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「脳を食べるアメーバ」と聞くと、まるでホラー映画のように思えるかもしれません。
しかしそれは架空の存在ではなく、実在する微生物なのです。
この生物の正式名称はフォーラーネグレリア(Naegleria fowleri)。
原生生物に分類されるアメーバの一種で、ふだんは温かい淡水や湿った土壌に静かに存在しています。
彼らの主な目的は“脳を食べること”ではありません。
本来は細菌を餌として生きており、人間を狙う意図はありません。
しかし、偶然に人間の鼻腔に入り込んでしまうと話は別です。
フォーラーネグレリアは、鼻から侵入し、神経を経由しながら脳内に入り込むと考えられています。
そして一旦脳に入ると、神経細胞やグリア細胞にまとわりつき、酵素で細胞膜を溶かしたうえで、細胞ごと取り込んで分解します。
“食べる”という表現がまさに当てはまる恐ろしいプロセスであり、これが「脳食いアメーバ」と呼ばれる所以です。
このアメーバによる感染症は原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)と呼ばれ、発症すると急速に脳が腫れ上がり、強烈な頭痛、発熱、幻覚、錯乱、さらには昏睡状態へと至ります。
そしてそのほとんどが、7〜10日以内に死亡するという極めて致命的な経過を辿ります。
アメリカのCDC(疾病予防管理センター)によると、1962年から2024年までの間に167件の感染が報告されています。
致死率はおよそ97%とされ、世界でも最も致命的な感染症のひとつです。
このように、「脳食いアメーバ」は特定の地域に限定されず、世界中の温かい淡水環境に存在するのです。
そして今回、オーストラリアの“安全なはずの水道水”から検出されたことにより、この脅威はさらなる注目を集めています。
事の発端は、クイーンズランド州のチャーリービル(Charleville)とオーガテラ(Augathella)という2つの小さな町でした。
クイーンズランド州マーウェ・シャイア(Murweh Shire)が水道水の品質調査を行う中で、フォーラーネグレリアが水道水から検出されたのです。
この調査はクイーンズランド州保健省(Queensland Health)が、地元の大学と共同で進めていた包括的な水質評価プロジェクトの一環でした。
通常、フォーラーネグレリアは塩素処理で不活性化されるとされていますが、処理の不完全さや水温の条件によっては生存している可能性もあります。
今回の検出はそのリスクを示す実例となりました。
これに対し、クイーンズランド州保健当局は「鼻に水を入れない限り、感染のリスクは極めて低い」としつつも、顔を洗う際やシャワーの際は水が鼻に入らないよう注意するよう警告を出しました。
また、子どもがホースやスプリンクラーで遊ぶ際にも水を鼻に入れないよう、保護者に監督を求める声明も出されています。
なぜ処理済みの水道水にフォーラーネグレリアが存在していたのか、現在、原因を調査中です。
このアメーバは25〜45℃の温水を好み、近年の地球温暖化の影響で生息域が拡大していることが科学者たちによって指摘されています。
今後、こうした感染例はますます増加する可能性があるのです。
ちなみに日本国内では、フォーラーネグレリアによる感染例は極めて稀です。
また、しっかりと塩素処理された水道水を飲むだけでは感染することはありません。
問題は「水が鼻に入ること」なので、適切な衛生管理をしていれば、恐れる必要はないのです。
とはいえ、「安全だと思っていた水の中に見えない脅威が潜んでいるかもしれない」と考えると、普段何気なく使っている水にも慎重さを持つことの大切さを改めて感じさせられますね。
参考文献
‘Brain-eating amoeba’with 97% fatality rate found in tap water
https://newatlas.com/infectious-diseases/brain-eating-amoeba-water/
Potentially deadly brain-eating amoeba found in Charleville, Augathella’s water supply
https://www.abc.net.au/news/2025-08-11/naegleria-fowleri-murweh-shire-rural-queensland-drinking-water/105636078
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部