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これらの銀貨は「ダイ」と呼ばれる型を使った鋳造方式で作られました。
無地の金属円盤を型に押し当て、両面に模様を刻印する技術です。
この方法は同じ型を繰り返し使えるため、遠く離れた地域で同じデザインの硬貨が流通する可能性があります。
古代中国の史書には、紀元2世紀の段階で東南アジア諸国が近東から中国に至る交易ネットワークの重要拠点であったことが記録されています。
発掘調査でも、ローマのガラス器、インドの宝飾品、ペルシャや西南アジア、中国の陶磁器など、多様な輸入品が出土しており、広域的な交易の存在を裏づけています。
しかし、こうした銀貨は、ローマや中央アジアの古代通貨に比べて研究が進んでおらず、多くの場合、現代の国境を基準に分類されてきました。
そのため、本来の経済的・文化的ネットワークの全貌は見えていませんでした。
今回の分析で最も衝撃的だったのは、バングラデシュとベトナムで出土した2枚の硬貨が、同じ型から作られていたと判明したことです。
現在の地図で見ると、バングラデシュはインド亜大陸の東端、ベトナムはインドシナ半島の東側に位置します。
両国はインド洋と南シナ海を隔て、直線距離で約3000キロ以上。
現代でも飛行機で数時間かかる距離です。
そんな遠隔地で同一型の硬貨が見つかった事実は、古代において通貨が長距離を移動し、広域に流通していたことを強く裏づけます。
貨幣は単なる交換手段にとどまらず、港町や集落の発展、交易ルートの形成、さらには政治的同盟の構築にまで影響を与えていた可能性があります。
研究ではまた、貨幣経済の規模や政治的つながりが時代によって大きく変化していたことも示されています。
ある時期には広域で統一された貨幣が流通し、別の時期には地域ごとに異なる通貨が使われていたこともあったと考えられます。
さらに、この型分析は文化遺産保護の面でも重要です。
ミャンマー内戦などの紛争下では、古代の硬貨が盗掘され、不法に取引されるケースが後を絶ちません。
型の一致や製造技術の特徴を手がかりにすることで、出所の追跡や偽造品の特定が可能になり、不正な市場流通を抑止できると期待されています。
今回の「昇る太陽」銀貨の研究は、古代東南アジアが広大な交易圏を持ち、貨幣がその中心的な役割を果たしていたことを鮮やかに浮かび上がらせました。
バングラデシュからベトナムまで同じ型の硬貨が届いていた事実は、現代の国境では想像しにくいほど密接なつながりがあった証拠です。
貨幣は単なる金属片ではなく、当時の経済、政治、文化を映し出す「小さな歴史書」だったのです。
参考文献
Ancient ‘Rising Sun’coins show connections from Bangladesh to Vietnam
https://phys.org/news/2025-08-ancient-sun-coins-bangladesh-vietnam.html
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部