宇宙空間で自分の位置を知るために、もしGPSがなかったらどうすればよいでしょうか?

実は、その答えは星空にあります。

アメリカのサウスウエスト研究所(SwRI)を中心とする国際研究チームはNASAの無人探査機「ニューホライズンズ」が、地球から遠く離れた太陽系の果てで、自分自身の位置を恒星の画像を利用して測定することに初めて成功したと発表しました。

この実験で使われた方法は、地球からの電波やGPSの助けを借りずに宇宙船が地球との星の見え方の違い(星の視差)だけを頼りに自らの位置を割り出した画期的なものです。

星空を頼りにした「古くて新しい航法」は、未来の宇宙旅行や恒星間探査の鍵となるかもしれません。

では実際に宇宙船は星を見ただけで、どのくらい正確に自分の居場所を特定できたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年6月30日に『The Astronomical Journal』にて発表されました。

目次

  • 星の航法が宇宙探査に復活した理由とは?
  • 太古と同じく「星をみる」宇宙探査船
  • 宇宙探査の未来を変える「星のナビゲーション」の将来性

星の航法が宇宙探査に復活した理由とは?

星の航法が宇宙探査に復活した理由とは? / Credit:Canva

遠い旅先でスマートフォンのバッテリーが切れてしまったとき、思わず心細さを感じることはありませんか?

地図アプリも使えず、誰かに助けを求めることも難しい状況では、道しるべになるものは周囲の風景や空の星だけかもしれません。

宇宙空間を旅する探査機も、同じような問題に直面しています。

地球の周りではGPS衛星からの信号が探査機の位置を正確に教えてくれますが、地球から離れるほどこの方法は役に立たなくなります。

たとえば火星にいる探査機ですら、地球との通信に往復数十分もかかります。

さらに地球から何光年も離れた場所に探査機があった場合は、その位置を地球からの電波に頼って測定していては、情報が得られる頃には元の位置からだいぶ離れてしまうため、探査機にとってリアルタイムの位置測定には役立ちません。

そこでNASAが考えたのは、はるか昔に船乗りたちが使っていた「星を目印にする」というシンプルなアイデアでした。

これは古代ポリネシアの人々が太平洋を渡ったときや、大航海時代の船乗りたちが未知の海を進んだときに頼った方法とほとんど同じ原理です。

夜空の星の位置を正確に把握し、それを目印にすれば、自分がどこにいるかを知ることができます。

とはいえ宇宙空間では、地上とはまったく違うスケールの精度が必要になります。

地球から見える星座の形は何百年経ってもほぼ変わらず、星の位置は固定されているように見えます。

しかし実際は、観測する場所が大きく変わると、星はわずかに動いて見えるのです。

地球が太陽の周りを回るだけでも星の位置が微妙に動いて見え、この現象を使って19世紀から星までの距離を測ってきました。

では、宇宙船が地球からもっと遠く離れた場所に行けばどうなるのでしょうか?

たとえば、地球から数十億キロという遥か遠くの視点から星を見れば、その位置は地球から見る場合よりもはっきりとずれて見えるはずです。

こうした星の位置の微妙なズレを「視差(パララックス)」と呼びますが、これを使えば探査機自身が地球との距離や銀河系内の位置を正確に知ることができるかもしれません。

しかし実際に星の視差だけを使って探査機が自らの位置を測定する試みは、これまで一度も行われたことがありませんでした。

本当にそんなことが可能なのでしょうか?

太古と同じく「星をみる」宇宙探査船

太古と同じく「星をみる」宇宙探査船 / 地球(左)とニューホライズンズ(右)が撮影したプロキシマ・ケンタウリ(中央)とその恒星野の画像が並べて表示されています。画像ペアは、視差が立体視でも認識できるように、共通の画像スケール、視野、方向に準備されています。上のペアは、「交差視(寄り目で見る)」用に配置されています。/Credit:A Demonstration of Interstellar Navigation Using New Horizons

自分自身の位置を「星の視差だけ」で割り出せるのでしょうか?

