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結果は明らかでした。
継続群では4年前と比べて認知機能にほとんど低下が見られず、脳構造にも萎縮の兆候がなかったのです。
特に違いが顕著だったのは「言語的ワーキングメモリ(記憶を一時的に保持しつつ処理する能力)」と、それに関わる脳の部位「右被殻」です。
中止群では、言語的ワーキングメモリの得点が明確に下がり、右被殻の灰白質体積も有意に減少していました。
一方で、楽器を続けていた継続群では、こうした変化が確認されなかったのです。
さらに脳機能の活動をリアルタイムで計測するfMRIによって、継続群は両側の小脳において活発な活動を維持していることが分かりました。
小脳や被殻は、加齢による影響を受けやすい部位とされており、そこに「維持されている活動」が見られたのは、驚くべき発見です。
今回の研究が明らかにしたのは、「新しいことを始めると脳が活性化する」という一般的な知識の、さらに一歩先の段階です。
効果があるのは“始めただけ”ではなく、“続けること”だったのです。
では、なぜ楽器練習がそれほどまでに脳に好影響を及ぼすのでしょうか?
楽器演奏は、単に手を動かす運動ではありません。
「音を聴く」「リズムをとる」「指を動かす」「楽譜を読む」など、複数の認知処理が同時に必要な活動です。
これにより脳全体が協調して働く必要があり、とくに「情報を一時的に記憶して処理するワーキングメモリ」が鍛えられるのです。
さらに今回の研究では、楽器練習が小脳や大脳基底核に働きかけることが確認されました。
これらは運動制御だけでなく、学習や習慣形成にも関与する部位として知られています。
高齢期に楽器を始めても“遅くない”どころか、むしろ始める価値があることは、この研究から十分に示されたといえるでしょう。
「もう歳だから新しいことは無理」
そんな言葉を、誰もが一度は耳にしたことがあるかもしれません。
しかし、今回の研究はそれに真っ向から反論しています。
平均73歳から始めた楽器練習が、脳の衰えを4年にわたり抑制していたのです。
しかもこのアプローチは、運動が制限される高齢者にも可能で、生活の質(QOL)を高める実践的な方法としても注目されます。
鍵盤ハーモニカやミニピアノといった手軽な楽器でも十分効果があり、何より「楽しみながら続けられる」点も魅力です。
脳を若く保つ秘訣は、特別な薬やトレーニングではないのかもしれません。
日々、少しずつでも続ける“好きなこと”が、脳の未来を左右するのです。
継続は力なり。
それは脳にも、確かに通用する真理だったのです。
参考文献
継続は力:高齢期に始めた楽器練習の効果―4年の追跡研究で見えた脳・認知機能維持―
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-06-30
元論文
Never too late to start musical instrument training: Effects on working memory and subcortical preservation in healthy older adults across 4 years
https://doi.org/10.1162/IMAG.a.48
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部