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タコの腕には、独自の感覚受容体が備わっていて、触れたものの化学成分を感じ取ることができます。
いわば、触覚と味覚が合体したような感覚器官なのです。
研究チームが注目したのは、野生のタコが実際に触れている表面――つまり獲物や卵の殻の表面を覆っている微生物たちです。
たとえば、シオマネキというカニの甲羅や、自分の卵の表面には、時間とともにさまざまな微生物が棲みつきます。
このとき重要なのは、タコが直接カニや卵の中身を見て判断しているわけではないということです。
タコが感じ取っているのは、表面にいる微生物たちが作り出す分子=化学的な“風味”なのです。
生きたカニの殻はほとんど無菌状態に近いのに対し、腐ったカニの殻には有害な細菌がびっしりと繁殖しており、その中の特定の細菌が出す化学物質が「これは腐っているよ」という信号として働くのです。
また、タコが育てている卵も同様で、親が世話をしているあいだはバランスの取れた微生物が表面にいますが、捨てられた卵は有害なバクテリアが異常繁殖し、「これは育ててもムダだよ」という化学信号のサインを発していることがわかりました。
こうした微生物由来の化学信号に、タコの腕の受容体が反応し、獲物かどうか、育てる価値があるかどうかを判断していたのです。
この発見が面白いのは、タコの腕が“独立して”行動の判断をしているように見える点です。
タコの神経系は非常にユニークで、その半分以上が脳ではなく腕に分布していることが知られています。
つまり、腕自身が脳を使わずに判断して動くこともできるということです。
チームは、タコがどの微生物に反応しているのかを調べるため、海から採取した約300種類の微生物を培養し、それぞれがタコの感覚受容体をどのように刺激するかを調べました。
その結果、腐敗した獲物や不健康な卵の表面に多く見られるごく一部の細菌が、タコの受容体を強く活性化させることがわかったのです。
実際に、タコに偽の卵(本物そっくりの模型)を与える実験では、正常な微生物がついたものはちゃんと育てたのに対し、「悪い細菌」がついた卵はすぐに見限って捨てるという行動が確認されました。
つまり、タコは「腐ってるかどうか」や「この卵は大丈夫かどうか」を、見た目やにおいではなく、腕で触って感じ取った微生物の“風味”で判断しているのです。
しかもこの化学信号は、水中でも簡単に流れ出てしまうようなものではなく、表面にしっかりととどまる性質の分子であるため、タコの“触感覚味覚”にとってぴったりの手がかりだったのです。
この研究は、ただタコの行動を説明するにとどまりません。
研究者たちは、このような微生物を介した化学的なコミュニケーションは、タコ以外の生き物にも当てはまる可能性があると考えています。
参考文献
Octopuses Use Microbial Signals to Guide Complex Behaviors
https://www.mcb.harvard.edu/department/news/octopuses-use-microbial-signals-to-guide-complex-behaviors/
Microbe ‘Flavors’Tell Octopuses Which Babies Deserve Their Care
https://www.sciencealert.com/microbe-flavors-tell-octopuses-which-babies-deserve-their-care
元論文
Environmental microbiomes drive chemotactile sensation in octopus
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.033
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部