この謎を解明するために研究者たちが最初に行ったのは、宇宙探査機ニューホライズンズの位置を利用した「巨大な目の幅」を確保することでした。

私たち人間が目を交互に閉じて指を見たときに、指が左右に動くように感じるのと同じ効果を、宇宙の規模で再現するためです。

人間の両目の距離はせいぜい数センチですが、ニューホライズンズは地球から約47.1天文単位(約70億キロメートル)という巨大な「目の幅」を持っていました。

これだけ離れた2つの地点から同時に星を見ることで、星の位置のズレ(視差)が明確に観測できるのではないかと考えたのです。

答えを得るため研究者たちは、まず地球に最も近い恒星「プロキシマ・ケンタウリ」と、6番目に近い「ウルフ359」という星を選びました。

プロキシマ・ケンタウリは地球から約4.246光年離れた赤色矮星で、ウルフ359も約7.9光年離れた赤色矮星です。

どちらも地球に近いため、視差が大きく現れると予測されました。

そして2020年4月22〜23日にかけて、ニューホライズンズが宇宙空間からこれらの星の画像を撮影しました。

同じタイミングで地球上の望遠鏡も、まったく同じ2つの星の写真を撮影します。

これにより、同時刻の星の見え方を「地球から見た場合」と「探査機から見た場合」で直接比較できるようにしたのです。

その結果はまさに予想通り、いや予想を上回るほど明確でした。

探査機が撮影した2つの星は、地球から見た位置と明らかにずれて写っていました。

そのズレを具体的な数値にするとプロキシマ・ケンタウリでは約32.4秒角、ウルフ359では約15.7秒角というものでした。

秒角とは何か?

「秒角(びょうかく)」という言葉は、天文学で星の位置や距離を表現するときによく使われる単位です。でも、この秒角という言葉は普段あまり耳にしないため、具体的にどれくらいの角度なのか、なかなかイメージしづらいかもしれません。まず、「1度」といえば身近にある角度の単位ですね。時計の文字盤を例にすると、時計の中心から12時の位置と1時の位置の間はちょうど30度です。この1度という角度をさらに細かく分けていくと、「分角(ふんかく)」という単位になります。そして、その1分角をさらに細かく60個に分けたのが「秒角」です。つまり、「1秒角」というのは、「1度の3600分の1」という非常に小さな小さな角度になります。これがどれくらい小さいのか、具体的な例で考えてみましょう。例えば、地上から見える月の見かけの大きさ(満月の直径)は、だいたい0.5度(約30分角)ほどです。月を3600個に細かく分割した、そのうちのたった1つが「1秒角」というわけです。このように、「秒角」とは、星の位置の非常に微妙なズレを表すのに適した極めて小さな角度なのです。

地上の望遠鏡と探査機の写真を並べて比べると、まるで星が背景の星空の前を動いているかのように、はっきりと位置が違って見えました。

こうして観測された視差のデータを使って、研究者たちは三角測量という方法で探査機の位置を計算しました。

三角測量とは、離れた2つの地点からある対象物を観測したときの角度の差をもとに、その対象物や観測地点の位置を割り出す方法です。

その結果、探査機ニューホライズンズが実際にいる場所と、星の位置を頼りに計算した場所のズレ(誤差)は、約0.44天文単位(約6600万km)となりました。

0.44天文単位とは、太陽と地球との距離(1天文単位=約1億4960万km)の半分弱に相当します。

また、太陽系の中心(太陽系重心)から探査機までの距離も、約0.27天文単位(約4000万キロメートル)の誤差範囲で求めることができました。

また、探査機が計算した方向(角度)についても、実際の方向とのズレは約0.4度という非常に小さいものでした。

満月の見かけの直径が約0.5度ですから、それより少ない角度の誤差です。

これは宇宙空間のスケールでは決して完璧な精度とは言えませんが、地球から遠く離れた探査機が、自分自身の位置を星の視差のみを頼りに測定した史上初めての成功例です。

さらに研究者たちは面白いことを発見しました。

多くの星を観測して位置を割り出すより、むしろ「最も近い2つの星」だけに注目した方が測位の精度が高くなることが分かったのです。

直感的には、多くの星を参照したほうが正確な気がしますが、実際には遠い星ほど視差が小さすぎて測定誤差が大きくなり、かえって精度を下げてしまいます。

最も近く視差の大きな星を厳選し、それを正確に測る方がよほど効果的だったという意外な結果でした。

実際、今回の実験でニューホライズンズが選んだプロキシマ・ケンタウリとウルフ359という「たった2つの星」が、将来の恒星間航法に最適な基準になる可能性が示唆されたのです。

では、この画期的な手法は実際にどの程度使えるものなのでしょうか?

