頭の中だけでつぶやいた言葉が、そのまま外に伝わる。

そんなSF的な未来が現実に近づいています。

米スタンフォード大学(SU)による新たな研究で、脳内の「ひとりごと(内的言葉)」を解読できるブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)が開発されました。

これにより、発話が困難な人々のコミュニケーションを大きく変える可能性がある一方で、プライバシーに関する新たな課題も浮かび上がっています。

研究の詳細は2025年8月14日付で科学雑誌『Cell』に掲載されました。

目次

  • 脳が生む「心の声」を読み取る
  • 諸刃の剣?コミュニケーションの未来とプライバシーの課題

脳が生む「心の声」を読み取る

人は日常的に「心の声」を使っています。

頭の中で文章を黙読したり、次にやることを段取りしたり、心の中で「3、2、1」と数えたり──これらはすべて「内的言葉」と呼ばれる現象です。

研究チームは、脳卒中やALS(筋萎縮性側索硬化症)などで言葉を発することが困難な4人の参加者の脳に微小な電極を埋め込み、その活動を記録しました。

参加者は「実際に声に出す」「声に出そうとする」「心の中で言う」「読む」「聞く」といった複数の課題を行い、脳信号の違いが解析されました。

その結果、脳の「運動皮質」と呼ばれる領域では、実際に声を出すときと心の中で同じ言葉をつぶやくときで、非常によく似た活動パターンが生じていることが確認されました。

ただし、内的言葉は声を出そうとする場合に比べて全体的に弱い信号しか発していません。

それでもAIを用いたモデルは、この微弱な信号から驚くほどの精度で言葉を復元することに成功しました。

さらに研究では、参加者に実際に声を出さなくても「心の中で文を話す」よう指示すると、その文をリアルタイムで解読することに成功しました。

最大12万5000語という大規模な語彙の中から、誤り率26〜54%の範囲で文を当てることができ、これは内的言葉の解読としては過去最高の精度です。

興味深いことに、チームは「無意識に生じる心の声」までも検出できることを示しました。

例えば、画面に表示された矢印の並びを覚える課題では、多くの参加者が「上、右、上」といった具合に心の中で言葉を繰り返していたと考えられ、その信号をBCIが捉えることができたのです。

また「数を数える課題」では、頭の中で進行している数字のカウントが実際に脳信号から読み取られました。

つまりこの技術は、単に「指示された心の声」を読むだけでなく、自然に生じる内的言葉まで拾い上げてしまう可能性があることを示したのです。

諸刃の剣?コミュニケーションの未来とプライバシーの課題

この成果は、言葉を発することが困難な人々にとって大きな希望です。

従来のBCIは「声に出して話そうとする動作」を前提にしていましたが、それには口や喉の筋肉を動かそうとする意図が必要で、利用者には大きな負担がかかりました。

内的言葉を直接読み取れるようになれば、呼吸や筋肉の制御が難しい人でも、より自然に、そして疲労感を少なくコミュニケーションできる可能性があります。

実際に参加者たちも、声を出そうとするより「心の中で言う」方が楽で自然だと報告しています。

将来的には、通常の会話に近い速度でのコミュニケーション回復につながると期待されています。

一方で、この技術は新たな倫理的問題を提起します。

もしBCIが無意識の内的言葉まで読み取れるとしたら、「本当は言うつもりのなかった心の声」が外に漏れてしまう危険があるのです。

これは「精神的プライバシー」を侵害するリスクとして、多くの専門家が懸念しています。

チームはこの問題に対処するため、いくつかの安全策を考案しました。

ひとつは「イメージ抑制型学習」と呼ばれる方法で、内的言葉を「沈黙」として学習させ、BCIが勝手に心の声を解読しないようにするものです。

もうひとつは「キーワード方式」で、ユーザーが特定の合言葉(実験では「chitty chitty bang bang」)を心の中で唱えたときだけBCIが解読を開始する仕組みです。

実験では、この合言葉の検出精度が98%を超えました。

さらに、脳信号の中には「話そうとする意図」と「心の中でつぶやく」状態を区別できる特徴が存在することも確認されました。

これにより、将来的には「意図しない心の声」が勝手に解読されるリスクをかなり抑えられる可能性があります。

つまり、チームは「心の声を解読する技術」と「心の声を守る技術」を同時に発展させようとしているのです。

脳が生み出す「ひとりごと」を解読する技術は、失われた声を取り戻す大きな一歩です。

まだ誤りも多く、自由な思考を完全に読み取れる段階にはありませんが、発話障害を持つ人々にとっては新たな希望となります。

同時に、この技術は「心の中まで読み取られる社会」への不安をも呼び起こします。

鍵となるのは、利用者が安心して使える仕組みをどう作るかという点です。

研究者たちは「解読」と「保護」の両立を目指しながら、脳と機械をつなぐ未来への扉を少しずつ開きつつあります。

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参考文献

Brain device that reads inner thoughts aloud inspires strategies to protect mental privacy
https://www.science.org/content/article/brain-device-reads-inner-thoughts-aloud-inspires-strategies-protect-mental-privacy

Scientists develop interface that ‘reads’ thoughts from speech-impaired patients
https://news.stanford.edu/stories/2025/08/study-inner-speech-decoding-device-patients-paralysis

元論文

Inner speech in motor cortex and implications for speech neuroprostheses
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.06.015

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 頭の中の「ひとりごと」を読み取れる脳インプラント技術を開発