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その後、両国は月面着陸という最終ゴールに向かって、莫大な予算と技術を投じて競い合うことになります。
しかし1960年代後半、ソ連の宇宙開発は資金難と内部の対立により、次第にアメリカに後れを取るようになっていました。
一方、NASA(アメリカ航空宇宙局)はサターンVロケットを完成させ、アポロ計画は有人試験飛行を目前に控えていました。
対するソ連は、月を周回するために必要な酸素・水・食料といった人間のための生命維持装置を搭載できるロケットをまだ持っていなかったのです。
このままでは、月周回のレースがアメリカに負けてしまいます。
そんな中で打ち出された“苦肉の策”が、「動物による月周回ミッション」でした。
ソ連は1968年9月14日、「ゾンド5号」と呼ばれる宇宙船を打ち上げ、2匹のリクガメを月周回の旅へと送り出したのです。
(ゾンド5号にはリクガメの他に、ショウジョウバエ、ミールワーム、植物の種子なども乗せられていましたが、実験の主軸となるのは脊椎動物のカメでした)
彼らは中央アジアの乾燥した草原地帯に生息する、丈夫で飢えにも強い生物。
加えて、動きが遅くて管理がしやすいという利点もありました。
出発に先立って、カメたちは9月2日から宇宙船に搭載され、出発まで一切の食料を与えられずに過ごしました。
科学者たちは、食物の消化活動が実験結果に影響を与えることを懸念していたのです。
ゾンド5号の飛行はおおむね順調に進みました。
4日間かけて月を周回し、宇宙を飛ぶ初の“地球生物”としての偉業を達成します。
その後ゾンド5号は地球へ向けて帰還を開始しましたが、誘導プログラムの不具合により予定していたカザフスタンではなく、インド洋へと着水してしまいます。
そこへ偶然近くを航行していたアメリカの艦船が着水を目撃し、回収前にゾンド5号の写真撮影に成功。
その結果はアメリカを大きく安心させました。
というのも、ソ連の宇宙船技術がアメリカ側の現状に比べて、かなり劣っていたことがわかったからです。
一方で、月周回に成功したカメたちは9月21日に無事回収されました。
出発前に比べて体重がわずかに減っていたものの、健康状態は良好。
過酷な宇宙飛行を生き延びた彼らの姿は、まさに“甲羅を背負った宇宙飛行士”そのものでした。
この偉業は、世界中で一部報道されたものの、NASAの技術者たちは冷ややかな目で見ていたといいます。
「これは単なる“最後の一手”に過ぎない」として脅威とは捉えず、反対に「主導権は我々にある」ことを確信しました。
実際、ゾンド5号の宇宙船は人間の生命を支えるには不十分であり、アポロ計画を急がせる理由にはなりませんでした。
その約3カ月後、アメリカは3人のクルーを乗せたアポロ8号を打ち上げ、人類初となる月周回を成功させます。
さらに1969年7月には、アポロ11号が史上初となる人類の月面着陸に成功させ、宇宙開発レースはアメリカ側の勝利で幕を閉じたと言えるでしょう。
しかしその歴史の影では、カメの宇宙飛行士たちが人間よりも先に月を周回していた知られざる功績があるのです。
参考文献
Humans Weren’t The First Species To Travel Around The Moon. They Lost This Race To An Unexpected Animal
https://www.iflscience.com/humans-werent-the-first-species-to-travel-around-the-moon-they-lost-this-race-to-an-unexpected-animal-79802
First earthlings around the Moon were two Soviet tortoises
https://www.astronomy.com/space-exploration/first-earthlings-around-the-moon-were-two-soviet-tortoises/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部