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注目すべきは、シャチたちが自発的に人間の前に獲物を持ち寄っていたこと。
人間側から近づいたり、餌付けをしたわけではありません。彼らは自ら接近し、目の前にそっと“贈り物”を落としていったのです。
しかも多くのケースでシャチはそのまま去らず、人間がどう反応するかをじっと観察していたといいます。
時には、受け取らなかった人間に対して、何度も繰り返して差し出す行動まで見られました。
これは偶然の産物ではなく、明確な意図をもった行動である可能性が高いと、研究チームは結論づけています。
では、この奇妙で親しげな行動は、いったい何を意味しているのでしょうか?
研究者たちはいくつかの可能性を挙げています。
まず考えられるのは、利他的(プロソーシャル)な行動。
シャチはもともと仲間内でエサを分け合う社会的な動物であり、親や兄弟、仲間との間で「おすそわけ」を行う習性があります。
この延長として、人間にも“分けてあげている”のかもしれません。
もう一つは、探索や学習の一環としての行動です。
シャチは非常に知能が高く、状況を観察し、学習する能力を持ちます。
人間に獲物を差し出し、その反応を観察することで、「この生き物はどう振る舞うのか?」という知的好奇心を満たしている可能性もあるといいます。
実際、提供された獲物のほとんどは丸ごと残されており、人間が受け取らなければ、シャチたちはそれを回収して仲間と分け合ったり、自ら食べたりしていたそうです。
つまり、ムダになるわけではなく、あくまで「試し」の行動だと考えられるのです。
興味深いことに、こうした行動は特定の個体や母系グループに集中しており、文化的な伝承の可能性すら指摘されています。
また遊びとしての側面も完全には否定できないものの、多くのケースは遊びに特有のしつこさや反復性が乏しく、より目的的な行動に見えると研究者は述べています。
この研究は、人間以外の動物が異種に対して食べ物を差し出すという極めて珍しい例として、科学的にも大きな意義を持ちます。
シャチは、人間に匹敵するほどの社会性と知性を持つ生き物です。
今回のような行動は、彼らが私たちと何かを通じ合おうとしている兆しかもしれません。
もちろん、野生動物との接触にはリスクもあり、研究者たちは「こうした行動を人為的に誘発したり、応答するべきではない」と注意を呼びかけています。
しかし同時に、私たちが動物との関係をどのように築いていくべきかを考え直す貴重な機会になることは間違いありません。
海の中から差し出された“プレゼント”には、単なる好奇心以上の意味が込められているのかもしれません。
シャチの親切は、私たち人間に問いかけているのです――「君たちは、どう反応するの?」と。
参考文献
Killer Whales, Kind Gestures: Orcas Offer Food to Humans in the Wild
https://www.newswise.com/articles/killer-whales-kind-gestures-orcas-offer-food-to-humans-in-the-wild
元論文
Testing the Waters: Attempts by Wild Killer Whales (Orcinus orca) to Provision People (Homo sapiens)
https://doi.org/10.1037/com0000422
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部