宇宙探査の未来を変える「星のナビゲーション」の将来性

宇宙探査の未来を変える「星のナビゲーション」の将来性 / Credit:Canva

今回の研究によって、「星の位置のわずかなズレ(視差)を手がかりに、宇宙船が自力で自分の位置を割り出せる可能性」が実際に示されました。

これは一見するとシンプルなことですが、実は人類がこれまで一度も実際の宇宙空間で証明できていなかった画期的な成果です。

私たちは地上でスマホやカーナビを使えば自分の位置を簡単に知ることができますが、宇宙の深部ではそうはいきません。

地球から離れるほどGPSは届かなくなり、宇宙船をナビゲーションする方法は限られてしまいます。

ましてや、太陽系の外の別の恒星を目指すような航海を考えると、地球からの信号に頼っている余裕はありません。

それほど遠い場所では、電波信号が往復するのに何年もかかってしまうからです。

こうした状況で注目されるのが、今回ニューホライズンズが使った「星そのものを目印にする」という非常に古典的な方法でした。

古代の航海士たちは星座の位置を見て海の上で進路を決めましたが、それを宇宙探査に応用したわけです。

そして今回の実験によって、実際に探査機自身が星の視差を計測して自分の位置を割り出せるという事実が、宇宙空間で初めて実証されました。

とはいえ、この方法にはまだ改善の余地があります。

実際に今回得られた探査機の位置の精度は約6600万キロメートルという規模であり、宇宙探査においてはまだまだ十分な精度とは言えません。

しかし、研究者たちによれば、より性能の高い大口径の望遠鏡や精密なカメラを搭載した探査機を使えば、この精度をさらに劇的に向上させられる可能性があるとのことです。

具体的には、将来的には約0.01天文単位(約150万キロメートル)という精度も視野に入っています。

この距離は太陽と地球の距離の100分の1に相当し、宇宙スケールでは非常に高い精度です。

こうした精度が実現すれば、探査機がはるかに効率よく恒星間の長い旅路を進めるようになるでしょう。

また、今回の研究で特に面白かった発見は、航行精度を高めるためには「多くの星を観測するよりも、近くの星をたった2つだけ観測する方がよい」という一見意外な事実でした。

私たちは普通、多くのデータを集めれば精度が高まると考えますが、この場合は逆に、観測対象を限定して高精度で測定するほうがはるかに効率的だったのです。

その理由は明確で、遠くの星ほど視差が小さくなり、測定誤差が大きくなってしまうからです。

プロキシマ・ケンタウリやウルフ359のような近くの星ほど視差が大きく、正確な位置の目印となります。

こうしたことから、未来の恒星間航海では近くの恒星だけを高精度に観測することが、最適な方法になる可能性が示されたのです。

さらに興味深いのは、この宇宙規模の航法技術が特別な観測装置を追加せずとも、宇宙探査機に元々備わっている観測カメラをそのまま利用できる点にあります。

言い換えれば、将来の宇宙船は自分の目(カメラ)を「宇宙の六分儀」のように使って進むことができるかもしれないのです。

これは、まさに古代の航海士たちが星空を見上げて海を渡った姿を彷彿とさせます。

今回の研究チームも、この成果をハワイの伝統的航海士カレパ・ベイバヤンさんに捧げています。

ベイバヤンさんは、星を頼りに太平洋をカヌーで渡るポリネシア伝統航海術の達人でした。

その古代からの航海術が、今再び宇宙探査という最先端の科学と結びついています。

宇宙空間で自分の位置を知る方法は、技術が進んだ未来においても、やはり星空にそのヒントがあるのかもしれません。

では、この星を使った航法は実際にどれくらい現実的な方法として使えるようになるのでしょうか?

そして、その実現にはあとどれくらいの時間と工夫が必要になるのでしょうか?

さらなる研究の進展が待たれます。

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元論文

A Demonstration of Interstellar Navigation Using New Horizons
https://doi.org/10.3847/1538-3881/addabe

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「星の光」を使った恒星間航行術の初テストが成功