを作って細菌に渡し、細菌が栄養を作って古細菌に渡すという、お互いが得意分野を活かしあった関係が生まれていると考えられます。

このような関係は専門用語で「合成栄養(シントロフィー)」と呼ばれ、以前から仮説として知られていたものです。

今回の観察で、この関係が実際に存在する可能性が示されました。

ただし、観察されたナノチューブが本当に栄養やエネルギーを直接やり取りする通路になっているかどうかは、今後さらに詳しい研究が必要です。

新発見がもたらす生命進化への新視点

古細菌と細菌がナノサイズのチューブで直結し、代謝物を融通し合っている――この姿は、真核生物の起源に関する進化ストーリーの一幕を実際に切り取ったかのようです。

研究チームも論文の中で、この相互作用が真核細胞の共生進化の初期段階を反映する可能性を示唆しています。

すなわち、20億年前の祖先的な古細菌と細菌もこのように手を取り合い、徐々に相棒関係を深めていったのではないか、というわけです。

最初は「糸電話」で外から会話していた関係が、やがて相手なしでは生きられないほどに密接になり、ついには片方がもう片方の細胞内に住み込むような完全なる共生(内共生)へと発展したとしても不思議ではありません。

今回の発見は、真核生物の共生進化の初期段階を思い起こさせる可能性を示した点に意義があります。

とはいえ、注意すべき重要な点は、研究者たちが実際に物質の受け渡しそのものを直接観察したわけではないということです。

ナノチューブでつながっている場面は確認できましたが、水素や栄養分子がその管を通って行き交う瞬間を捉えたわけではありません(そこまでの高解像度での可視化や測定は現段階では難しいでしょう)。

あくまでゲノム情報と形態観察から「交換しているはずだ」と推測している段階であり、この“小包交換”が起きている確証を得るには今後さらなる研究が必要です。

それでも、古細菌と細菌の直接的なつながりを見出した今回の成果は、生命進化の謎に迫る上で画期的な一歩です。

生命史上最大の発明とも言える真核細胞の誕生に関して、仮説として知られていた共生のシナリオと実在の生物たちの姿がピタリと重なることを示しています。

私たち人類の細胞のルーツである「共生の絆」が、海岸の浅瀬の小さな微生物たちの間で今も続いているかもしれないと考えると、非常に興味深いです。

この発見は、地球上でいかにして複雑な生命が生まれ得たのかを理解する手がかりとなるだけでなく、極限環境における生態系や生命の適応戦略についても新たな視点を提供してくれるでしょう。

今後、交換される「エネルギー小包」の中身を直接確かめたり、他の古細菌でも似た現象が起きているかを調べたりすることで、生命進化の物語はさらに具体的な姿を私たちに見せてくれるに違いありません。

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元論文

An Asgard archaeon from a modern analog of ancient microbial mats
https://doi.org/10.1101/2025.07.22.663070

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 細菌と古細菌との間の接続管を発見